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第一章
第九話 母の心は深き淵にあり。
しおりを挟む「はぁっはぁっはぁっはぁっ…」
…助けて。
誰か。
身体のあちこちに生まれたすり傷に痛みを憶えながら少女は茂みに隠れ、息を整えようとする。
助けて…助けてよ……
「グゥルルッ」
獣の声に心臓の鼓動が早まる。
葉の間より覗く少女の 眼には悍ましい牙を持ち、粘質な唾きを垂れ流す。
——シュヴァッハウルフ。
森の獣は飢えと常に隣り合わせである。
まして、魔境と隣り合う森なら尚更に。
獣達は弱った獲物を執拗に追い詰め、絶対に逃さない……
シュヴァッハウルフの秀でる嗅覚は少女の汗の香りを草木の中から嗅ぎ分ける。
「すぅ…すぅ…」
口から漏れる、微かな息でさえ聞こえてしまうのではないかという恐怖に少女は小さな手のひらで口を強く押さえる。
草木の間より覗かせる少女の瞳その先の獣……
獣は鼻を動かし少しずつこちらに向かう……
今身体を動かせば音で居場所がバレれてしまう。
しかし。
動かなければ、いずれ獣の嗅覚により居場所がバレる。
少女ができる事はただ一つ……
助けて……助けてよ——願う事のみ。
——"ミーちゃん"
「——アリシア~どこ行ったんだ~?」
ミーちゃんの声っ!?
でも、ここにはオオカミが!!
逃げる様に言わないと!!
「——み、ミーちゃん!!逃げてっ!!」
少女は決死の覚悟で、茂みより立ち上がり。
姉とも呼べる自身の大切な人に危機を伝える……
「お?アリシアじゃん……お前、んなところで何してんの?」
目の前には 獣の腹を撫でる。
——"ガミーユ"の姿が……
「よしよし。お前可愛いなぁ…うちの子になるか?ん?くるか?おーよしよし」
■■■
「あん時ゃ、怒られたなぁ……」
脳裏に浮かぶ思い出を感傷に任せて呟くアリシア。
そんな娘に同意する様に言葉を吐くジジ。
「その時の二人の姿が今のお主らにそっくりじゃのぉ……」
「そう言えばあん時に『 獣は飼えない』だ、何だって親父と姉さんが喧嘩してたっけ?」
「そんな事もあったの。かっかっかっ」
懐旧談に花が咲く二人。
俺とルリスは聞き入る様に二人を見つめる……
「姉さんは、身体が弱いくせに負けん気が凄くてな?気持ちで何でも押し通す、随分とわがままな人だったよ」
話を聞くにアリシアさんと俺の母親は正反対の性格だったみたいな口振りだな。
「じゃあ、昔のお母さんはもっと落ち着いてたの?」
「なんだ?まるで、今の私が落ち着きのない奴みたいな聞き方は」
「『まるで』じゃなくて『事実』だよ」
女性二人のやりとりを微笑ましく見つめる男性二人。
「そうさな、アリシアがこうなったのも二人が産まれてからか。なおも自分に姉の姿を重ねたからか……」
ジジ村長は小競り合いを続ける 母娘を横目に——誰に聞かせるでもなく言う。
ルディはジジの言葉を『そうか』と心に留める。
■■■
次の日の夕け前。
「こ、これは——」
本日は前日からお約束させていただき村の猟夫様方と共に朝方より狩猟に出て参りました。
「——村の男達が少ないと思うとったら」
アリシアさんとジジ村長には内緒で。
「一昨日の倍近くはあるのぅ……」
「せ、生態系的には大丈夫なのか……?」
二人の引き攣り気味の声に目もくれず村の奥様方は解体作業に取り掛かる。
主にはアンラビを、中に猪や鹿なども混じる。
この量なら、二ヶ月ほどは心配がないとゼパさんが言っていた。
村の備蓄問題に関しては一件落着である。
では、今後の俺の身の振り方を考えようか。
果たされた『自由』を手にして三日。
俺の目指すは魔界を同様に人間界を全て見て回ること……が。
「人間の領地は魔界の六倍程か」
魔界を旅するに要した時間は"十年間"——
単純に考えて六十年という人生を賭した旅になるか。
「まぁ…気重に背負う事はないな。興味のない場所に立ち寄る道理もないし」
昨日の母の話に——
「まずは、俺自身のことを知らないと気が済まない——」
——彼の"認識"が変化している事に気付くのは。
——もう少し後のお話である。
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