森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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125、四つの楔(2)

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 涼しい風が、まだ短い柳の新芽を揺らす。
 水辺の静謐な空気に深呼吸してから、リルは泉の畔に立つ二人の女性に呼びかけた。

「クレーネさん、ルビータさん。約束を果たしてもらいにきました」

 ――ここは森の水源、クレーネが守護する泉。リルの第二の目的地だ。
 いきなり現れたリルに、二人の精霊は穏やかに微笑む。まるで人間の少女がここに来ることを予見していたかのように。
 かつて、彼女達は言った。リルが困った時は力を貸すと。

「私が新しい森の魔法使いになるために、力を貸してください。クレーネさん、ルビータさん、私の結界の楔になってください!」

 膝に額がくっつくぐらい頭を下げるリルに、美女達は顔を見合わせて……クスクスと笑い出した。

「ええ。勿論よ、リル。貴女の楔になるわ」

 クレーネがリルの右肩にしなだれかかり、妖艶に微笑む。

「あたしも喜んで契約するわ」

 ルビータが気さくに左肩に手を置いてくる。

「……ありがとう、二人共」

 説得も言い訳もいらない。ただ真っ直ぐに要請を受け入れてくれる二人に、涙が出そうになる。

「つらいわね、リル」

 クレーネがリルの頭を抱きしめ、優しく撫でる。

「スイウのこと、心配でしょう」

 話さなくても、事情は伝わっている。
 クレーネは森に広がる水脈の根源、支流であるヒメミナとは同一の存在だ。だから泉から出られない『縛り』があっても、ヒメミナ――他の支流――の知り得た情報は全てクレーネも知っている。

「うん、つらい」

 リルは憂いげに頷いてから、顔を上げる。

「でも、私が助けるって決めたから」

 断言するリルに、クレーネは困ったように微笑む。

「リルはスイウが好きなのね」

 はにかむリルを肯定と捉え、クレーネはため息をついた。

「お互い、難儀な相手に恋したものね」

 首を竦める水の精霊の背後には、細い柳の木が見える。

「スイウも大概ややこしいヤツだからなぁ」

 苦笑しながら髪を掻き上げるルビータに、リルはふと思いついて尋ねてみる。

「もしかしてルビータさんとクレーネさんは、スイウさんの結界の楔なの?」

 二人は事もなげに頷いた。

「ええ、そうよ。わたくし達は今の楔よ」

「今回だけじゃない、魔法使いが一人でこの森を管理するようになってからずっと、あたし達は楔を務めている」

 クレーネとルビータは碧謐の森の最古の精霊だ。それだけ力が強く、魔法使いとの繋がりも深い。

「スイウのことも、魔法使いになる前から知っている。先代のディセイラも、その前も」

「スイウは小さい頃はもっと表情のある子だったんだけど、ディセイラが森を去ってしまってから、ちっとも笑わなくなってしまったわ」

 頬に手を当てて、クレーネは伏し目がちに言う。

あの子スイウは名前を呼ばないでしょう? わたくし達の名前も、誰の名前も。ディセイラがいる時はそんなことはなかったのに。きっと……名前を呼んで、深く関わった人に去られるのが怖いのだと思うわ」

「そんな……」

 いつも無表情で飄々とした彼に、そんな過去があったなんて。

「リル、貴女はスイウのために魔法使いになろうとしてるけど、スイウに貴女の気持ちは届かないかもしれない。それでもリルは、魔法使いになりたい?」

 ……これは、最後の忠告だ。
 リルはすでに三つの楔と契約した。しかし、まだ結界は発動していない。今なら魔法使いにならない選択肢もあるのだ。
 魔法使いになれば、スイウと離れることになる。魔法使いになっても、スイウと一緒にいられる未来はない。
 それでも……。

「……名前、呼んでくれました」

 ぽつりとリルが零す。
 思い返せば、スイウは今までリルの名を呼んだことがなかった。街でも森でも。何ヶ月も傍にいて共に生活していたのに、ずっと呼んでくれなかった。
 ……でも。

「私を『リル』って呼んで、暗闇から救ってくれました」

 禍物に飲まれそうになった時、掴んだ手のぬくもり。確かに聞こえた声。
 ――その記憶だけで、きっと選んだ未来を後悔しない。

「だから私は、魔法使いになります」
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