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生まれた時から強すぎる魔力に恐怖しています。僕も幸せになれますか?

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~蒼龍の君視点~

私は公爵家の長男として、この世に生を受けた時から、常に恐怖心を抱いている。赤子の時の事など私自身が覚えている訳ではないが、周りの思い出話を聞くと、何かに怯え、よく泣く赤子だったそうだ。もちろん今も、本当は泣きたいくらい怖いんだ。

私のお爺様は若い頃、水龍の加護を受けたそうで、強い水の魔力を持っていた。その恩恵は血族にも少しだけ受け継がれているが、時と共に薄まり消えていくそうだ。父は少しの水の魔力を使う事が出来た。孫である私の場合は、もう殆ど水の魔力を使う事が出来ない。お爺様が水龍の加護を受けた時に変色したと言われる、青色の瞳を引き継いでいる程度だ。

使える魔力が無い変わりなのか、魔力の察知能力には優れているように感じる。父の魔力の量や、森に出現する魔物の位置など、手に取るように分かるからだ。

そして生まれた時から、この街で、おぞましい膨大な魔力を感じとっている。あまりの魔力の大きさに発生源が特定できない程だ。そのチカラの差は、砂粒ひとつに対し、この地上にある全てが怒り狂い襲いかかる様なものだ。常に死の恐怖を感じざるおえない。

お爺様が亡くなったのは、私か3歳になる少し前だそうで、お爺様がいなければ、私は赤子の時に命を落としていたのではないかと思っている。おぼろげで記憶の捏造かもしれないが、お爺様の魔力の側にいると、わずかに安心していた気がする。



私の生きる希望は、王立魔法学園に入学する事だ。友好国と国が設立した魔法を学ぶ学園は、地続きの国境付近ではあるが隣国に位置している。定期的にある休暇には、家に戻り領主の仕事の勉強をしなければならないが、全寮制である。この街から、さらには国から離れれば、この恐怖から脱却する事が出来るだろう。

っと思っていたのに、いる!!確実に恐怖の元凶がこの学園にいる!!死にものぐるいで鍛錬と勉学に打ち込んで、体力気力が尽きて、空き時間は屍の様になっていたら、クールとか冷たいとか他人にコソコソ陰口を言われる様になってまで頑張ったというのに…!!

学園生活が始まって直ぐに、恐怖の発生源を特定する事ができた。なんとそれは、令嬢の形をしていた。しかも頻繁に話しかけて来る。私は怖すぎて、そちらを向く事が出来ない。話の内容も怖くて聞けない。令嬢の形をしたソレが来ると、恐怖で嘔吐する前に、急いでその場を離れる日々を過ごしている。

家を捨て、国を捨て、遠くに逃げるしか無いのかもしれない。そんな事を考えていたある日、突然、恐怖心が無くなったのだ。私は生まれて初めて、生を受けた喜びを感じた。心が軽い!体が軽い!空気が澄んでいる!世界が明るい!これが幸せなのか!!幸い明日から休暇で自宅に帰る予定だ。父にこの喜びを伝えよう。明日は領地の勉学は休ませてもらい、自由に過ごさせてもらおうと思う!なんだか、いてもたってもいられないので、午後の授業の欠席届を提出して、家へと向かった。

♦︎

「ただいま帰りました!!」

「えっ?!坊っちゃま?!お、お帰りは明日のはずでは。」

「執事長!!私は今、生まれて初めて幸せなんだ!!父はどこにいる?今日からの休暇中の勉学を休みに変更したいんだっ!!」

「ぼ、坊っちゃま…?!かしこまりました、ご案内致しますので、一度サロンでお休みください。お疲れでしょう。」

「ありがとう!!」

サロンの席に腰掛けると、執事長は手早くお茶を入れてくれた。お茶の香りを愉しめたのは初めてだ。

「こんな美味しいお茶を飲むのは初めてだよ!!執事長ありがとう!!」

「ひぃ…き、恐縮でございます…。」

お茶を飲んでいると、執事長を引き連れた父が、わざわざサロンまで来てくれた。

「一体どうしたんだ、学校はどうした?」

「父上!!ただいま戻りました!!午後の授業は休みました!!私は生まれて初めて、恐怖を感じていないんです!!こんな日が来るなんて夢の様です!!」

「そ、そうか…」

父は突然、いつも暗く表情の乏しい息子の性格が、明るく元気に変わってしまい、何を言っていいのか分からないでいる。

「父上!!この度の休みは、領地の勉学ではなく私に自由な時間を頂きたいのです!!どこかに遊びに出掛けたいし、そうだ!!ご令嬢とデートもしてみたいです!!どなたかご紹介願えませんか!!」

「お、おぉ、分かった。いつもお前は勤勉に頑張っているからな。少し休んだ方が良いだろう。ご令嬢の件も前向きになってくれたんだな。ありがとう。こちらで調整しよう。」

「ありがとうございます!!父上!!そうだ、私は今から街を散策しに行ってきます。買物もしてみようかな。執事長!!馬車の手配を頼む!!」

住み慣れたいつのも街だが、私は初めて街を見た様な気持ちだった。服を買ったり、屋台で売っている肉を焼いた軽食を食べたりした。カフェでは一押しのケーキとお茶を頂いたり、花を眺めたり、風を感じたりした。素晴らしい1日だった。明日は何をしようか、とても楽しみに眠りについた。

♦︎

夜明け前に目を覚ました。起き上がる私の心は沈んでいた。元に戻っている。あの、おぞましい魔力が遠くから次第に私に近づいている様な感覚だ。なんなら、前よりも強力になっている気さえする。怖い。怖すぎる。

「ひぃ…。」

軽い心で過ごしていた為に、耐性が薄れてしまったのか、私は気を失って、目を覚ました後も、そのまま1日をベットの上で過ごした。夜になる頃には大分慣れてきたし、明日には起き上がれるだろう。消化の良い夕食を、ベットに腰掛けて頂きながら、執事長に伝えた。

♦︎

次の日、とある令嬢をお茶会に招いていると執事長から伝えられた。そんな気分にはなれないが、自分から申し出た件だ。急な要望に応えてくれた家族にも、相手にも申し訳ないので、参加しなければならない。

私は、庭に用意された、お茶会用のテーブルへと向かった。そこにいたのは、混沌と蠢く魔力に包まれた、より凶暴になった恐怖の元凶だった。化物の呻き声の様なものが、いくつも聞こえている中で、令嬢の形をしたソレは、スカートを上げて頭を下にさげ、何かを囁くという一連の動作は、死を招く呪いの様に見えた。私は遠のく意識を寸前の所で堪えて、お引き取りくださいと、何とか懇願した。そして立ったまま気を失った。

♦︎

夜になると、あの元凶が聖女であると号外のニューとして街中に広まった。国王は勇者の称号まで与えたらしい。功績としては、魔物の討伐や、街に結界をはったうえ、結界内の土地を肥し自然を豊かにし領民を飢えからも守ったり、病に伏した者を癒したり、聖女のチカラを民に分け与えたり、悪党を捉えたり、4匹の龍を使役したそうだ。これだけ聞くと、素晴らしい方の様に思える。しかし、生まれた時から感じている、あの膨大な魔力に対する恐怖心は拭えない。あのチカラが良いものだと分かった今もすごく怖い。あれが聖女となってしまった以上、遠くの国に身を寄せるしかないだろう。私の安息の地はここにはない。

そこに突然、父が興奮しながら現れた。

「息子よ!!聞いたか!!昨日招いたご令嬢が、なんと聖女だったんだ。運がいいぞ。昨日のお茶会に招けるご令嬢を探していた時は、急な事で予定の合う方がいなかったんだが、タイミング良く向こうから面会の打診をくれたんだ。きっとお前に気があるぞ!!さっそく婚約の申し込みをしておいたからなっ!!」

婚約…?私が…嘘でしょう?!

私が幸せになれる選択肢はあるのでしょうか。

神様お願いです。

私に選択肢をくださいっ!!



~ normal end ①~
婚約しちゃったの?!
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