悪役貴族に転生した俺、前世のスキルが残っているため、勇者よりも強くなってしまう

空月そらら

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1章

第42話 ベルド伯爵

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 今、俺たちは馬車に乗っている。

 依頼を達成した報告をするため、馬車で伯爵邸に向かっている最中だ。

 車輪が地面を蹴り、静かに揺れるリズムに身を委ねる。

 遠ざかる戦いの記憶と、今後どうするかの考えが頭を巡り、微妙な沈黙が車内を包む。

 俺はふと視線をユキとゴウの方へ移した。

 二人は目に見えて疲労が蓄積している。

 特に、あの森の戦闘での緊張と衝撃から来る疲労が精神的に重くのしかかっているのだろう。

 ユキのまつげがかすかに震えているのが見て取れた。

 今、ユキが見ている景色は果たして森の中なのか、それとも目の前の伯爵邸に向かっているのか……そんなことを考えてしまう。

 その横で、俺とずっと一緒に戦場を駆けたルンは、どこか違う。

 ルンは妙に落ち着いた顔をして、ぼんやりと馬車の窓の外を眺めている。

 初めて人を殺めた後だというのに、その表情は以前と同じようで、同じでなく、微妙な変化が感じられる。

 レードの頭を魔法弾で粉砕した瞬間、あの清純な瞳がほんの一瞬だけ冷たく光った。

 冷たさの裏には何があるのか。

 ルン自身、まだその意味を理解していないかもしれないが、確実に何かが彼女の中で変わったのだろう。

 そんなことを考えていると、前方で馬車を操る御者が口を開いた。

「冒険者さん、あそこがあんたらの依頼主、ベルド伯爵がいる伯爵邸ですぜ」

「あそこが……」

 馬車の窓から見える伯爵邸は、まさに圧巻の一言だった。

 城壁のように広がる領地、繊細に彫刻された石造りの建物、そのすべてが王国の力と誇りを表しているかのようだ。

 まるでこの場所が王国全体を象徴するかのように、圧倒的な存在感がある。

 俺は一瞬、あの伯爵がどんな人間なのかという疑念が頭をよぎった。

 もしかしたら、王国の内部の情報を少しでも知っているかもしれない。

 知っていれば、今後のためにいくらかの情報を引き出したいところだ。

 もっとも、そんなことを簡単に教えてくれるような人物とは思えないが――

 俺はふと目を閉じ、伯爵邸に着くまでの時間を静かに過ごすことにした。



「着いたわね、伯爵邸に」

「ああ」

 馬車の中で心を落ち着かせていたユキが、小さな息を吐きながら俺に声をかける。

 その表情は、戦闘中の鋭い目つきとは異なり、凛とした美しさがある。

 場所が変わっただけで、気持ちを切り替えられる彼女には感心する。

 俺も、彼女のように鋼の意志を持ちたいものだ。

 俺たちは馬車から降り、しっかりと地に足を付ける。

 伯爵邸を見上げると、その圧倒的な威容が、俺たちの気分を引き締めてくれる。

 だが、それ以上に目を引いたのは、伯爵邸から向かってくる一人のメイドだった。

 真っ白なエプロンドレスに身を包み、しなやかな動きで俺たちの方へと歩いてくる。

「お待ちしておりました、『雪の剣』の皆様」

 穏やかな微笑みを浮かべたメイドは、俺たちのパーティ名を知っていた。

 そしてメイドは静かに先導し始め、俺たちは彼女に従って伯爵邸の中へと足を踏み入れる。

 中に入ると、俺は目を奪われた。

 豪華なシャンデリアが天井から輝き、壁には貴重そうな絵画が飾られている。

 床には高価な絨毯が敷かれ、歩くたびにその柔らかな感触が足の裏に伝わってくる。

「こちらにてベルド伯爵がお待ちです」

 大きな扉の前でメイドが静かに立ち止まり、俺たちに向かって一礼する。

 ユキが礼を言い、ゆっくりと扉の取っ手に手をかけた。

 そして扉が開かれると、その向こうには、豪華なソファにどっしりと腰を下ろした年配の男性が現れる。

「何と、本当に……」

 ベルド伯爵の最初の一言は、驚きに満ちていた。

 その様子は、俺たちが無事にここにたどり着けないと思っていたかのようだ。

 確かに、B級パーティーがあの森に入って無事に生還するのは、普通ではありえないことだろう。

「私は『雪の風』のリーダー、ユキ・クレハです」

 ユキは一歩前に出て、力強く名乗りを上げる。

 その姿は、まさに俺たちのリーダーにふさわしい堂々としたものだ。

 俺も横で軽く頭を下げる。

「儂はこの伯爵邸の領主、ベルド・アマラ・タフワである」

 彼もまた、簡潔に自らを名乗る。

 冷徹で傲慢な貴族を想像していた俺だが、その印象は実際に会ってみてすぐに変わった。

 彼の目には確かな知恵が宿り、俺たちをただの冒険者として見下す様子もない。

 俺たちの手柄をしっかりと評価し、王国のためにその力を活かしてくれることを期待しているのかもしれない。

 伯爵は俺たちに冷静な視線を向け、ゆっくりと微笑みを浮かべた。

「して、今回の依頼を無事達成したのだな?」

 彼の問いかけに、ユキは静かに頷く。

 俺たちの目線が交差し、互いに無言のうちにその成果を確認する。
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