38 / 60
第38話 揺るがぬ誓い
しおりを挟む
ライオネル公爵の断固たる対応によって、私に関する悪質な噂はひとまず沈静化した。ガルディア国内の空気も落ち着きを取り戻し、私は再び、公爵の執務を手伝うという、充実した日々に戻ることができた。
けれど、エスタードのレオンハルト殿下が、このまま簡単に諦めるとは思えなかった。彼の歪んだ執着は、きっと次の手を考えているはずだ。そんな予感が、私の胸の奥に小さなしこりのように残っていた。
そして、その予感は、残念ながら的中することになる。
ある日、エスタード王国から、ライオネル公爵宛に一通の親書が届けられた。それは、レオンハルト王子の名で書かれた、極めて無礼かつ不当な要求を突きつけるものだった。
『ヴァルテンベルク公爵殿。貴殿の婚約者であるアリアナ・フォン・ベルンシュタインは、元来、我がエスタード王国の貴族であり、かつては私の婚約者であった身。彼女の意思がどうであれ、エスタードの法と慣習に基づき、彼女を速やかに本国へ送還することを要求する。もし、この要求に応じない場合は、両国間の友好関係に深刻な影響が及ぶことを覚悟されたい』
その親書を読んだライオネル公爵の表情は、いつになく険しいものだった。隣でその内容を一緒に読んだ私も、あまりの理不尽さと傲慢さに、怒りで体が震えるのを感じた。
(なんて……なんて、身勝手な……!)
私の意思など全く無視し、まるで私を所有物のように扱っている。エスタードの法だの慣習だの、そんなものが、他国にいる人間の自由を束縛できるとでも思っているのだろうか。そして、友好関係を盾に脅迫してくるなど、国家間の礼節を著しく欠く行為だ。
「……愚劣の極みだな」
公爵は、吐き捨てるように言った。「レオンハルト王子は、もはや正気を失っているとしか思えん。このような要求が通るはずがないことくらい、子供でも分かりそうなものだ」
「公爵様……」
「アリアナ、心配はいらない。君をエスタードへ渡すことなど、天地がひっくり返ってもあり得ない」
そう言って、彼は私の手を強く握りしめた。その力強い感触に、私は少しだけ落ち着きを取り戻すことができた。
数日後、ライオネル公爵は、このエスタードからの不当な要求に対し、ガルディア王国として、そしてヴァルテンベルク公爵として、内外に向けて公式な声明を発表した。それは、非常に厳粛な雰囲気の中で行われ、私も彼の隣に立って、その言葉を聞いていた。
「エスタード王国より、我が婚約者アリアナ・フォン・ベルンシュタインの送還を求める、極めて不当かつ無礼な要求があった。これに対し、ガルディア王国及びヴァルテンベルク公爵家は、断固としてこれを拒否する」
公爵の声は、静かでありながら、揺るぎない決意に満ちていた。
「アリアナ・フォン・ベルンシュタインは、間もなく私の正式な妻となり、ヴァルテンベルク公爵夫人となる女性である。彼女は、その自由な意思に基づきガルディアに留まり、その類稀なる才能をもって我が国に貢献してくれている。彼女は、もはやエスタードの人間ではなく、ガルディアにとってかけがえのない、我が国の宝と言うべき存在だ」
そこまで言うと、公爵は私の方を向き、ほんの一瞬だけ、その黒い瞳に優しい光を宿らせた。そして、再び正面を向き、さらに力強い声で続けた。
「彼女の意思に反するいかなる要求も、我々は断じて受け入れることはない。そして、彼女の安全と尊厳を脅かすような行為に対しては、ガルディア王国は、持てる全ての力をもって対抗する所存である。アリアナに指一本触れさせることは、私が決して許さない」
その言葉は、まさに誓いだった。私を、何があっても守り抜くという、彼の魂からの誓い。
私は、感動で胸がいっぱいになり、涙が溢れそうになるのを必死でこらえていた。この人の隣にいられることの幸せ、そして、この人にこれほどまでに深く愛されていることの喜び。それは、かつてエスタードで味わった絶望とは、まさに対極にある感情だった。
この公爵の声明は、ガルディア国民からも熱狂的に支持された。エスタードの横暴な要求に対する怒りと、公爵の毅然とした態度への称賛、そして私への同情と応援の声が、国中に広がったのだ。
レオンハルト殿下の狙いは、またしても完全に裏目に出た。彼は、私を孤立させ、精神的に追い詰めようとしたのだろうけれど、結果として、私とライオネル公爵の絆をさらに強め、そして私のガルディアにおける立場を、より確固たるものにしただけだったのだ。
だが、これで彼が諦めるとは、やはり思えなかった。むしろ、追い詰められた彼は、さらに過激で、危険な手段に訴えてくる可能性すらある。
私たちは、束の間の安堵感に浸りながらも、次なる嵐への備えを怠ることはできなかった。そして、その嵐は、私たちが想像していたよりも、ずっと早く、そしてずっと危険な形で、私たちに襲いかかろうとしていたのだった。
けれど、エスタードのレオンハルト殿下が、このまま簡単に諦めるとは思えなかった。彼の歪んだ執着は、きっと次の手を考えているはずだ。そんな予感が、私の胸の奥に小さなしこりのように残っていた。
そして、その予感は、残念ながら的中することになる。
ある日、エスタード王国から、ライオネル公爵宛に一通の親書が届けられた。それは、レオンハルト王子の名で書かれた、極めて無礼かつ不当な要求を突きつけるものだった。
『ヴァルテンベルク公爵殿。貴殿の婚約者であるアリアナ・フォン・ベルンシュタインは、元来、我がエスタード王国の貴族であり、かつては私の婚約者であった身。彼女の意思がどうであれ、エスタードの法と慣習に基づき、彼女を速やかに本国へ送還することを要求する。もし、この要求に応じない場合は、両国間の友好関係に深刻な影響が及ぶことを覚悟されたい』
その親書を読んだライオネル公爵の表情は、いつになく険しいものだった。隣でその内容を一緒に読んだ私も、あまりの理不尽さと傲慢さに、怒りで体が震えるのを感じた。
(なんて……なんて、身勝手な……!)
私の意思など全く無視し、まるで私を所有物のように扱っている。エスタードの法だの慣習だの、そんなものが、他国にいる人間の自由を束縛できるとでも思っているのだろうか。そして、友好関係を盾に脅迫してくるなど、国家間の礼節を著しく欠く行為だ。
「……愚劣の極みだな」
公爵は、吐き捨てるように言った。「レオンハルト王子は、もはや正気を失っているとしか思えん。このような要求が通るはずがないことくらい、子供でも分かりそうなものだ」
「公爵様……」
「アリアナ、心配はいらない。君をエスタードへ渡すことなど、天地がひっくり返ってもあり得ない」
そう言って、彼は私の手を強く握りしめた。その力強い感触に、私は少しだけ落ち着きを取り戻すことができた。
数日後、ライオネル公爵は、このエスタードからの不当な要求に対し、ガルディア王国として、そしてヴァルテンベルク公爵として、内外に向けて公式な声明を発表した。それは、非常に厳粛な雰囲気の中で行われ、私も彼の隣に立って、その言葉を聞いていた。
「エスタード王国より、我が婚約者アリアナ・フォン・ベルンシュタインの送還を求める、極めて不当かつ無礼な要求があった。これに対し、ガルディア王国及びヴァルテンベルク公爵家は、断固としてこれを拒否する」
公爵の声は、静かでありながら、揺るぎない決意に満ちていた。
「アリアナ・フォン・ベルンシュタインは、間もなく私の正式な妻となり、ヴァルテンベルク公爵夫人となる女性である。彼女は、その自由な意思に基づきガルディアに留まり、その類稀なる才能をもって我が国に貢献してくれている。彼女は、もはやエスタードの人間ではなく、ガルディアにとってかけがえのない、我が国の宝と言うべき存在だ」
そこまで言うと、公爵は私の方を向き、ほんの一瞬だけ、その黒い瞳に優しい光を宿らせた。そして、再び正面を向き、さらに力強い声で続けた。
「彼女の意思に反するいかなる要求も、我々は断じて受け入れることはない。そして、彼女の安全と尊厳を脅かすような行為に対しては、ガルディア王国は、持てる全ての力をもって対抗する所存である。アリアナに指一本触れさせることは、私が決して許さない」
その言葉は、まさに誓いだった。私を、何があっても守り抜くという、彼の魂からの誓い。
私は、感動で胸がいっぱいになり、涙が溢れそうになるのを必死でこらえていた。この人の隣にいられることの幸せ、そして、この人にこれほどまでに深く愛されていることの喜び。それは、かつてエスタードで味わった絶望とは、まさに対極にある感情だった。
この公爵の声明は、ガルディア国民からも熱狂的に支持された。エスタードの横暴な要求に対する怒りと、公爵の毅然とした態度への称賛、そして私への同情と応援の声が、国中に広がったのだ。
レオンハルト殿下の狙いは、またしても完全に裏目に出た。彼は、私を孤立させ、精神的に追い詰めようとしたのだろうけれど、結果として、私とライオネル公爵の絆をさらに強め、そして私のガルディアにおける立場を、より確固たるものにしただけだったのだ。
だが、これで彼が諦めるとは、やはり思えなかった。むしろ、追い詰められた彼は、さらに過激で、危険な手段に訴えてくる可能性すらある。
私たちは、束の間の安堵感に浸りながらも、次なる嵐への備えを怠ることはできなかった。そして、その嵐は、私たちが想像していたよりも、ずっと早く、そしてずっと危険な形で、私たちに襲いかかろうとしていたのだった。
912
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢は折られたフラグに気が付かない〜王子たちは悪役令嬢の平穏を守れるのか!?〜【全23話+おまけ2話】
早奈恵
恋愛
エドウィン王子から婚約破棄されて、修道院でいじめ抜かれて死んでしまう予知夢を見た公爵令嬢アデリアーナは、男爵令嬢のパナピーアに誘惑されてしまうはずの攻略対象者との出会いを邪魔して、予知夢を回避できるのか試そうとする。
婚約破棄への道を自分で潰すつもりなのに、現実は何だか予知夢の内容とどんどんかけ離れて、知らないうちに話が進んでいき……。
宰相インテリ子息、騎士団長の脳筋子息、実家を継ぐために養子になったわんこ系義弟、そして婚約者の王太子エドウィンが頑張る話。
*リハビリに短編を書く予定が中編くらいになってしまいましたが、すでにラストまで書き終えている完結確約作品です。全23話+おまけ2話、よろしくお願いします。
*短い期間ですがHOTランキング1位に到達した作品です。
婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします
たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。
荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。
「この猫に構うな。人間嫌いだから」
冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。
猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。
「醜い」と婚約破棄された銀鱗の令嬢、氷の悪竜辺境伯に嫁いだら、呪いを癒やす聖女として溺愛されました
黒崎隼人
恋愛
「醜い銀の鱗を持つ呪われた女など、王妃にはふさわしくない!」
衆人環視の夜会で、婚約者の王太子にそう罵られ、アナベルは捨てられた。
実家である公爵家からも疎まれ、孤独に生きてきた彼女に下されたのは、「氷の悪竜」と恐れられる辺境伯・レオニールのもとへ嫁げという非情な王命だった。
彼の体に触れた者は黒い呪いに蝕まれ、死に至るという。それは事実上の死刑宣告。
全てを諦め、死に場所を求めて辺境の地へと赴いたアナベルだったが、そこで待っていたのは冷徹な魔王――ではなく、不器用で誠実な、ひとりの青年だった。
さらに、アナベルが忌み嫌っていた「銀の鱗」には、レオニールの呪いを癒やす聖なる力が秘められていて……?
【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~
遠野エン
恋愛
王太子から理不尽な婚約破棄を突きつけられた伯爵令嬢ルティア。聖女であるライバルの策略で「悪女」の烙印を押され、すべてを奪われた彼女が追放された先は荒れ果てた「廃墟の街」。人生のどん底――かと思いきや、ルティアは不敵に微笑んだ。
「問題が山積み? つまり、改善の余地(チャンス)しかありませんわ!」
彼女には前世で凄腕【経営コンサルタント】だった知識が眠っていた。
瓦礫を資材に変えてインフラ整備、ゴロツキたちを警備隊として雇用、嫌われ者のキノコや雑草(?)を名物料理「キノコスープ」や「うどん」に変えて大ヒット!
彼女の手腕によって、死んだ街は瞬く間に大陸随一の活気あふれる自由交易都市へと変貌を遂げる!
その姿に、当初彼女を蔑んでいた冷酷伯爵シオンの心も次第に溶かされていき…。
一方、ルティアを追放した王国は経済が破綻し、崩壊寸前。焦った元婚約者の王太子がやってくるが、幸せな市民と最愛の伯爵に守られた彼女にもう死角なんてない――――。
知恵と才覚で運命を切り拓く、痛快逆転サクセス&シンデレラストーリー、ここに開幕!
【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。
みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」
魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。
ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。
あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で一人の騎士と運命的な出会いをする。
【2024年3月16日完結、全58話】
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
【完結】ルイーズの献身~世話焼き令嬢は婚約者に見切りをつけて完璧侍女を目指します!~
青依香伽
恋愛
ルイーズは婚約者を幼少の頃から家族のように大切に思っていた
そこに男女の情はなかったが、将来的には伴侶になるのだからとルイーズなりに尽くしてきた
しかし彼にとってルイーズの献身は余計なお世話でしかなかったのだろう
婚約者の裏切りにより人生の転換期を迎えるルイーズ
婚約者との別れを選択したルイーズは完璧な侍女になることができるのか
この物語は様々な人たちとの出会いによって、成長していく女の子のお話
*更新は不定期です
*加筆修正中です
義母の企みで王子との婚約は破棄され、辺境の老貴族と結婚せよと追放されたけど、結婚したのは孫息子だし、思いっきり歌も歌えて言うことありません!
もーりんもも
恋愛
義妹の聖女の証を奪って聖女になり代わろうとした罪で、辺境の地を治める老貴族と結婚しろと王に命じられ、王都から追放されてしまったアデリーン。
ところが、結婚相手の領主アドルフ・ジャンポール侯爵は、結婚式当日に老衰で死んでしまった。
王様の命令は、「ジャンポール家の当主と結婚せよ」ということで、急遽ジャンポール家の当主となった孫息子ユリウスと結婚することに。
ユリウスの結婚の誓いの言葉は「ふん。ゲス女め」。
それでもアデリーンにとっては、緑豊かなジャンポール領は楽園だった。
誰にも遠慮することなく、美しい森の中で、大好きな歌を思いっきり歌えるから!
アデリーンの歌には不思議な力があった。その歌声は万物を癒し、ユリウスの心までをも溶かしていく……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる