手放したのは、貴方の方です

空月そらら

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第50話 手放した先にあるもの

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あれから、さらに数年の歳月が流れた。

私、アリアナ・フォン・ヴァルテンベルクは、愛する夫であるライオネル様と共に、ガルディア王国を導く公爵夫妻として、充実した日々を送っていた。私たちの間には、二人の可愛らしい子供たち――黒髪と黒い瞳を父親から受け継いだ賢明な長男アレクサンダーと、私の栗色の髪と優しい眼差しを持つ活発な長女ソフィア――が生まれ、公爵邸はいつも賑やかな笑顔と愛に満ち溢れていた。

ガルディア王国は、ライオネル様の卓越した指導力と、私のささやかな助言もあって、ますますの繁栄を謳歌していた。新しい技術が導入され、産業は発展し、文化は豊かに花開いた。国民の生活は安定し、誰もが希望を持って未来を語れる国。それが、私たちが目指し、そして実現しつつあるガルディアの姿だった。

私は、妻として、母として、そして公爵夫人として、日々多くの役割をこなしながらも、常に心からの幸福を感じていた。ライオネル様の私への愛情は、結婚した当初と何ら変わることなく、むしろ年々深まっているようにさえ感じられる。彼が私を見つめる瞳には、いつも深い信頼と、そして燃えるような情熱が宿っているのだ。

「アリアナ、君がいてくれて本当に良かった。君こそが、私の人生の太陽だ」

彼は、今でも時折、そんな甘い言葉を囁いてくれる。その度に、私の心は温かい光で満たされるのだった。

一方、私の故郷であるエスタード王国は……残念ながら、あの頃とあまり変わらない、あるいはさらに厳しい状況にあると聞いている。レオンハルト殿下は、結局、最後まで自身の過ちから目を背け続け、国の立て直しに失敗した。彼は今も、アリアナという存在を失ったことへの後悔と、虚しさを抱えたまま、孤独な日々を送っているという。

マーサとは、今でも時折手紙のやり取りをしている。彼女の手紙からは、エスタードの苦しい現状と、それでも懸命に生きる人々の姿が伝わってくる。私は、ガルディアの公爵夫人として、エスタードに対して直接的な援助をすることは難しいけれど、両国の間に最低限の友好関係を保ち、いつかエスタードが自力で立ち直る日が来ることを、心から願っている。ライオネル様も、そんな私の気持ちを理解し、できる範囲での人道的な支援は惜しまないでいてくれる。

ある晴れた日の午後、私は子供たちと一緒に、公爵邸の庭園で遊んでいた。アレクサンダーが、ライオネル様にそっくりな真剣な顔で蝶を追いかけ、ソフィアが私の足元で可愛らしい花を摘んでいる。その平和で、愛に満ちた光景を見つめながら、私はふと、エスタードで過ごした日々を思い返していた。

(あの時、殿下に手放された私は、絶望の淵にいたわね……)

けれど、その「手放された」という出来事が、私に新しい道を示してくれたのだ。もし、あのままエスタードにいたら、私は決して今の幸せを掴むことはできなかっただろう。

手放したのは、貴方の方です――。

かつて、レオンハルト殿下にそう告げた言葉が、今、改めて私の胸に深く響く。彼は、私という存在の価値を見誤り、自ら手放した。そして、その手放された先で、私はかけがえのない宝物を見つけたのだ。真実の愛、信頼できる仲間、そして自分自身の力で未来を切り開くという、確かな自信を。

ライオネル様が、執務を終えて庭園へやってきた。子供たちは、彼の姿を見つけると、嬉しそうに駆け寄っていく。彼が、優しい笑顔で子供たちを抱き上げ、そして私に温かい眼差しを向ける。

この幸せが、私の全て。

私は、愛する家族に囲まれ、希望に満ちた未来へと、確かな足取りで歩んでいく。かつて捨てられた花は、今、このガルディアの地で、誰よりも美しく、そして力強く咲き誇っているのだから。

物語は、ここで終わりを迎える。けれど、私たちの愛と、ガルディアの輝かしい未来は、これからも永遠に続いていくことだろう。

――手放した先には、こんなにも素晴らしい世界が待っていたのだと、今なら心から言える。
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