性愛 ---母であり、恋人であったあの人---

来夢モロラン

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第1章 出会い、あの人の名は「静香」

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 僕があの人と初めて会ったのは、一九五四年であった。朝鮮戦争(南北に分断されていた朝鮮半島で勃発した、北朝鮮軍(中国支援)と韓国軍(米国支援)との戦争)の特需によりうるおった日本が、高度経済成長へ歩み始めた頃である。ナナカマドの葉も実も真っ赤に色づき、青空に映えて美しい十月の昼下がりに、あの人は訪れて来た。暖かい陽射しを浴びてツグミが赤い実をついばみ、ナナカマドの紅葉が美しい季節であった。僕は窓から、あの人が夫と二人で、柔らかい陽光の下、孤児院の門から玄関への道を、ゆっくりと歩いて来るのを見ていた。
 今日は、孤児の僕の里親になってくれる人が来る日だ。里親は、里子と面談し、相性を確認してから決まるのが普通だが、僕はまだ里親に一度も会っていなかった。僕は孤児院に嫌気をさしており、とにかく今の生活から抜け出し、新しい世界に触れたかったので、里親についてえり好みする気はなかった。人柄は一度や二度会ったところで分かるものでないし、相性が合うか否かは、しばらく一緒に住んでみないと分かるものではないと考えて、一度も会うことなく里子になることを承諾した。暮らしてみて嫌になったら、孤児院に戻れば良い、里子になって失うものはないという気持ちもあった。
 里親の方は、僕の写真と成育歴を見て、引き取ることを決めたと聞いた。里親は、一緒に暮らしてみて、うまくいかなかったら、里子にした子供を放り出すというような無責任なことは出来ないのに、一度も子供に会わず決めたと聞いて、おかしいなあと思った。深く考えず思いつきで決めたのだろうか。実際に僕を見たら止めたと言い出すのではないかと心配だった。孤児院の先生から、今日会って破談になることもあると言われていた。気に入ってもらえるだろうか。どうすれば気に入ってもらえるかと考えていた。先生から母親になる人に気に入ってもらえることが大事よと教えて貰っていた。
 呼ばれて面会室に入ると、養父になる人と養母になる人が椅子に座っていた。養父は四十歳位で、がっしりした肩で、腹は少し出ているが、筋肉質の人だった。貿易の仕事をしていると聞いていたが、抜け目のない実業家なのだろう。鋭い視線で僕をまじまじと見つめた。養母の視線は柔らかだった。慎ましく控えめなひとのようだ。暖色系の上品なワンピースに身を包み、長く黒い髪が綺麗だ。三十歳は超えているはずだが、きよらかで涼しげな瞳が印象的だ。
 僕を見ると椅子から立ち上がり、「あなたが葵ちゃんね」と言って、手を差し伸べて来た。僕はこの四月に小学六年生になっていたが、まだ声変わりもしておらず、きゃしゃで色白のうえ、髪の毛が耳にかぶさるミディアムヘアーで、後ろ髪はうなじまで垂れ、前髪は眉毛が隠れる位の長さだったので、その頃はよく女の子に間違えられた。母になる人は、僕の目を静かにじっと見つめてから、そっと僕の髪に触れた。甘く、優しい香りが僕の全身を包んだ。彼女の名前は「静香」であった。
 最初に里子を欲しいと言い出したのは、養母の静香であった。養父は里子をとることにあまり乗り気ではなかったが、朝鮮人の孤児なら引き取って育てても良いと譲歩した。養父母は在日朝鮮人であった。僕の両親は日本国籍を有していたが、父方の祖父が朝鮮半島出身者であると聞いている。
 僕の名前は「葵」であるが、その名前から養母は最初女の子と誤解したようだ。写真も見ていたが、女の子と思い込んでいた彼女は、その頃の僕は女の子によく間違えられる子供だったので、写真を見ても間違いに気付かなかったようだ。間違いに気付いたのは、孤児院を訪問する直前であった。女の子を望んでいた養母はこの話はなかったことにしようと一旦は考えたが、児童相談所の職員から、「里親制度は子供がほしい親のためのものではなく、親の欲しい子供のためのものなのですよ」と言われ、「求めている子がいるのに、いったん差し伸べた手を引っ込めるようなことはできない」と考え直したと後に僕に語っている。こうして僕は静香(本名、桂純姫ケー・スンヒ)の養子となった。
 
 
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