悪役貴族に転生した俺、前世のスキルが残っているため、勇者よりも強くなってしまう

空月そらら

文字の大きさ
41 / 57
1章

第41話 二つの人影

しおりを挟む
「い、いたよ! ユキ達だ!」

 視界の奥、深い森の暗がりの中に二つの人影が倒れ伏しているのが見えた。

 俺たちは一瞬戸惑ったが、すぐに全力で彼らの元へ駆け寄る。

 木々の間をすり抜け、苔むした地面を踏みしめるたびに、どこか冷ややかな空気が纏わりついて来る。

 この森はただの木々の集合体ではなく、まるで意志を持つように俺たちを試すような空間だとすら思えてきた。

 近づいていくと、その人影がユキとゴウであることは疑いようがなかった。

 ユキの白い髪は泥にまみれてしまっているが、それでもかすかな光に照らされ、どこか神々しい雰囲気を放っている。

 ゴウの服も所々引き裂かれ、屈強な体が無残にも傷ついているのが見える。

 二人とも地面にうずくまり、荒い息を漏らしながらも、必死に意識を保とうとしている様子だった。

 その姿に、俺の胸が痛むと同時に、怒りがふつふつと湧き上がってきた。

 「大丈夫か、ユキ、ゴウ!」

 息を切らし、足元も気にせず俺はユキ達のそばに跪く。

 二人の顔を間近で見ると、無数の傷が浮かび上がり、血は乾ききらないうちに地面へと流れ出していた。

 ユキの唇は真っ青で、目にはかすかな意識しか感じられない。

 ユキの肩はわずかに震えており、その姿がどれほどの恐怖と痛みに耐えてきたのかを物語っていた。

 ゴウの目も虚ろで、いつも冷静で頼りがいのある顔からは、今はただ疲れ果てたような表情しか見受けられなかった。

 俺は自分の手が震えているのを感じた。

 俺がもっと早く魔物の存在に気付いて行動していれば、もしかしたらここまで傷つくことはなかったかもしれない、という後悔の念を呼び起こした。

 だが、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 俺は二人を治療するために、すぐに意識を集中させる。

 魔力を両手に込めて祈りを捧げ、深く息を吸い込んだ。

 「まだ間に合いそうだ……! 《第4級魔法/ハイヒール》!」

 魔法の言葉が森の静寂に溶け込むと、俺の手から温かな光の粒子が立ち上がり、穏やかに二人を包み込んでいく。

 その光は、傷ついた肉体にしみわたり、少しずつ痛みを和らげていく。

 魔力がユキ達の体内に流れ込み、まるで温もりが彼らの魂に寄り添うように傷を癒していく。

 この瞬間、森の冷たい空気が和らぎ、俺たちだけが取り残されたかのような静けさが訪れた。

 光が弱まり、ユキとゴウの顔にかすかな生気が戻ってきた。

 最初に意識を取り戻したのはゴウで、ぼんやりとした表情のまま、自分の体を持ち上げようとした。

 俺を見つめる瞳にはまだ恐怖が宿っているが、少しずつ現実に戻ってきているようだった。

 「ア、アレン……逃げろ……まだあの女が……」

 かすれた声で紡がれた言葉に、俺の胸に冷たい風が吹き込んだかのような感覚が走る。

 ゴウの言葉には、まだ強烈な恐怖が宿っていた。

 俺はその恐怖を断ち切るように微笑みを浮かべ、冷静にゴウに伝えた。

 「あいつなら、もう俺たちが片付けた。心配は無用だ」

 俺が静かに告げると、ゴウは驚いたように目を見開き、それから安堵の表情を浮かべて息をついた。

 その瞬間、ゴウの肩がわずかに力を失い、安心したように全身が緩んでいくのがわかる。

 ゴウが抱えていた不安の重さを、その僅かな仕草から感じ取った。

 「そ、そうか……」

 ゴウは少し震えた声で呟きながら、まだ息を整えきれない様子だった。

 その横では、ユキもゆっくりと目を開け、ぼんやりとした視線で俺を見上げている。

 その瞳にわずかに浮かぶ涙を見たとき、俺の心が締めつけられるような痛みを覚えた。

 ユキが震える手を差し出すのを見て、俺は何も言わずその手をしっかり握った。

 「ア、アレン……」

 ユキの声はか細く、震えていた。

 その声には、今までに体験したことのない恐怖が染みついており、俺は胸の中で何度もその声に応えようとしたが、言葉が見つからなかった。

 俺の手を握るユキは、急に泣き崩れるように俺に抱きつき、涙を流し始める。

 ユキの肩越しに、微かな風が木々を揺らし、森の静寂が続いているのがわかった。

 「アレン、怖かったよ……!」

 「あ、ああ。俺も、怖かった……ぞ?」

 ユキが抱きついてきた瞬間、俺の体が硬直した。

 俺は前世でも恋愛経験など皆無だったため、こうした場面にどう反応すればいいのかもわからず、ただ自分の心臓の音がどんどん大きくなっていくのを感じる。

 ユキの温もりが伝わってくるたび、俺の顔も熱を帯びていくが、ユキの表情はそれどころではないようだった。

 頬を赤らめながらも、ユキは再び俺の胸に顔をうずめてきた。

「はいはい、そこまで~。アレン、もうこの森から出た方が良いんじゃない?」

 隣でルンが、俺たちの間に割って入るように軽く肩を叩き、視線を交わす。

 ルンの無邪気な笑顔が、この緊張感を一気に和らげてくれた。

 確かに、任務は終わったのだから、この危険な森に長居する必要はない。

 だが、ユキが俺の手を離す様子もなく、横でルンがやや不満げに唇を尖らせるのを見て、苦笑が漏れる。

「今度は俺から離れないようにしろよ。《第三級魔法/テレポーテーション・マジック》!」

 呪文を唱え、魔力の波が俺たちを包み込む。

 銀色の光がゆっくりとあたりに広がり、俺たちの周囲の景色が一瞬で変わる。

 次に目を開けたときには、見慣れた街の光景が目の前に広がっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨
ファンタジー
普通の高校生として生きていく。その為の手段は問わない。

男:女=1:10000の世界に来た記憶が無いけど生きる俺

マオセン
ファンタジー
突然公園で目覚めた青年「優心」は身辺状況の記憶をすべて忘れていた。分かるのは自分の名前と剣道の経験、常識くらいだった。 その公園を通りすがった「七瀬 椿」に話しかけてからこの物語は幕を開ける。 彼は何も記憶が無い状態で男女比が圧倒的な世界を生き抜けることができるのか。 そして....彼の身体は大丈夫なのか!?

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

世界最強の賢者、勇者パーティーを追放される~いまさら帰ってこいと言われてももう遅い俺は拾ってくれた最強のお姫様と幸せに過ごす~

aoi
ファンタジー
「なぁ、マギそろそろこのパーティーを抜けてくれないか?」 勇者パーティーに勤めて数年、いきなりパーティーを戦闘ができずに女に守られてばかりだからと追放された賢者マギ。王都で新しい仕事を探すにも勇者パーティーが邪魔をして見つからない。そんな時、とある国のお姫様がマギに声をかけてきて......? お姫様の為に全力を尽くす賢者マギが無双する!?

処理中です...