手放したのは、貴方の方です

空月そらら

文字の大きさ
59 / 60
番外編

第59話 変わる王子、変わりゆく国

しおりを挟む
エスタード王国に希望の光が差し込み始めてから、さらに数年の歳月が流れた。その間、国は目覚ましい変化を遂げていた。

レオンハルト王子――いや、数年前に父王から王位を譲り受け、今やエスタード国王レオンハルト一世となった彼は、かつての傲慢で自己中心的な面影を完全に消し去り、国民から「再建王」とまではいかなくとも、「民に寄り添う賢明な若き王」として、深い信頼と敬愛を集める存在へと成長していた。

彼は、アリアナとガルディア専門家チームの初期の助言を忠実に実行し、国の基礎を固めた後も、決して驕ることなく、常に国民の声に耳を傾け、公正で実直な政治を続けた。贅沢を戒め、自ら質素な生活を送り、国の隅々まで足を運んでは、民の暮らしぶりをその目で確かめ、問題があれば迅速に対処する。その姿は、かつて彼を知る者が見れば、誰もが目を疑うほどの変貌ぶりだった。

彼の治世の下、エスタードは着実に復興の道を歩んでいた。農業生産は安定し、国内には新しい産業も育ち始め、街には活気が戻り、子供たちの明るい笑い声が響き渡るようになった。かつての腐敗した貴族社会も、レオンハルト王の厳しい監視と、国民の支持を背景にした新体制によって、その力を大きく削がれていた。

アリアナは、ガルディアの公爵夫人として、その様子を遠くから見守っていた。ガルディアからの専門家チームも、エスタード側の人材が十分に育ったと判断し、数年前にその役割を終えて帰国している。今では、エスタードは自らの力で、国を運営していけるまでに回復していたのだ。

(レオンハルト殿下……いいえ、レオンハルト陛下は、本当に変わられたのね……)

時折、外交ルートを通じて伝え聞く彼の噂や、両国間の公式な書簡のやり取りから、アリアナは彼の成長ぶりを確かに感じ取っていた。そこには、もはやかつてのアリアナへの個人的な執着や甘えはなく、一国の指導者としての責任感と、民を思う真摯な心が溢れていた。

ガルディアとエスタードの関係も、以前のような緊張感はなくなり、対等で、建設的な隣国関係へと変化していた。両国の間では、交易も再び活発になり、文化的な交流も少しずつ始まっている。それは、アリアナが密かに願っていた、理想的な形だった。

ある年の豊穣祭の折、レオンハルト国王から、アリアナとライオネル公爵夫妻に対し、エスタードへの公式な訪問の招待状が届けられた。それは、これまでのガルディアからの支援に対する感謝と、両国の友好をさらに深めたいという、心からの申し出だった。

ライオネル様と相談の上、私たちはその招待を受けることにした。子供たちも、少し大きくなり、ガルディアを数日間留守にすることも可能になっていたからだ。

数年ぶりに訪れる故郷エスタード。そこは、私が去った時とは全く違う、希望と活力に満ちた国へと変わりつつあった。そして、その変化の中心には、かつて私が手放し、そして彼もまた私を手放した、あの王子の、想像を絶する努力と成長があったのだ。

再会の日、レオンハルト国王は、どのような顔で私たちを迎えてくれるのだろうか。私の胸には、ほんの少しの緊張と、そして大きな期待が入り混じっていた。それは、過去の清算ではなく、新しい未来への始まりを予感させるものだった。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

辺境は独自路線で進みます! ~見下され搾取され続けるのは御免なので~

紫月 由良
恋愛
 辺境に領地を持つマリエ・オリオール伯爵令嬢は、貴族学院の食堂で婚約者であるジョルジュ・ミラボーから婚約破棄をつきつけられた。二人の仲は険悪で修復不可能だったこともあり、マリエは快諾すると学院を早退して婚約者の家に向かい、その日のうちに婚約が破棄された。辺境=田舎者という風潮によって居心地が悪くなっていたため、これを機に学院を退学して領地に引き籠ることにした。  魔法契約によりオリオール伯爵家やフォートレル辺境伯家は国から離反できないが、関わり合いを最低限にして独自路線を歩むことに――。   ※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています

とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜

入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】 社交界を賑わせた婚約披露の茶会。 令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。 「真実の愛を見つけたんだ」 それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。 愛よりも冷たく、そして美しく。 笑顔で地獄へお送りいたします――

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?

小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。 しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。 突然の失恋に、落ち込むペルラ。 そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。 「俺は、放っておけないから来たのです」 初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて―― ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。

復縁は絶対に受け入れません ~婚約破棄された有能令嬢は、幸せな日々を満喫しています~

水空 葵
恋愛
伯爵令嬢のクラリスは、婚約者のネイサンを支えるため、幼い頃から血の滲むような努力を重ねてきた。社交はもちろん、本来ならしなくても良い執務の補佐まで。 ネイサンは跡継ぎとして期待されているが、そこには必ずと言っていいほどクラリスの尽力があった。 しかし、クラリスはネイサンから婚約破棄を告げられてしまう。 彼の隣には妹エリノアが寄り添っていて、潔く離縁した方が良いと思える状況だった。 「俺は真実の愛を見つけた。だから邪魔しないで欲しい」 「分かりました。二度と貴方には関わりません」 何もかもを諦めて自由になったクラリスは、その時間を満喫することにする。 そんな中、彼女を見つめる者が居て―― ◇5/2 HOTランキング1位になりました。お読みいただきありがとうございます。 ※他サイトでも連載しています

婚約破棄ですか? 損切りの機会を与えてくださり、本当にありがとうございます

水上
恋愛
「エリーゼ・フォン・ノイマン! 貴様との婚約は、今この瞬間をもって破棄する! 僕は真実の愛を見つけたんだ。リリィこそが、僕の魂の伴侶だ!」 「確認させていただきますが、その真実の愛とやらは、我が国とノイマン家との間で締結された政略的・経済的包括協定――いわゆる婚約契約書よりも優先される事象であると、そのようにご判断されたのですか?」 「ああ、そうだ! 愛は何物にも勝る! 貴様のように、金や効率ばかりを語る冷血な女にはわかるまい!」 「……ふっ」  思わず、口元が緩んでしまいました。  それをどう勘違いしたのか、ヘリオス殿下はさらに声を張り上げます。 「なんだその不敵な笑みは! 負け惜しみか! それとも、ショックで頭がおかしくなったか!」 「いいえ、殿下。感心していたのです」 「なに?」 「ご自身の価値を正しく評価できない愚かさが、極まるところまで極まると、ある種の芸術性を帯びるのだなと」 「き、貴様……!」  殿下、損切りの機会を与えてくださり本当にありがとうございます。  私の頭の中では、すでに新しい事業計画書の第一章が書き始められていました。  それは、愚かな王子に復讐するためだけの計画ではありません。  私が私らしく、論理と計算で幸福を勝ち取るための、輝かしい建国プロジェクトなのです。

【完結】 笑わない、かわいげがない、胸がないの『ないないない令嬢』、国外追放を言い渡される~私を追い出せば国が大変なことになりますよ?~

夏芽空
恋愛
「笑わない! かわいげがない! 胸がない! 三つのないを持つ、『ないないない令嬢』のオフェリア! 君との婚約を破棄する!」 婚約者の第一王子はオフェリアに婚約破棄を言い渡した上に、さらには国外追放するとまで言ってきた。 「私は構いませんが、この国が困ることになりますよ?」 オフェリアは国で唯一の特別な力を持っている。 傷を癒したり、作物を実らせたり、邪悪な心を持つ魔物から国を守ったりと、力には様々な種類がある。 オフェリアがいなくなれば、その力も消えてしまう。 国は困ることになるだろう。 だから親切心で言ってあげたのだが、第一王子は聞く耳を持たなかった。 警告を無視して、オフェリアを国外追放した。 国を出たオフェリアは、隣国で魔術師団の団長と出会う。 ひょんなことから彼の下で働くことになり、絆を深めていく。 一方、オフェリアを追放した国は、第一王子の愚かな選択のせいで崩壊していくのだった……。

【完結】婚約破棄に祝砲を。あら、殿下ったらもうご結婚なさるのね? では、祝辞代わりに花嫁ごと吹き飛ばしに伺いますわ。

猫屋敷 むぎ
恋愛
王都最古の大聖堂。 ついに幸せいっぱいの結婚式を迎えた、公女リシェル・クレイモア。 しかし、一年前。同じ場所での結婚式では―― 見知らぬ女を連れて現れたセドリック王子が、高らかに宣言した。 「俺は――愛を選ぶ! お前との婚約は……破棄だ!」 確かに愛のない政略結婚だったけれど。 ――やがて、仮面の執事クラウスと共に踏み込む、想像もできなかった真実。 「お嬢様、祝砲は芝居の終幕でと、相場は決まっております――」 仮面が落ちるとき、空を裂いて祝砲が鳴り響く。 シリアスもラブも笑いもまとめて撃ち抜く、“婚約破棄から始まる、公女と執事の逆転ロマンス劇場”、ここに開幕! ――ミステリ仕立ての愛と逆転の物語です。スッキリ逆転、ハピエン保証。 ※「小説家になろう」にも掲載。(異世界恋愛33位) ※ アルファポリス完結恋愛13位。応援ありがとうございます。

処理中です...