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第四章 終章~贖罪~ 章介
12.最終話
――小説家・津島章介氏の新作『屑の男』は、氏が長らく迷走していた私小説の袋小路を、ようやく打ち破ったと言えよう。
赤裸々に告白された主人公の心理描写には、誰しもが目を背けたくなる人間の卑俗さ、欺瞞、そして逃れようのない愛への渇望が、痛々しいまでに抉り出されている。
その筆致には、自己憐憫の衣を脱ぎ捨て、人間というものの根底にある弱さと誠実に向き合おうとする、著者の覚悟が垣間見えた。
今日文壇を賑わす社会派ミステリや肉体的告白とは一線を画すものの、その深遠な愛の表現は、読者の心を強く揺さぶるものがあった。
この新作は、氏が作家として一皮剥け、新たな境地に踏み出した証拠であり、今後の活動に大いに期待を寄せたい。
俺は読み終わった雑誌を、そっとテーブルの上に置いた。
「良かったな。さぁ行こうか」
顔を上げると、義成が笑顔で俺を見ていて、ぽんぽんと俺の頭に手を乗せた。
まるで子供にするかのようなその反応に俺は少し拗ねたような表情を作ったが、嬉しさは隠しきれない。
応援してくれる人がいるのだから、もはや批評は気にしてないとはいえ、好意的な評価は素直に嬉しいものだ。
「義成やみんなのおかげだよ……」
俺はぽそりと言った。
「しょーすけー、早くしろー」
玄関から大成の声がする。
富栄が独立して自分の店をオープンさせたので、今日はそのお祝いだ。
とは言っても、大成だけでなく、小館と初世の赤ちゃんもくるそうなので、昼間に内輪だけで行われる気楽なものだ。
富栄の店はスナックなので、ちゃんとした料理が出てくるわけではなく、今日は義成が特別に作った料理が大皿に盛り付けられ、テーブルに並んでいる。
唐揚げやエビフライ、タコさんウインナーにポテトサラダ。それらの料理の中には卵焼きもあった。
俺の好物だな、と思って見ていると義成が俺の隣に座って言った。
「今日はお前専用の味付けにした」
「俺専用の味付け?」
「はは、なんだお前気づいていなかったのか? いつもお前に出しているのだけ、学生時代に作っていた味付けなんだよ」
そう言って義成は、酔った俺がこの卵焼きをねだった時のことを話してくれた。
記憶にない、初めて聞いた話に俺は驚いて、思わずその卵焼きをつまみ食いした。
ずっと昔から変わらぬ味に、思わず笑顔がこぼれる。
「うん、いつも通りうまい」
義成も笑った。
「ちょっとぉ~、なにつまみ食いしてるのよ。まだ乾杯してないでしょ~?」
そう言って俺を挟む様に、富栄が隣に座った。
「これからは、ぜひご贔屓にしてね、センセ♡」
富栄がしなを作りながら、瓶ビールを俺のグラスに注いでくれた。
「あ、ああ……」
俺は戸惑いながらもグラスを傾けた。
「それにしても、先生のお顔、傷も残らず綺麗に治って良かったわぁ。うふふ。赤チンの効果はあったわね」
そう言って胸を押し付けるように身体を密着させ、俺の前髪を上げると、額を撫でた。
「あ、あの……富栄……さん?」
ちょっと距離が近過ぎじゃないだろうか?
義成も大成も……いや、なんなら初世も小館もいるのに。
俺がヒモだった時だって、こんな態度などとったことはなかったのに今日はなんなのだろう。
「うふふ、大将に捨てられたら、また私が養ってあげるから、安心してね」
「それはない」
富栄の言葉にかぶせるように、義成が言い、俺の身体をぐいと引っ張った。
義成に肩を掴まれ、俺はぽすんとそのまま厚い胸板に寄りかかる形になった。
義成の体温と香りを強く感じ、俺はその愛おしい香りを無意識に肺いっぱいに吸い込んだ。
そして思わずへらっと笑顔になる。
その姿を皆が呆れながら見ていることに気づいて、俺は赤面した。
「あはは、大将。いやぁねぇ。ちょっとからかっただけじゃない。余裕がない男はかっこ悪いわよ?」
富栄が笑った。
小館は苦笑いをし、初世もふんっとそっぽを向いた。
大成はちらりとこちらを見たが、すぐに初世が抱いている赤ん坊に興味を戻した。
きっといつものことだと思っているのだろう。
「さて、乾杯しましょうか。章介さんの小説の大ヒット記念と、初世さんの出産祝い、それに私の独立祝いよ!」
富栄がビールのグラスを高く上げた。
皆もそれに合わせてそれぞれのグラスを上げる。
「これからのみんなの輝かしい前途を祝してぇ~! かんぱーい!」
皆の声が揃う。
全員とグラスを合わせ、そして一気に飲み干した。
義成が俺の肩を抱いた。
俺はそちらを向いて微笑む。
「義成、こんな俺を待っていてくれてありがとう。愛してる……」
俺は義成だけに聞こえるように耳元で囁いた。
「ちょっとぉ! そこ見せつけてんじゃないわよー! 私だけパートナーいないってのに!」
新しくてピカピカの店内に、富栄の声が響き渡り、みんなで笑った。
茶化してくる富栄の明るい声、小舘の穏やかな苦笑、初世の呆れ顔。そして、俺を包み込む義成の温かさ。
大成も赤ん坊もみんな笑っている。
この喧噪に満ちた空間が、ずっと俺が求めていた『居場所』なのだと、幸せを噛み締めた。
こうして俺の『屑の男』としての人生は、今、幕を閉じた。
――みんなみんな、ありがとう。
俺は隣に座る義成の手をそっと握った。
(おわり)
赤裸々に告白された主人公の心理描写には、誰しもが目を背けたくなる人間の卑俗さ、欺瞞、そして逃れようのない愛への渇望が、痛々しいまでに抉り出されている。
その筆致には、自己憐憫の衣を脱ぎ捨て、人間というものの根底にある弱さと誠実に向き合おうとする、著者の覚悟が垣間見えた。
今日文壇を賑わす社会派ミステリや肉体的告白とは一線を画すものの、その深遠な愛の表現は、読者の心を強く揺さぶるものがあった。
この新作は、氏が作家として一皮剥け、新たな境地に踏み出した証拠であり、今後の活動に大いに期待を寄せたい。
俺は読み終わった雑誌を、そっとテーブルの上に置いた。
「良かったな。さぁ行こうか」
顔を上げると、義成が笑顔で俺を見ていて、ぽんぽんと俺の頭に手を乗せた。
まるで子供にするかのようなその反応に俺は少し拗ねたような表情を作ったが、嬉しさは隠しきれない。
応援してくれる人がいるのだから、もはや批評は気にしてないとはいえ、好意的な評価は素直に嬉しいものだ。
「義成やみんなのおかげだよ……」
俺はぽそりと言った。
「しょーすけー、早くしろー」
玄関から大成の声がする。
富栄が独立して自分の店をオープンさせたので、今日はそのお祝いだ。
とは言っても、大成だけでなく、小館と初世の赤ちゃんもくるそうなので、昼間に内輪だけで行われる気楽なものだ。
富栄の店はスナックなので、ちゃんとした料理が出てくるわけではなく、今日は義成が特別に作った料理が大皿に盛り付けられ、テーブルに並んでいる。
唐揚げやエビフライ、タコさんウインナーにポテトサラダ。それらの料理の中には卵焼きもあった。
俺の好物だな、と思って見ていると義成が俺の隣に座って言った。
「今日はお前専用の味付けにした」
「俺専用の味付け?」
「はは、なんだお前気づいていなかったのか? いつもお前に出しているのだけ、学生時代に作っていた味付けなんだよ」
そう言って義成は、酔った俺がこの卵焼きをねだった時のことを話してくれた。
記憶にない、初めて聞いた話に俺は驚いて、思わずその卵焼きをつまみ食いした。
ずっと昔から変わらぬ味に、思わず笑顔がこぼれる。
「うん、いつも通りうまい」
義成も笑った。
「ちょっとぉ~、なにつまみ食いしてるのよ。まだ乾杯してないでしょ~?」
そう言って俺を挟む様に、富栄が隣に座った。
「これからは、ぜひご贔屓にしてね、センセ♡」
富栄がしなを作りながら、瓶ビールを俺のグラスに注いでくれた。
「あ、ああ……」
俺は戸惑いながらもグラスを傾けた。
「それにしても、先生のお顔、傷も残らず綺麗に治って良かったわぁ。うふふ。赤チンの効果はあったわね」
そう言って胸を押し付けるように身体を密着させ、俺の前髪を上げると、額を撫でた。
「あ、あの……富栄……さん?」
ちょっと距離が近過ぎじゃないだろうか?
義成も大成も……いや、なんなら初世も小館もいるのに。
俺がヒモだった時だって、こんな態度などとったことはなかったのに今日はなんなのだろう。
「うふふ、大将に捨てられたら、また私が養ってあげるから、安心してね」
「それはない」
富栄の言葉にかぶせるように、義成が言い、俺の身体をぐいと引っ張った。
義成に肩を掴まれ、俺はぽすんとそのまま厚い胸板に寄りかかる形になった。
義成の体温と香りを強く感じ、俺はその愛おしい香りを無意識に肺いっぱいに吸い込んだ。
そして思わずへらっと笑顔になる。
その姿を皆が呆れながら見ていることに気づいて、俺は赤面した。
「あはは、大将。いやぁねぇ。ちょっとからかっただけじゃない。余裕がない男はかっこ悪いわよ?」
富栄が笑った。
小館は苦笑いをし、初世もふんっとそっぽを向いた。
大成はちらりとこちらを見たが、すぐに初世が抱いている赤ん坊に興味を戻した。
きっといつものことだと思っているのだろう。
「さて、乾杯しましょうか。章介さんの小説の大ヒット記念と、初世さんの出産祝い、それに私の独立祝いよ!」
富栄がビールのグラスを高く上げた。
皆もそれに合わせてそれぞれのグラスを上げる。
「これからのみんなの輝かしい前途を祝してぇ~! かんぱーい!」
皆の声が揃う。
全員とグラスを合わせ、そして一気に飲み干した。
義成が俺の肩を抱いた。
俺はそちらを向いて微笑む。
「義成、こんな俺を待っていてくれてありがとう。愛してる……」
俺は義成だけに聞こえるように耳元で囁いた。
「ちょっとぉ! そこ見せつけてんじゃないわよー! 私だけパートナーいないってのに!」
新しくてピカピカの店内に、富栄の声が響き渡り、みんなで笑った。
茶化してくる富栄の明るい声、小舘の穏やかな苦笑、初世の呆れ顔。そして、俺を包み込む義成の温かさ。
大成も赤ん坊もみんな笑っている。
この喧噪に満ちた空間が、ずっと俺が求めていた『居場所』なのだと、幸せを噛み締めた。
こうして俺の『屑の男』としての人生は、今、幕を閉じた。
――みんなみんな、ありがとう。
俺は隣に座る義成の手をそっと握った。
(おわり)
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あまりの屑っぷりにドキドキしながら書きましたが、章介を見捨てず応援してくれる方がいて本当にうれしいです。ありがとうございます!
読了しました!
期間を空けて読み進めた章介が、もう可愛すぎました。
弱さを認めるところも、すぐに泣いちゃうところも、義成に甘える姿も、全て可愛すぎて!!
これは義成心配だし、離れられないよねってなりました。
そうしてますます義成は章介にずぶずぶとはまるんでしょう✨
章介も無意識にその義成の思いに甘え続けるに違いないです😆
そんな章介もちゃんと成長していました!
義成と離れたとき。
今までだったら、フラフラとどこかへ逃げて行動を起こせなかったと思うんです。
ちゃんと両親とも対峙して、自分の思いを通した。
凄いことだと思います。
こんな章介なら、これから何があっても義成と一緒にいられると思えました。
こちらのお話を読むと、人間失格を思い出されます。章介も同じようなラストを迎えてもおかしくない。
そういう危うさが常にありました。
けれど、すんでの所でとどまれていたのは、やっぱり義成の存在が大きかったのかなと思いました。
ハピエンになれてほんとに良かった。
そして、初世さんも章介の魅力にはまり、人生をこじらせそうになりましたが、ちゃんと自分の幸せを見つけられて本当に良かったです😍
素敵なお話をありがとうございます💕
未希さーーーん!!!!最後までお読みいただきましてありがとうございます!!!!
嬉しくて、ついぽちって感想承認したら、ネタバレにチェックするの忘れてた!!!!
……ま、いっかw
いやー、『人間失格』!!!!
まさにおっしゃる通りで、章介の人物イメージはそこら辺の作品や作者にありました。
そちらの方はバドエンですが、こちらはハピエンであり『救済』
我が身を憐れむだけでなく、人を愛して、自分も救われたい、変わりたいと願ったからこその成長。
ダメなんだけどなぜか見捨てられない。なぜか嫌いになれない。そんな人物を上手に描けていたら嬉しいです。
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自分や小舘に似た我が子を見て、怒りや恨みを持ち続けるよりもっと幸せになる生き方があると気づいたのでは、と。
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