蜘蛛の巣

猫丸

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7.

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 その日は朝から少しだるかった。
 一緒に住むようになってからできる限り一緒に朝食を取るようにしていたが、頭がふわふわとして全身が暑い。

「世木くん、大丈夫?」

 井雲が起こしに来たが、起き上がれない。

「開けても大丈夫?」
「…はい…」

 室内は伊吹の香りが強く沸き立っていた。
 井雲は鼻を押さえた。

「あぁ、部屋から香りが漏れてきていたからそうかな、と思ったけど、これは…ヒートだな…」
「え…まだ来る時期じゃ……あっ」

 ずくん。

 井雲の顔を見た瞬間に、下半身が刺激され、伊吹にも確かにヒートが来たことがわかった。
 身体は熱いのに冷や汗が出た。

――――やばい。

 先日もらってきた抑制剤を慌てて口に放り込み、意識したことによって急激に上昇する体温と焼ききれそうな理性をなんとか保つ。
 それでも、蕩けきった瞳で、誘うように井雲を見つめてしまうのは、本能の為せる技だ。

「………っ!?俺といるから、影響されたかもしれないな…俺が出たら、部屋に鍵をかけなさい。ヒートが終わったら連絡して…」

 鼻と口を押さえ、それだけ言って慌てて井雲は出ていった。
 伊吹はベッドから這い出し、言われたとおり部屋の鍵をかけ、そのまま床に股間を押さえてうずくまった。
 井雲の香りに刺激されたペニスは痛いほどに屹立している。

「くそっ」

 こんな姿を井雲に見せたくなかった。
 舌打ちしながら、パジャマのズボンを太ももの真ん中くらいまでおろし、そのいきり立った棒を自らの手で扱く。
 まだドアの向こうに井雲がいるかも、と一瞬よぎったが、欲望を抑えることは出来なかった。
 先走りで濡れている陰茎をぬちゃぬちゃと音を立てて扱くと、伊吹はあっけなく達した。

 ヒートが始まると、理性より本能が勝ってしまう。
 抑えきれないオメガの血が恨めしい。
 終わった後にいつもひどい自己嫌悪に陥るというのに。

「いくも…さ…ん」

 身につけるものをすべて脱ぎ捨て、何度も精を吐き出した。
 いつの間にか井雲の名前を呼びながら、後孔にも指を入れ、前と後ろを刺激していた。
 誰か特定の人物を思ってするのは初めてだった。

「井雲さん…の…ほしい…」

 井雲に貫かれる想像をしながら、指を出し入れする。
 浅いところまでしか届かなくてもどかしかった。
 胎内をいっぱいに埋めて満たしてほしい。
 足りないものなどないように。
 井雲ものを入れてもらえたら、この虚無感が満たされるような気がした。

 何度も達した後、やっと少し正気に戻った。
 お腹が空いた。そういえば朝から何も食べていなかった。

 廊下の気配を伺うと井雲はでかけたようで室内は静まり返り、家電製品のモーター音だけが聞こえていた。
 冷蔵庫の中には、ラップをかけられた朝食の他に、いつの間準備したのか、ゼリー状の栄養ドリンクや、簡単につまめるようなサンドイッチやカットフルーツなどが入れられていた。

 伊吹のヒートの香りにあてられて、井雲だって普通の状態じゃなかったはずだ。
 なのに、伊吹に気づかれることなく、こんな気遣いができるなんて…。

 井雲の優しさに涙が出た。
 最近は泣いてばかりだ。
 自分はなんて弱くなったんだろう。

 ずっと抑えてきた感情。諦めてた感情が井雲に出会って溢れ出している。自分はこんなにも、人に…愛に飢えていた。

 でも、この人なら…井雲なら信じて良い気がする。
 この気持ちが一時の気の迷いだとしても。

 リビングにかかった鏡に映る自らの姿が、母を思い出させた。
 そっと自らのうなじに手を添えた。

――――母さん、あなたもそう思って父親にうなじを許したの?
 
 亡くなって初めて問いかける。
 だが、答えてくれる者は誰もいない。
 ただ、鏡に映る自分に問いかける。
 気持ちは決まった。
 
 自覚してみると、室内は井雲の香りで満ちていて、何度も「世木くんの香りが好き」と井雲が言っていた意味が初めてわかった。

「僕も…井雲さんの香りが好きだ…」

 汗と自らの精液で汚れた身体を洗おうと、バスルームに行くと、洗濯かごの中には、いつものように朝からジムに行き、汗を流した後の井雲のスウェットとタオルが放り込まれていた。
 いつも洗濯してから出かけるのに、伊吹がこんな状況になってしまったから、慌てたのだろう。
 その服には強く井雲の香り染み込んでいて、幸せな気持ちになる。
 汗ですら愛おしい。
 その服を抱きながら伊吹は再び猛りを感じた。
 その後も何度も何度もその服に包まれ精を吐き出す。



 タイミングがずれたせいか、愛しい者の香りに包まれて精を吐き出したせいか、比較的軽くヒートが終わった。
 そして、数日ぶりに会った井雲を見て、改めて愛おしさで胸が高鳴るのだった。


 ◆


「すみません、ご迷惑をおかけしてしまって…」
「いいさ、体調は大丈夫?冷蔵庫の食べ物が減っていなかったみたいだけど」

 素敵な笑顔で心配されると、恋心を自覚した直後なだけに、照れて顔を伏せてしまった。
 しかも、井雲の香りのついた服で散々自慰をしてしまったし。
 もちろん、洗って証拠隠滅をしたけれども。

「世木くん?大丈夫?まだ少し調子悪い?」

 井雲は伊吹のおでこに手をあてて、首を傾げた。

「ちがっ!!だ、大丈夫ですっ!!」

 再び真っ赤になった伊吹を見て、井雲は少し驚いた表情をしたが、にやりと笑った。

「もしかして、やっと俺のとこ意識してくれた?」

 ふざけるように伊吹に抱きつく。

「ち、ちがっ!!…いや…ちが…わないけど………」

 耳まで真っ赤になってうつむくと、井雲はきょとんとした顔をした。

「…え、ほんとに?」

「そりゃ、井雲さんみたいな素敵な人に、こんなに優しくしてもらったら惚れるに決まってるじゃないですか!!その…僕、恋愛とか…全然よくわからないけど…でも、噛まれるなら井雲さんがいいって思っ…て…」

 最後はゴニョゴニョ小声になってしまった。
 井雲は伊吹を抱きしめていた手を離すと、口元を手で覆った。
 珍しく耳まで赤くなっている。

「………いや、世木くん、ホントいつも予想外」
「うわっ、や、やめっ…」

 井雲は伊吹を再び抱きしめ、蕩けそうな笑顔で頬ずりをした。

 *

「改めて、俺とつがいになることを前提にお付き合いしてください」
「こ、こちらこそ…よろしくお願いします」

 二人は向かい合って、まるでお見合いのように挨拶をし、そして吹き出した。

「ふふ、改まってだとなんか変な感じだね」
「で、すね…」
「もう恋人なんだから、敬語禁止。あと知朱ともあきって名前で呼んで?」
「う…そんなイキナリは…」

「だーめ。こんな魅力的な世木くんが俺の恋人だなんて嬉しくて。俺の名前を呼ぶのは親しい人だけだから。だから言ってほしいな」
「井雲さんだって…」
「あ、そうか!?じゃあ………伊吹、俺の名前、呼んで?」

 いたずらっ子の目でにやりと笑って、真っ赤になっている伊吹に顔を近づけバリトンボイスでささやく。
 美形の至近距離でのささやきは、いままでよく耐えてたな、と自分を褒めたくなるくらい破壊力抜群だった。

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