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第11話 冷徹公爵との対面
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ヴァルテンベルク公爵邸の壮麗な馬車寄せに到着すると、すぐに年配の執事らしき人物が出迎えてくれた。その顔には皺が深く刻まれているが、背筋はぴんと伸び、隙のない立ち居振る舞いからは長年この巨大な屋敷を切り盛りしてきたであろう経験と自信が窺える。
「アリアナ・フォン・ベルンシュタイン様、長旅お疲れ様でございました。わたくしは、このヴァルテンベルク公爵家に仕えます、執事のクラウスと申します。どうぞ、こちらへ」
クラウスと名乗った執事は、感情の読めない落ち着いた声で私を促し、重厚な樫の扉の奥へと案内してくれた。一歩足を踏み入れると、そこには広大なエントランスホールが広がっていた。磨き上げられた黒曜石のような床、高い天井から吊り下げられた巨大なシャンデリア――しかし、それはエスタードの王城で見たような金ピカの華美なものではなく、鉄と水晶を組み合わせたような、シャープでモダンなデザインだ。壁には歴史を感じさせるタペストリーや絵画が飾られているものの、全体的に装飾は控えめで、どこか厳粛で、機能美を追求したような印象を受ける。
(これが……ヴァルテンベルク公爵邸……)
噂に違わぬ、荘厳で、そしてどこか人を寄せ付けないような冷たい空気が漂っている。使用人たちも、物音ひとつ立てずにきびきびと動き、すれ違う際には深々と頭を下げるものの、その表情は皆一様に硬く、笑顔というものが見当たらない。
案内されたのは、屋敷の奥にある応接室だった。こちらも、調度品は最高級のものなのだろうけれど、華やかさよりも重厚さと落ち着きが重視されており、まるで要塞の一室のような堅牢な雰囲気を醸し出している。窓の外には手入れの行き届いた庭園が見えたが、それすらも計算され尽くした幾何学的な美しさで、息が詰まりそうだった。
「公爵閣下は、間もなくこちらへお見えになります。それまで、どうぞおくつろぎください」
クラウス執事はそう言うと、静かに部屋を出て行った。一人残された私は、革張りのソファに浅く腰掛けたまま、緊張で張り裂けそうな心臓を必死に押さえていた。
(ライオネル・フォン・ヴァルテンベルク公爵……一体、どんな方なのかしら……)
鉄仮面、冷徹、血も涙もない――そんな恐ろしい噂ばかりが頭をよぎる。レオンハルト殿下が、あんな風に私を侮辱する際に引き合いに出した人物。そんな人が、本当に私を妻に迎えようとしているのだろうか。今更ながら、この縁談が何かの間違いなのではないかという不安が、再び鎌首をもたげてくる。
どれほどの時間が経っただろうか。永遠にも感じられるような沈黙の後、不意に応接室の扉が静かに開かれた。そして、そこに現れた人物の姿に、私は思わず息を呑んだ。
そこに立っていたのは、長身痩躯の男性だった。夜の闇を溶かし込んだような艶やかな黒髪に、同じく黒曜石のような深い光を宿した瞳。彫刻のように整った顔立ちは、疑いようもなく美しい。けれど、その美しさはどこか人間離れしていて、氷のように冷たく、近寄りがたいオーラを放っていた。
全身から発せられる圧倒的な存在感と、一切の隙を感じさせない佇まい。年齢は、おそらく三十代前半だろうか。エスタードの貴族たちが見せるような軟弱さや軽薄さは微塵もなく、鍛え上げられた鋼のような強靭さを感じさせる。
(この方が……ライオネル公爵……)
噂通り、いや、噂以上に冷徹で、威圧的な雰囲気を纏った人物だ。その黒い瞳が私を捉えた瞬間、まるで心の奥底まで見透かされるような鋭い視線に、私は背筋が凍るのを感じた。
「――アリアナ・フォン・ベルンシュタイン嬢だな。長旅、ご苦労だった」
低く、落ち着いた、しかしどこか感情の温度を感じさせない声。それが、私に向けられた最初の言葉だった。
「は……はい。アリアナ・フォン・ベルンシュタインにございます。この度は、ご丁重なお申し出をいただき、誠に……」
必死に平静を装い、震える声で挨拶を述べる。けれど、彼の前では、どんな取り繕いも無意味なように感じられた。彼はただ、無表情のまま私を見つめ、私の言葉を待っている。
ああ、どうしよう。何を話せばいいのだろう。この重苦しい空気に、押し潰されてしまいそうだ。レオンハルト殿下の前で感じた屈辱とはまた違う、もっと根源的な恐怖とでも言うべきものが、私の全身を支配していた。この人の前では、下手に動くことすら許されないような、そんな絶対的な圧力を感じるのだ。
これから、この人と夫婦になる……? そんなこと、到底考えられそうになかった。
「アリアナ・フォン・ベルンシュタイン様、長旅お疲れ様でございました。わたくしは、このヴァルテンベルク公爵家に仕えます、執事のクラウスと申します。どうぞ、こちらへ」
クラウスと名乗った執事は、感情の読めない落ち着いた声で私を促し、重厚な樫の扉の奥へと案内してくれた。一歩足を踏み入れると、そこには広大なエントランスホールが広がっていた。磨き上げられた黒曜石のような床、高い天井から吊り下げられた巨大なシャンデリア――しかし、それはエスタードの王城で見たような金ピカの華美なものではなく、鉄と水晶を組み合わせたような、シャープでモダンなデザインだ。壁には歴史を感じさせるタペストリーや絵画が飾られているものの、全体的に装飾は控えめで、どこか厳粛で、機能美を追求したような印象を受ける。
(これが……ヴァルテンベルク公爵邸……)
噂に違わぬ、荘厳で、そしてどこか人を寄せ付けないような冷たい空気が漂っている。使用人たちも、物音ひとつ立てずにきびきびと動き、すれ違う際には深々と頭を下げるものの、その表情は皆一様に硬く、笑顔というものが見当たらない。
案内されたのは、屋敷の奥にある応接室だった。こちらも、調度品は最高級のものなのだろうけれど、華やかさよりも重厚さと落ち着きが重視されており、まるで要塞の一室のような堅牢な雰囲気を醸し出している。窓の外には手入れの行き届いた庭園が見えたが、それすらも計算され尽くした幾何学的な美しさで、息が詰まりそうだった。
「公爵閣下は、間もなくこちらへお見えになります。それまで、どうぞおくつろぎください」
クラウス執事はそう言うと、静かに部屋を出て行った。一人残された私は、革張りのソファに浅く腰掛けたまま、緊張で張り裂けそうな心臓を必死に押さえていた。
(ライオネル・フォン・ヴァルテンベルク公爵……一体、どんな方なのかしら……)
鉄仮面、冷徹、血も涙もない――そんな恐ろしい噂ばかりが頭をよぎる。レオンハルト殿下が、あんな風に私を侮辱する際に引き合いに出した人物。そんな人が、本当に私を妻に迎えようとしているのだろうか。今更ながら、この縁談が何かの間違いなのではないかという不安が、再び鎌首をもたげてくる。
どれほどの時間が経っただろうか。永遠にも感じられるような沈黙の後、不意に応接室の扉が静かに開かれた。そして、そこに現れた人物の姿に、私は思わず息を呑んだ。
そこに立っていたのは、長身痩躯の男性だった。夜の闇を溶かし込んだような艶やかな黒髪に、同じく黒曜石のような深い光を宿した瞳。彫刻のように整った顔立ちは、疑いようもなく美しい。けれど、その美しさはどこか人間離れしていて、氷のように冷たく、近寄りがたいオーラを放っていた。
全身から発せられる圧倒的な存在感と、一切の隙を感じさせない佇まい。年齢は、おそらく三十代前半だろうか。エスタードの貴族たちが見せるような軟弱さや軽薄さは微塵もなく、鍛え上げられた鋼のような強靭さを感じさせる。
(この方が……ライオネル公爵……)
噂通り、いや、噂以上に冷徹で、威圧的な雰囲気を纏った人物だ。その黒い瞳が私を捉えた瞬間、まるで心の奥底まで見透かされるような鋭い視線に、私は背筋が凍るのを感じた。
「――アリアナ・フォン・ベルンシュタイン嬢だな。長旅、ご苦労だった」
低く、落ち着いた、しかしどこか感情の温度を感じさせない声。それが、私に向けられた最初の言葉だった。
「は……はい。アリアナ・フォン・ベルンシュタインにございます。この度は、ご丁重なお申し出をいただき、誠に……」
必死に平静を装い、震える声で挨拶を述べる。けれど、彼の前では、どんな取り繕いも無意味なように感じられた。彼はただ、無表情のまま私を見つめ、私の言葉を待っている。
ああ、どうしよう。何を話せばいいのだろう。この重苦しい空気に、押し潰されてしまいそうだ。レオンハルト殿下の前で感じた屈辱とはまた違う、もっと根源的な恐怖とでも言うべきものが、私の全身を支配していた。この人の前では、下手に動くことすら許されないような、そんな絶対的な圧力を感じるのだ。
これから、この人と夫婦になる……? そんなこと、到底考えられそうになかった。
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