手放したのは、貴方の方です

空月そらら

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番外編

第60話 雪解けの隣国、そして未来へ

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数年ぶりに私が足を踏み入れた故郷エスタードの王都は、驚くほどの変貌を遂げていた。かつての陰鬱な雰囲気は消え去り、街には活気が戻り、道行く人々の表情も明るい。市場には品物が豊富に並び、子供たちの元気な声が響き渡っている。それは、私がマーサからの手紙で伝え聞いていた、絶望的な状況とはまるで違う、希望に満ちた光景だった。

私たち、ヴァルテンベルク公爵夫妻は、エスタード国王レオンハルト一世陛下の賓客として、王宮に迎えられた。玉座の間で私たちを出迎えたレオンハルト陛下は、以前の面影を残しながらも、その表情には為政者としての威厳と、そして何よりも民を思う深い優しさが滲み出ていた。かつての傲慢さや自己中心的な雰囲気は、どこにも見当たらない。

「ヴァルテンベルク公爵閣下、並びにアリアナ公爵夫人。ようこそ、エスタードへ。心より歓迎いたします」

その声は、落ち着きと自信に満ちていた。彼は、私に対して「アリアナ嬢」ではなく、「アリアナ公爵夫人」と、明確な敬意を込めて呼んだ。そのことに、私は彼が過去の個人的な感情を完全に乗り越え、一国の指導者として私に接していることを感じ取り、安堵した。

数日間の滞在中、私たちはレオンハルト陛下から、エスタードの復興状況について詳しい説明を受け、実際に生まれ変わった街や農村を視察した。どこへ行っても、国民は彼に心からの信頼と敬愛の念を寄せており、彼もまた、一人一人の声に真摯に耳を傾けていた。

マーサとも、涙の再会を果たすことができた。彼女は、少し腰が曲がってはいたけれど、以前よりもずっと元気そうで、国の復興を心から喜び、そして私に何度も感謝の言葉を繰り返した。

「アリアナお嬢様……いいえ、公爵夫人様のおかげでございます。この国も、そしてレオンハルト陛下も、あなた様のお導きがなければ、決して今日の日を迎えることはできませんでしたでしょう……」

その言葉に、私はただ首を横に振るしかなかった。

「いいえ、マーサ。これは、エスタードの皆さんと、そして何よりもレオンハルト陛下ご自身の努力の賜物ですわ。私は、ほんの少しだけ、お手伝いをさせていただいただけですから」

滞在の最終日、私はレオンハルト陛下と二人きりで話す機会を得た。それは、王宮の庭園の一角、かつて私がよく訪れていた、静かな場所だった。

「アリアナ公爵夫人」と、彼は穏やかな表情で私に語りかけた。「貴女には、どれほど感謝してもしきれません。貴女が示してくれた道がなければ、この国も、そして私自身も、とうの昔に滅びていたでしょう」

「陛下……」

「私は、かつて貴女に対し、取り返しのつかない過ちを犯しました。その罪は、生涯消えることはないでしょう。ですが、これからは、この国の王として、国民のために身を捧げることで、ほんの少しでもその償いをしていきたいと考えております」

彼の瞳には、深い反省と、そして未来への確かな決意が宿っていた。

「貴女が手放したものは、私という愚かな男でした。ですが、そのおかげで、貴女はヴァルテンベルク公爵という素晴らしい方と結ばれ、ガルディアでその才能を存分に開花させた。そして、皮肉なことに、その貴女の輝きが、今度は私に、そしてこのエスタードに、再生の光を与えてくれたのです」

彼は、そこで言葉を切り、遠くの空を見上げた。

「手放した先にあったものは、必ずしも絶望だけではなかった……。時として、それは誰かの成長と、そして新しい希望の始まりにも繋がるのかもしれない……アリアナ」

その言葉は、奇しくも私がいつか心の中で呟いたものと同じだった。私たちは、違う道を歩みながらも、同じ真理に辿り着いていたのかもしれない。

ガルディアに帰国する日、私はライオネル様と、そして腕に抱いた幼いアレクサンダーとソフィアと共に、エスタードの王都を見下ろす丘の上に立っていた。眼下には、活気を取り戻した美しい街並みが広がっている。

「良い国になったな、エスタードも」と、ライオネル様が私の肩を抱き寄せながら言った。

「はい、ライオネル様。……本当に、良かったですわ」

私の胸には、温かい安堵感と、そしてほんの少しの誇らしさが込み上げていた。

手放した先にあるもの――それは、時に苦しみや後悔を伴うかもしれない。けれど、そこから学び、成長し、新しい一歩を踏み出す勇気さえあれば、きっと、より素晴らしい未来が待っている。

私は、愛する夫と子供たちと共に、平和で豊かなガルディアの未来を見つめながら、そっと微笑んだ。私たちの物語は、これからも続いていく。希望に満ちた、輝かしい未来へと。

―――――――――――――――――

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感想 9

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みんなの感想(9件)

はるはる
2025.05.26 はるはる

他にも疑問に思ってる方がいらっしゃいましたが、自宅敷地内の薔薇鑑賞に何故王子と浮気相手の嬢が居るのでしょう?
当て付けにしても無理があるかと。

また「鉄仮面」と「鉄面皮」を交互に出されていますが、冷徹公爵というなら意味合い的に鉄仮面かなと思います。

まだ途中ですが是非ヒロインには幸せになって貰いたいです。

解除
sagattaru
2025.05.22 sagattaru

レオンハルトは王子なの?王なの?
国政は動かす立場にいて、でも父親である王は別にいる描写があるのに、
国が崩壊寸前の頃には、王としての振る舞いや描写があったり
設定がブレブレでない?

解除
kokekokko
2025.05.21 kokekokko

私もぷりんさんと同じく、4話目、なぜ自宅裏庭のバラ園に、王子と伯爵家子女の(家に関係ない)二人がいるの?と思ってたんですが。。

解除

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