鷹鷲高校執事科

三石成

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七月の章

学期末 -1-

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 月は雲に隠れ、窓の外は暗闇に沈んでいる。

 白石は重厚なカーテンを閉めると、隣のバスルームから聞こえてくるシャワーの音を聞きながら、翌日持ち出すための荷造りを進めた。

 その荷物は自分用ではなく、今日担当している尚敬のものだ。真壁尚敬は生徒総会で司会をしていたマスターであり、その後の生徒会執行部での話し合いにより、生徒会長を務めている。

 白石自身は生徒会執行部に所属していないが、東條から尚敬がどういう人物かは聞いていた。そして今日一日担当としてそばにつき、彼にまつわる評判が嘘や誇張ではなかったことを理解した。

 尚敬は聡明だ。感情の起伏が少なく、要領がよく、貴族だが偉ぶったところもなく、威厳はあるが物腰は柔らかで、さまざまなことに気がつく。全バトラーが主人にしたいと思える人格者だ。

 一通りの荷造りを済ませ、部屋を整えると、ちょうど良いタイミングで尚敬がバスルームから出てきた。

「尚敬様、身の回りのものをまとめておきました。明日はこちらをお持ちになってください」

「ありがとう。明日は九時に迎えに来るようドライバーに手配しておいてくれ」

「承知いたしました。どうぞこちらへ」

 白石が椅子を引いて呼ぶと、尚敬は促されるままそこへ座った。

 手にしたドライヤーのスイッチを入れ、白石は尚敬の濡れた髪を丁寧に乾かしていく。尚敬の髪はシンプルなショートカットだ。けれども硬く真っ直ぐな髪質で量が多く、乾かすのに時間がかかる。

 熱風を当てているところに手を添えながら、ドライヤーを小刻みに動かし温度を調整していく。ふと、髪をされるままに任せていた尚敬が口を開いた。

「東條からよく君の噂は聞いていたが、本当に良い仕事ぶりだと感心した。今日一日は快適に過ごせた、ありがとう」

「もったいないお言葉です。私の方こそ、尚敬様の素晴らしいお人柄をしみじみと感じる一日でした」

 白石が言葉を返せば、尚敬は軽く笑う。と、少し間を空けてから、今度は少々声を低めた。

「ところで、君は山下とも親しいのか?」

「山下ですか。もちろん顔と名前は一致しておりますが、クラスも寮の部屋も違うので、私とはあまり接点がないですね。東條繋がりで話をすることがある程度です」

「そうか……」

 尚敬の様子には、何か含むところがあるような雰囲気が感じられた。

「山下がどうかなさったのですか?」

 問いかけると、尚敬は逡巡した様子を見せてから話し始めた。

「最近元気がないとは思っていたのだが、昨日生徒会室に行ったら山下が一人で泣いていたのだ。本人に聞いても理由は話さない。田中と東條は気にしなくていいという。俺が立ち入る問題でもないのかもしれないが。生徒会執行部外からの視線で知っていることがあれば教えて欲しくてな」

 尚敬の言葉に、白石は軽く目を細めた。バトラーはおおかれ少なかれ誰しもそうだが、東條は他の誰よりも、マスターとバトラーの間に一線を引いている。仮に山下が何か問題を抱えていたとしても。それをマスターの尚敬に漏らすようなことはしないだろうと思われたのだ。

 田中も生徒会執行部に所属するもう一人のバトラーだが、白石が東條から聞いているところによると、東條を上回る、かなりの堅物だということだった。

「尚敬様は本当にお優しいのですね」

 白石から思わず漏れたのは、そんな感想だ。執事は常に主人のコンディションを気にして生活するものだが、執事の調子を気にする主人はそういない。それはマスターとバトラーにおいても同じことだ。

「同じ生徒会執行部だからな。何か悩んでいるなら、手助けしてやりたいと思うのが普通だと俺は思う」

 そうきっぱりと言い切る様子にまた好ましさを感じ、白石は微笑む。そして、少し考えてから思いつくものを口にした。

「マスターからの選定結果は今日この後発表されるのです。花摘会にはおよびませんが、選定もまた、バトラーの不安の種となっているものですから、それが影響している可能性はあるかと」

 今日は一学期の最終日。すなわち明日から夏休みに入るが、鷹鷲高校の三年生に学期末テストは存在しない。代わりにあるのが、マスターからバトラーへの選定だ。

 今までは毎日日替わりで担当を変えていたが、休み明けからはマスターが気に入ったバトラーのみがその者の担当をしていくことになる。

 その、マスターがどのバトラーを気に入ったかの意向を伝えられるのが、本日発表される選定である。ここで何人選定するかの上限下限は決まっていないが、五名程度を選ぶのが一般的だ。

 自分が選定したバトラーのみが日替わりで担当になるということは、その分バトラーひとり一人と接する時間が長くなる。そうして吟味を重ね、花摘会ではその選定した者の中からさらに一人を選ぶのだ。

 すなわち、ここで誰からも選定されなかった者は、花摘会で指名を貰えない可能性が高まる。

 選ばれないことが確定はしない理由は、実際には一人も選定しないマスターがいるからだ。誰も選定しなかったマスターには今まで通り、同じく選定されなかった者や、その時手の空いている者が順番に担当を回していく。

 そんな理由で、選定の結果がどうなっているのかということは、バトラーにとっては今最大の関心事であり、ストレスの元になるものだった。

「なるほど。では今日の発表があったら、山下も多少は気が軽くなるかもしれないのか」

 尚敬は納得したように頷いたが、白石ははっきりとは肯定できずドライヤーのスイッチを切った。一応考えられる理由を答えてみたはいいものの、いくら選定が心配だからといって、一人泣くほどのものとは思えなかったからだ。

「機会を見て、私からもそれとなく山下に聞いてみますね。何か判明しましたら、必ず尚敬様にご報告いたします」

「それはありがたいな。白石に聞いてみてよかったよ。そうだ、これ」

 ドライヤーを片付けながらの白石の言葉に尚敬はうれしそうに目を細めると、デスクの引き出しから封筒を取り出した。

 さらに封筒の中に入っていた紙を引き出すと、何かを書き加えてから戻し、蝋で封をして白石へと差し出す。

「俺の選定だ、よろしく。今日はもう下がって構わない、一日ご苦労様」

「かしこまりました。おやすみなさいませ、尚敬様」

 白石は尚敬から預かった封筒を丁重に内ポケットへとしまい、頭を下げて部屋を退出した。
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