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第35話 歪んだ奪還計画
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エスタード王国に帰還した使節団からの報告は、レオンハルト王子を絶望の淵に突き落とすと同時に、彼の心に歪んだ炎を灯した。アリアナが、かつて自分が蔑み、捨てたはずの女が、今や隣国で輝かしい成功を収め、あろうことか自分たちの前に立ちはだかっている。その事実が、彼のプライドをズタズタに引き裂き、耐え難い屈辱感を与えたのだ。
(アリアナが有能だっただと……? 私が見抜けなかっただけだと……? ふざけるな!)
彼は、自分の非を認める代わりに、現実を捻じ曲げて解釈しようとした。アリアナは、ガルディアでライオネル公爵に唆され、利用されているに違いない。そうだ、きっとそうに決まっている。そうでなければ、あの地味でつまらなかった女が、あんな風に変わるはずがない。
(可哀想なアリアナ……私が助け出してやらねば……)
そんな自己中心的な妄想に取り憑かれたレオンハルトは、アリアナをエスタードに「取り戻す」ための、常軌を逸した計画を画策し始める。それはもはや、愛情から来る行動ではなく、傷つけられた自尊心と、失ったものへの病的な執着から生まれる、独善的な欲望でしかなかった。
彼は、側近の中でも特に口が堅く、汚れ仕事も厭わないような者たちを密かに呼び集め、こう命じた。
「――アリアナ・フォン・ベルンシュタインを、エスタードへ連れ戻す。手段は問わん」
側近たちは、その命令に顔色を変えた。いくら何でも、他国の、それもあのヴァルテンベルク公爵の婚約者を強引に連れ戻すなど、国際問題どころか、戦争の引き金になりかねない暴挙だ。
「で、殿下、それはあまりにも危険すぎます! ガルディアとの全面衝突を招きかねませんぞ!」
「黙れ! 私の決定に口出しするな! アリアナは、元々私の婚約者だったのだ。彼女は、ガルディアで騙され、利用されているに過ぎない。私が、彼女を救い出してやるのだ!」
レオンハルトは、聞く耳を持たなかった。彼の頭の中では、アリアナはか弱い被害者であり、自分こそが彼女を救い出せる唯一の英雄であるという、都合の良い物語が出来上がってしまっている。
彼の計画は、いくつかの段階に分かれていた。
第一段階は、アリアナ個人に宛てた親書を送ること。そこには、彼女の身を案じていること、エスタードへ戻ってくるよう促す言葉、そして、もし戻ってくれば、以前よりも丁重に扱うといった、甘言が綴られる予定だった。
もし、これでアリアナが応じなければ、第二段階として、密使をガルディアに送り込み、アリアナと直接接触させ、様々な方法で説得(あるいは脅迫に近い形も含む)を試みる。彼女の家族(ベルンシュタイン侯爵家)に圧力をかけ、アリアナに帰国を促す手紙を書かせることも検討された。
そして、それでもアリアナが抵抗するようなら――最終手段として、彼女を何らかの罠にかけ、混乱に乗じてガルディアから「保護」という名目で連れ去る、という、誘拐同然の強硬策までが、彼の頭の中では具体化されつつあった。
(アリアナ……待っていろ……。必ず、私が君を……私の元へ取り戻してみせる……)
その計画は、あまりにも短絡的で、危険極まりないものだった。成功する可能性は低く、失敗すればエスタード王国そのものの存亡に関わる。だが、嫉妬と執着に狂ったレオンハルトには、もはやそんな冷静な判断力は残されていなかった。
彼は、自分の愚かな計画が、アリアナとライオネル公爵の絆をさらに強め、そして自分自身をさらなる破滅へと導くことになるなど、まだ気づいていない。ただ、暗い情念に突き動かされるまま、破滅への道を突き進もうとしていたのだ。
エスタード王宮の奥深くで練られ始めたこの歪んだ奪還計画は、ガルディアで新たな人生を歩み始めたアリアナに、次なる試練の影を落とそうとしていた。そして、その影は、静かに、しかし確実に、彼女の足元へと忍び寄りつつあったのである。
(アリアナが有能だっただと……? 私が見抜けなかっただけだと……? ふざけるな!)
彼は、自分の非を認める代わりに、現実を捻じ曲げて解釈しようとした。アリアナは、ガルディアでライオネル公爵に唆され、利用されているに違いない。そうだ、きっとそうに決まっている。そうでなければ、あの地味でつまらなかった女が、あんな風に変わるはずがない。
(可哀想なアリアナ……私が助け出してやらねば……)
そんな自己中心的な妄想に取り憑かれたレオンハルトは、アリアナをエスタードに「取り戻す」ための、常軌を逸した計画を画策し始める。それはもはや、愛情から来る行動ではなく、傷つけられた自尊心と、失ったものへの病的な執着から生まれる、独善的な欲望でしかなかった。
彼は、側近の中でも特に口が堅く、汚れ仕事も厭わないような者たちを密かに呼び集め、こう命じた。
「――アリアナ・フォン・ベルンシュタインを、エスタードへ連れ戻す。手段は問わん」
側近たちは、その命令に顔色を変えた。いくら何でも、他国の、それもあのヴァルテンベルク公爵の婚約者を強引に連れ戻すなど、国際問題どころか、戦争の引き金になりかねない暴挙だ。
「で、殿下、それはあまりにも危険すぎます! ガルディアとの全面衝突を招きかねませんぞ!」
「黙れ! 私の決定に口出しするな! アリアナは、元々私の婚約者だったのだ。彼女は、ガルディアで騙され、利用されているに過ぎない。私が、彼女を救い出してやるのだ!」
レオンハルトは、聞く耳を持たなかった。彼の頭の中では、アリアナはか弱い被害者であり、自分こそが彼女を救い出せる唯一の英雄であるという、都合の良い物語が出来上がってしまっている。
彼の計画は、いくつかの段階に分かれていた。
第一段階は、アリアナ個人に宛てた親書を送ること。そこには、彼女の身を案じていること、エスタードへ戻ってくるよう促す言葉、そして、もし戻ってくれば、以前よりも丁重に扱うといった、甘言が綴られる予定だった。
もし、これでアリアナが応じなければ、第二段階として、密使をガルディアに送り込み、アリアナと直接接触させ、様々な方法で説得(あるいは脅迫に近い形も含む)を試みる。彼女の家族(ベルンシュタイン侯爵家)に圧力をかけ、アリアナに帰国を促す手紙を書かせることも検討された。
そして、それでもアリアナが抵抗するようなら――最終手段として、彼女を何らかの罠にかけ、混乱に乗じてガルディアから「保護」という名目で連れ去る、という、誘拐同然の強硬策までが、彼の頭の中では具体化されつつあった。
(アリアナ……待っていろ……。必ず、私が君を……私の元へ取り戻してみせる……)
その計画は、あまりにも短絡的で、危険極まりないものだった。成功する可能性は低く、失敗すればエスタード王国そのものの存亡に関わる。だが、嫉妬と執着に狂ったレオンハルトには、もはやそんな冷静な判断力は残されていなかった。
彼は、自分の愚かな計画が、アリアナとライオネル公爵の絆をさらに強め、そして自分自身をさらなる破滅へと導くことになるなど、まだ気づいていない。ただ、暗い情念に突き動かされるまま、破滅への道を突き進もうとしていたのだ。
エスタード王宮の奥深くで練られ始めたこの歪んだ奪還計画は、ガルディアで新たな人生を歩み始めたアリアナに、次なる試練の影を落とそうとしていた。そして、その影は、静かに、しかし確実に、彼女の足元へと忍び寄りつつあったのである。
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