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9、母娘の語らい
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「えい! えい!」
ブランジェ公爵夫人ミランダが、気合と共に大理石の調理台にべったんべったん生地を叩きつける。
今日のフルールは、朝から母とパン作りをしていた。
「ストレス解消には、やっぱりパン作りよね~」
ストレスなんてなさそうなのほほんとした口調で、母は娘に白い歯を見せる。
普段の食事は専属の料理人が作るので、ミランダの料理は完全に趣味だ。といっても、公爵家の女主人として毎日の献立には目を光らせているが。
地方の伯爵家出身のミランダは、成人するまでに一通りの家政を仕込まれて公爵家に嫁いできた。なのでパン作りもお手の物だ。
生地を捏ねるのは重労働だが、作る工程は無心になれるので楽しい。
「ねえ、フルール」
一次発酵を待つ間、紅茶を飲みながら母娘の語らい。
「貴女はこれからどうしたいの?」
「どうしたい……とは?」
聞き返す娘に、母はのんびりと、
「フルールは学園卒業後は王宮に入るはずだったでしょう? それが失くなっちゃって、他のお仕事も決めてなかったから、今の貴女は無職なのよね?」
「……うっ」
痛いことをズバッと言われた。
確かに今のフルールは『何者でもない』状態だ。
「事情が事情だから仕方がないけれど。わたくしは、今のままの貴女ではもったいないと思うのよ」
「もったいない?」
母は頷く。
「フルールは王妃になるためにたくさん勉強してきたでしょう? 身についた知識は、たとえゴールを失っても消えるものじゃないわ。今の貴女はなんでもできるし、なんにだってなれるの。フルールに足りないのは経験だけ。色々試して、やりたいことを見つけてみなさいな。わたくしもアルフォンスも新しい道を歩む貴女を全力で応援するわ!」
「お母様……」
母の思いに胸が熱くなる。
「でもわたくし、まだ自分がなにをしたいのか解らないの」
だって、生まれてから今まで、王妃になる以外の将来を提示されなかったから。
「それは、わたくし達大人の責任ね」
政略結婚の犠牲者は、いつだって結婚する者同士だ。
「貴女がまだグレゴリー殿下に未練があるというのなら、王家に掛け合うけれど……」
「あ、それはないです」
即答だった。
「もう少し時間をください、お母様」
フルールは微笑む。
「お母様の仰ったように、今までできなかったことに色々挑戦してみます。それから、自分の行く道を考えます。決してブランジェ公爵家の名に泥を塗るような選択はいたしませんので、信じていただけますか?」
「ええ、もちろんよ」
ミランダは涙ぐむ。
「貴女はわたくしの自慢の娘。わたくしはいつだってフルールの味方よ」
「お母様……」
手を取り合い、微笑み合う。
それから二人は発酵したパンを成型し、二次発酵後に石窯に入れる。
香ばしい匂いが湧き立つ。ミランダのレシピのパンは、ナッツとバターがたっぷりで、風味豊かでとても美味しいのだ。
「あらあら、たくさんできてしまったわねぇ」
天板三枚分にぎっしり並んだ丸パンに、ミランダは困ったわねと首を傾げる。作っている最中に出来上がりの量の予測は立ちそうなものだが……。このおおらかさがブランジェ夫人の特性だ。
「そうだわ!」
母はいいことを思いついたと手を叩く。
「フルール、ヴィンセントにパンを届けに王宮の騎士団本部まで行ってきてくれる?」
「えぇ!?」
びっくり眼の娘に、母はにこにこと、
「騎士の皆様に差し入れよ。ヴィンスも食べ盛りだし、騎士は体力を使うお仕事だし、きっと喜んでくれるわ!」
……兄はもう食べ盛りって年でもないのですが……。
そんなツッコミは入れられず、フルールは騎士団へお遣いに出ることになった。
ブランジェ公爵夫人ミランダが、気合と共に大理石の調理台にべったんべったん生地を叩きつける。
今日のフルールは、朝から母とパン作りをしていた。
「ストレス解消には、やっぱりパン作りよね~」
ストレスなんてなさそうなのほほんとした口調で、母は娘に白い歯を見せる。
普段の食事は専属の料理人が作るので、ミランダの料理は完全に趣味だ。といっても、公爵家の女主人として毎日の献立には目を光らせているが。
地方の伯爵家出身のミランダは、成人するまでに一通りの家政を仕込まれて公爵家に嫁いできた。なのでパン作りもお手の物だ。
生地を捏ねるのは重労働だが、作る工程は無心になれるので楽しい。
「ねえ、フルール」
一次発酵を待つ間、紅茶を飲みながら母娘の語らい。
「貴女はこれからどうしたいの?」
「どうしたい……とは?」
聞き返す娘に、母はのんびりと、
「フルールは学園卒業後は王宮に入るはずだったでしょう? それが失くなっちゃって、他のお仕事も決めてなかったから、今の貴女は無職なのよね?」
「……うっ」
痛いことをズバッと言われた。
確かに今のフルールは『何者でもない』状態だ。
「事情が事情だから仕方がないけれど。わたくしは、今のままの貴女ではもったいないと思うのよ」
「もったいない?」
母は頷く。
「フルールは王妃になるためにたくさん勉強してきたでしょう? 身についた知識は、たとえゴールを失っても消えるものじゃないわ。今の貴女はなんでもできるし、なんにだってなれるの。フルールに足りないのは経験だけ。色々試して、やりたいことを見つけてみなさいな。わたくしもアルフォンスも新しい道を歩む貴女を全力で応援するわ!」
「お母様……」
母の思いに胸が熱くなる。
「でもわたくし、まだ自分がなにをしたいのか解らないの」
だって、生まれてから今まで、王妃になる以外の将来を提示されなかったから。
「それは、わたくし達大人の責任ね」
政略結婚の犠牲者は、いつだって結婚する者同士だ。
「貴女がまだグレゴリー殿下に未練があるというのなら、王家に掛け合うけれど……」
「あ、それはないです」
即答だった。
「もう少し時間をください、お母様」
フルールは微笑む。
「お母様の仰ったように、今までできなかったことに色々挑戦してみます。それから、自分の行く道を考えます。決してブランジェ公爵家の名に泥を塗るような選択はいたしませんので、信じていただけますか?」
「ええ、もちろんよ」
ミランダは涙ぐむ。
「貴女はわたくしの自慢の娘。わたくしはいつだってフルールの味方よ」
「お母様……」
手を取り合い、微笑み合う。
それから二人は発酵したパンを成型し、二次発酵後に石窯に入れる。
香ばしい匂いが湧き立つ。ミランダのレシピのパンは、ナッツとバターがたっぷりで、風味豊かでとても美味しいのだ。
「あらあら、たくさんできてしまったわねぇ」
天板三枚分にぎっしり並んだ丸パンに、ミランダは困ったわねと首を傾げる。作っている最中に出来上がりの量の予測は立ちそうなものだが……。このおおらかさがブランジェ夫人の特性だ。
「そうだわ!」
母はいいことを思いついたと手を叩く。
「フルール、ヴィンセントにパンを届けに王宮の騎士団本部まで行ってきてくれる?」
「えぇ!?」
びっくり眼の娘に、母はにこにこと、
「騎士の皆様に差し入れよ。ヴィンスも食べ盛りだし、騎士は体力を使うお仕事だし、きっと喜んでくれるわ!」
……兄はもう食べ盛りって年でもないのですが……。
そんなツッコミは入れられず、フルールは騎士団へお遣いに出ることになった。
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