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6、第二王子セドリック
楠の上で足をプラプラ振っていた少年は、地上の公爵令嬢を見下ろし微笑んだ。
「ここに居れば逢えると思ってたんだ。僕達、気が合うよね」
薄茶色のふわふわの巻毛の彼は、天使のように愛らしい顔立ちをしている。セドリック・クワント、王太子グレゴリーの四歳年下の弟だ。当然フルールとは生まれた時からの幼馴染だ。
「ちょっと待ってて、今そっちに行く……」
セドリックは前に重心を傾け、飛び降りる体勢を取ってから……うっ、と躊躇った。無理もない。彼の座る楠の枝高さは、フルールの身長の倍はある。
太い幹を伝って降りようにも、足掛かりがなく下手をしたら滑り落ちてしまいそうだ。
……逆にどう登ったのだろうと、フルールは疑問に思う。
にっちもさっちもいかなくなったセドリックは、辺りを見回して、
「マティアス、マティアス!」
名前を呼ぶと、近くの躑躅の生け垣がガサッと揺れ、背の高い男性がすっくと立ち上がった。
一体、いつからそこに身を潜めていたのだろう?
二十代半ばと思しき男性は、楠の下まで来ると両手を広げた。そこに今度は躊躇わずセドリックがダイブする。年相応に背の低い彼を軽々受け止め、衝撃のないよう手際よく地上に下ろす。
裾の長い詰襟の官服を着た青年は、マティアス。第二王子の秘書官だ。常にセドリックの傍に居て、彼をお守り……もとい、補佐している。
「フルールも災難だったね」
自分の失敗などなかったように余裕綽々で、セドリックは肩に掛かる巻き毛を背に払った。
「あのボンクラ兄のせいで醜聞の的にされちゃって」
やれやれと首を竦める彼に、フルールはにっこり笑う。
「お気遣いありがとうございます。でもわたくし、ちっとも困ってませんわ」
「さすがフルール。僕は君のそういう動じないところが好きだよ」
……兄的にはそこが可愛げがなかったんだけど、とセドリックは心の中で付け足す。
「でも、今回はボンクラ兄の行動力に感謝だね」
第二王子は一歩踏み出し、女の子と見紛うほどの可愛い顔を公爵令嬢に近づけた。
「ね、フルール。今度は僕と婚約しない?」
まるでお茶にでも誘うような軽さで、セドリックはプロポーズした。
「……え?」
キョトンとするフルールに、セドリックは悪戯っぽく笑う。
「今回の件で、グレゴリーは国王と王妃に大変な不興を買ったんだ。当然だよね、王妃としての英才教育を受けてきた婚約者を捨てて、得体の知れない余所の女に走ったのだから。しかも、罪のない君に恥を掻かせる形で」
天使の顔で、辛辣な言葉を吐く。
「兄は元々短慮で王の資質が危ぶまれていたんだ。今回の件が決定打になって、王位継承権を剥奪されるかもしれない」
「そんな……」
さすがのフルールも青くなる。
「わたくしは、そのようなことは望んでいません」
「そうだろうね」
セドリックはうんうんと頷いてから、愉快そうに目を細める。
「でも、僕は望んでるよ」
歌うように断言する。
「兄が失脚すれば、僕が王太子だ。フルール、君は母上に気に入られている。王妃の後ろ楯がある君が僕の婚約者になれば、僕の王位は磐石なものになる」
セドリックは右手を差し出した。
「フルール、この時を待っていたよ。僕が君を王妃にしてあげる」
フルールは少年の手を見つめ……。ぷはっと吹き出した。
「いやだわ、セドリック殿下。そんなお芝居、騙されませんわよ」
コロコロと笑う年上の令嬢に、王子は憤慨する。
「な、なんで笑うんだよ。芝居なんかじゃ……」
「セディ様」
笑い納めたフルールは、セドリックを幼い頃からの愛称で呼んだ。
「今お聞きした夢物語は、わたくしの胸に仕舞っておきます。夢なのですから、セディ様も目が覚めたらきっと忘れてしまいますわ。では、わたくしはこれで」
返事を待たず、優美にドレスの裾を摘まんでお辞儀をすると、フルールは花園を後にした。
──残されたセドリックと、黙って木のように気配を消していたマティアスはというと。
「……ちぇっ、はぐらかされたか」
拗ねた口調の第二王子に、秘書官はぼそりと、
「だから、王位云々なんて御託を並べず、素直に『ずっと前から好きでした』って言えば良かったんですよ」
「だって! フルールはずっと王妃になるために勉強してきたんだよ。それより低い地位しか与えられないんじゃ、可哀想じゃないか」
ブツブツと文句を言い募るセドリック。
……よもや、王太子の元婚約者を王妃にするために王位を狙うなんて……。
うちの王子はややこしいな、とマティアスは内心ため息をついた。
「ここに居れば逢えると思ってたんだ。僕達、気が合うよね」
薄茶色のふわふわの巻毛の彼は、天使のように愛らしい顔立ちをしている。セドリック・クワント、王太子グレゴリーの四歳年下の弟だ。当然フルールとは生まれた時からの幼馴染だ。
「ちょっと待ってて、今そっちに行く……」
セドリックは前に重心を傾け、飛び降りる体勢を取ってから……うっ、と躊躇った。無理もない。彼の座る楠の枝高さは、フルールの身長の倍はある。
太い幹を伝って降りようにも、足掛かりがなく下手をしたら滑り落ちてしまいそうだ。
……逆にどう登ったのだろうと、フルールは疑問に思う。
にっちもさっちもいかなくなったセドリックは、辺りを見回して、
「マティアス、マティアス!」
名前を呼ぶと、近くの躑躅の生け垣がガサッと揺れ、背の高い男性がすっくと立ち上がった。
一体、いつからそこに身を潜めていたのだろう?
二十代半ばと思しき男性は、楠の下まで来ると両手を広げた。そこに今度は躊躇わずセドリックがダイブする。年相応に背の低い彼を軽々受け止め、衝撃のないよう手際よく地上に下ろす。
裾の長い詰襟の官服を着た青年は、マティアス。第二王子の秘書官だ。常にセドリックの傍に居て、彼をお守り……もとい、補佐している。
「フルールも災難だったね」
自分の失敗などなかったように余裕綽々で、セドリックは肩に掛かる巻き毛を背に払った。
「あのボンクラ兄のせいで醜聞の的にされちゃって」
やれやれと首を竦める彼に、フルールはにっこり笑う。
「お気遣いありがとうございます。でもわたくし、ちっとも困ってませんわ」
「さすがフルール。僕は君のそういう動じないところが好きだよ」
……兄的にはそこが可愛げがなかったんだけど、とセドリックは心の中で付け足す。
「でも、今回はボンクラ兄の行動力に感謝だね」
第二王子は一歩踏み出し、女の子と見紛うほどの可愛い顔を公爵令嬢に近づけた。
「ね、フルール。今度は僕と婚約しない?」
まるでお茶にでも誘うような軽さで、セドリックはプロポーズした。
「……え?」
キョトンとするフルールに、セドリックは悪戯っぽく笑う。
「今回の件で、グレゴリーは国王と王妃に大変な不興を買ったんだ。当然だよね、王妃としての英才教育を受けてきた婚約者を捨てて、得体の知れない余所の女に走ったのだから。しかも、罪のない君に恥を掻かせる形で」
天使の顔で、辛辣な言葉を吐く。
「兄は元々短慮で王の資質が危ぶまれていたんだ。今回の件が決定打になって、王位継承権を剥奪されるかもしれない」
「そんな……」
さすがのフルールも青くなる。
「わたくしは、そのようなことは望んでいません」
「そうだろうね」
セドリックはうんうんと頷いてから、愉快そうに目を細める。
「でも、僕は望んでるよ」
歌うように断言する。
「兄が失脚すれば、僕が王太子だ。フルール、君は母上に気に入られている。王妃の後ろ楯がある君が僕の婚約者になれば、僕の王位は磐石なものになる」
セドリックは右手を差し出した。
「フルール、この時を待っていたよ。僕が君を王妃にしてあげる」
フルールは少年の手を見つめ……。ぷはっと吹き出した。
「いやだわ、セドリック殿下。そんなお芝居、騙されませんわよ」
コロコロと笑う年上の令嬢に、王子は憤慨する。
「な、なんで笑うんだよ。芝居なんかじゃ……」
「セディ様」
笑い納めたフルールは、セドリックを幼い頃からの愛称で呼んだ。
「今お聞きした夢物語は、わたくしの胸に仕舞っておきます。夢なのですから、セディ様も目が覚めたらきっと忘れてしまいますわ。では、わたくしはこれで」
返事を待たず、優美にドレスの裾を摘まんでお辞儀をすると、フルールは花園を後にした。
──残されたセドリックと、黙って木のように気配を消していたマティアスはというと。
「……ちぇっ、はぐらかされたか」
拗ねた口調の第二王子に、秘書官はぼそりと、
「だから、王位云々なんて御託を並べず、素直に『ずっと前から好きでした』って言えば良かったんですよ」
「だって! フルールはずっと王妃になるために勉強してきたんだよ。それより低い地位しか与えられないんじゃ、可哀想じゃないか」
ブツブツと文句を言い募るセドリック。
……よもや、王太子の元婚約者を王妃にするために王位を狙うなんて……。
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