聖女の私は勇者に失恋した直後に魔王に拐われました

灯倉日鈴(合歓鈴)

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20、真の勇者

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 長く艷やかな黒髪の間から、白いうなじが覗く。
 ギュンッと風を切って、聖剣が魔王の首に振り下ろされる。その鋭利な刃が彼の肌に触れる……直前!

「我が手に戻れ、聖剣トニトゥルース!!」

 私のび声に応え、聖剣はピタリと静止した。

「え? あ……!?」

 そして、驚くジェフリーの両手を弾き跳ばし、ぐるぐると高速回転しながら飛来して、伸ばしていた私の右手に収まった。
 辺りは水を打ったように静まり返る。
 王国軍もマギーもモイラも、セレレもバルトルドもロックも。そして……ジェフリーと、魔王さえも動けない。
 ただただ目を見開いて、私を見つめているだけだ。
 ……えーと。

「ジェフリー」

 私は這いつくばった幼馴染に憐れみの目を向ける。

「今まで私は何でもあなたのお願いを聞いてきたよね。でも、もうやめる。これは返してもらうね」

 ……そう、三年前のあの日。
 それをジェフリーが欲しがったから、渡してしまったのだ。
 私には剣術の心得はなかったし、ジェフリーが喜んだから。
 でも……ずっと感じてはいた。あの剣に選ばれたのは、私なんだって。
 ……それも、ジェフリーが可哀想だから言えなかったんだけど。

「な、なんで、なんで今更……」

 興奮に息を荒げ、顔を赤黒く染めたジェフリーが立ち上がる。

「返せ! 聖剣は俺のもんだ! お前なんかに、お前なんかにっ!!」

「ひゃっ」

 猛突進してくる幼馴染に、私は竦み上がる。
 ひえぇ! 私、ちょっとは攻撃魔法も使えるけど、詠唱は間に合わない!

「やだっ! 来ないでっ!」

 私はとりあえず、手にした聖剣をぶんっと素振りした。剣身の長さ的に当たる距離じゃなかったし、ただの威嚇だったのだけど……。

「うわあああぁぁぁぁぁ」

 振り抜いた時に発生した空気の流れは竜巻となり、ジェフリーを舞い上げて空の彼方へ急上昇した。

「ぁぁ…ぁ、ぁ……」

 竜巻はぐんぐん遠ざかり……。

 ……。

 あ、見えなくなった。
 ……多分、生きてる……よね?
 それにしても……。
 私は白銀に煌めく聖剣トニトゥルースを太陽に翳す。
 片手で持っているのに羽のように軽く、剣術の心得のない私にも一振りで竜巻まで起こせちゃう。
 ……ジェフリーはいつも重そうに持ってて、大きな魔物は狩るのに苦労してたけど……。
 これが、勇者の持つ聖剣の力か。そりゃ、魔王と渡り合えちゃうよね。

「聖女よ……」

 いつの間にか隣に立っていた魔王が、堪えきれないように牙のある白い歯を見せた。

「強大な魔力に物怖じせぬ心。そうか、そなたが勇者であったか」

「うん、まあ……一応、ね」

 私はジェフリーが勇者らしくいてくれるなら、彼が勇者で全然良かったんだけどね。

「我が配下を救ってくれて感謝する。勇者よ」

「私の友達でもあるから」

 照れ笑いする私に、魔王は手を差し出した。

「改めてこいねがう。勇者よ、余が人の王と対話する手伝いをしてくれぬか?」

「当たり前じゃない」

 私は躊躇わず、その手を取った。
 それから、茫然自失な王国軍と元勇者パーティを振り返り、聖剣トニトゥルースを掲げて高らかに、

「真の勇者アリスは、魔王と和平を結ぶことを宣言する! そして、ジャスティオ王国のき未来の為、国王陛下との面会を要求する!」

 わあっと歓声と悲鳴が同時に沸き起こる。
 うぅ、恥ずかしいよぉ。目立つのって苦手なんだけど、何かを成し遂げるには、時にはパフォーマンスも必要よね。

 ……私のこの行動が正しかったか間違っていたかは、未来の歴史学者が決めればいい。

 とりあえず今は……。
 見上げると、魔王が朱い目を細め、ぎゅっと手を握り返してくる。

 ――この人と一緒に、前へ進んでいこう。
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