聖女の私は勇者に失恋した直後に魔王に拐われました

灯倉日鈴(合歓鈴)

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13、魔族と魔物

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「待って。解らない」

 私は混乱しながらも、自分を立て直す。

「あなたの発言には、納得できない点があるわ。私は何年も勇者パーティとして魔物と戦ってきたの。私は理由もなく魔物が人を襲う現場を何度も目撃してきたの。今更魔王が人の味方なんて信じらんない」

 もし、情報が操作されているとしても、私自身が目撃した真実は誤魔化しようがない。
 睨み返す私に、魔王は頷いた。

「それは余も理解しておるが、余の範疇ではない」

「……は?」

 キョトンとする私に、魔王は説明する。
 ――太古の昔より、モンストル山脈には異形の『魔族』という種族が『発生』する。その魔族は、同種の中で最も強い力を持つ『魔族』に支配されている。その統率力は絶大なものであったが……。

「千年前、当時の魔王が最初の聖剣の勇者に倒されてから次の魔王が発生するまで、およそ百年の時が空いた。その間に、魔王の支配を解かれた魔族の一部が山を下りてしまったのだ。魔族というものは魂の境界が曖昧で、生物になら何にでも……人でも獣でも草木にもよく混じる。地上の生物に混じった魔族は、別の生き物として本能のままに行動を始め、子孫を増やしたのだ。もう、魔王の支配は受け付けぬ」

 ……つまり、今人を襲っている魔物は地上産なわけね。

「でも、あなたの山から流出した魔族が原因なんだから、責任取ってくれないの?」

「余の生まれ出る前の話だ。人とて、原初は一つの種族だったものが増え広がって人同士で争うようになったのであろう? 魔族とて、種が枝分かれし盛衰することは何だおかしなことではない」

 ……すっごいこじつけ感あるけど、これも多様性ってやつなのかしら。

「人には見分けがつかぬであろうから、人が山の魔族と里の魔物を一緒くたに嫌うのは構わぬ。魔物と人が個々に殺し合うこともなんとも思わぬ。生物とは生きるために他者と命を奪い合うものだからな」

 魔王はふっと息をつく。

「だが、余の権限の及ぶ範囲では、余はいたずらに他者の命を奪わない。同じ支配者として、人の王が民草を虐げているのを傍観するのも不愉快である。だから、そなた達の王と対話を望んでおる」

 完全に信じたわけじゃないけど……納得はした。
 だって……私の生まれた村も、領主の圧政で貧しかったから。

「……言いたいことは解ったわ」

 私もため息をつく。

「でも、どうして私を選んだの?」

 魔王は憂いげに目を伏せる。わ、睫毛ながっ。

「何度目かの書状が梨のつぶてだった後、余は人の王との仲介役を立てることにした。それが、勇者だ」

 ……ん?

「勇者はこの国の民草に絶大な支持を得る人格者で、王の覚えめでたいと聞く」

 ……いやいや、実際は最低浮気ヤローで、国王に謁見したのだってつい先日だよ。

「しかし、勇者は聖剣を所持している。魔王は多少のことでは死なぬが、聖剣は魔族の天敵。不用意に対峙すれば、人の王との対話の場を取り付ける前に勇者に倒される危険がある」

 ……確かに。あの聖剣、弱い魔物なら触れただけで消滅させられちゃうくらい強力なのよね。私も何度も見たけど。

「そこで、仲介役の仲介役を頼むことにした。それが……」

 黒く尖った爪で、私を指差す。

「聖女よ。余はそなたが勇者の最愛の者と聞いていた。そして、そなたは聖女と謳われるに相応しい聡明で思慮深い女性であると。だから余の話を理解し、勇者を説得してくれるのではないかと。しかし……」

「その聖女が勇者にフラれていたとは誤算でしたな」

 今まで魔王の肩で寝ていた翼猫が口を挟んだ!

「ちょっ!」

「作戦を立て直さねば。次は人の王の姫を拐うか」

「それは難しいかと。聖女を連れ去ったことで、人の城の警備は厳重になっているでしょうし」

「……とんだ無駄足だったな」

 頭を寄せて語り合う魔王と執事(猫)
 ちょっと、失礼すぎない!? 容赦なく他人の傷口に塩を塗ってくるあたりが、さすが魔族よね!

「あーもー! 解ったわよ!」

 私は手を腰に当てて宣言した。

「私が国王に手紙を書くわ! 魔王が会いたがってるって。一応、私は勇者パーティの一員だから丸無視はできないと思う。でも、それ以上は手を貸せない。私は片方あなた達だけの言い分を聞いて寝返るほど単純じゃないんだからね!」

 眉を釣り上げる私に、魔王はふっと目尻を下げた。

「うむ。協力に感謝する」

 ……うぅ、美形に微笑まれると絆されそうだよ。
 私は熱くなる頬を悟られぬよう、そっぽを向いた。
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