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八月の章
海 -1-
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冷蔵庫から出してきた瓶に入っているのは、ここに来た当日に浸けておいたレモンの蜂蜜漬けだ。
それから四日経った今、瓶の中のレモンには蜂蜜が染み込み、溢れ出した果汁はシロップになっている。
東條はグラスに氷を入れると、レモンのシロップと炭酸水を注ぎ込む。氷に触れた炭酸水がぱちぱちと心地よい音を立て、弾けるたびにレモンの爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。
ガラスのマドラーで軽くかき混ぜると、なんとも涼しげな音が響いた。
グラスにレモンの輪切りを乗せ、そこにターコイズブルーのストローをさすと、見た目にも美味しいレモネードのできあがりだ。
東條は四つのグラスをトレーに載せ、キッチンからリビングを通り、大きく開かれたままになっている掃き出し窓から庭へと出た。インフィニティプールが印象的な庭の横を抜けると、プライベートビーチに降りるための階段に繋がっている。
わざわざタイから砂を運ばせて作ったという砂浜は、眩いほどに白く太陽の光を反射する。
その美しい浜辺にパラソルをたて、ラタンのビーチチェアに座っているのは海パンを着た明彦だ。明彦自身の肉体美も相まって、リゾート地の広告写真のような光景である。
「レモネードを作ってまいりました」
東條はビーチチェアの横に置かれたサイドテーブルに、四つのグラスを並べていく。四つということは、もちろん東條の分もある。
東條の感覚で言えば自分の分は用意しなくても良いのだが、明彦、宗一郎と話し合った結果、東條はここにいる間、食事も皆と一緒にとることになっていた。話し合いがそこに落ち着いた理由には、初日に東條が体調を崩したことも当然影響した。
「ありがとう、すごく美味しそう。ちょうど喉が乾いてたところなんだ」
明彦は言葉通りうれしそうに表情を緩め、早速グラスを一つ手に取った。
東條は「それは何よりです」と応えた後、波打ち際まで向かった。口の横に手のひらを添え、沖の方まで遊びに出ている宗一郎と水島の二人の姿に向かって、声を投げかける。
「宗一郎様、水島、レモネードを作ってまいりました。そろそろ休憩にいたしましょう」
声は届いたらしく、二人とも東條の方に向かって手を振った。水島は大きな浮き輪の上に足をあげて乗っていて、実に優雅だ。宗一郎はその浮き輪に掴まって泳いでいる。とても二人の間に上下関係があるようには見えない。
その姿を、目を細め眺めてから、東條はまた明彦のそばへと戻る。
「東條もここに座りなよ」
明彦が軽く足を横にずらし、寝そべるように座っているビーチチェアの上にスペースを作る。東條も勧められるまま、素直にその示された場所に座った。
東條も、今は海パンの上にパーカーを羽織った姿だ。飲み物を作りに戻るまでは、四人で一緒に海で遊んでいたのだ。東條にとっては海で遊ぶなどということも初体験で、何をしても新鮮に感じられた。
「宗一郎様も水島も体力ありますね。もう二時間は海に入っているのではありませんか」
「水島は宗一郎に付き合ってあげているだけで、体力あり余っているのは宗一郎だけだと思うな。あいつ学校でも隙あれば体を鍛えてるの知ってる?」
早々に海から上がっていた明彦は笑う。
「確かに、水島はずっと浮き輪で浮いているだけでしたか」
レモネードに口をつけ、のんびりと会話をしながら海の風を感じる。眩い太陽が輝く海は美しく、波の音は穏やかで、頭上からは時折海鳥の鳴き声が聞こえた。
そうこうしていると、さきほどまで水島が使っていた浮き輪を持った宗一郎が近づいてきた。
「おお、美味そうだ」
濡れた前髪をかきあげ、宗一郎もまたうれしそうにグラスを手に取る。
と、明彦が目を瞬いた。
「あれ、水島は?」
「水島ならそこに……」
問いかけられた宗一郎が海の方を振り向き、言葉を途切れさせる。そこには静かで美しい海が広がっているだけで、人影は見えない。
一瞬の沈黙。
次の瞬間、明彦はグラスを置くと弾かれたように立ち上がり、浜辺を走って海の中へと入っていった。大きく水飛沫を上げて沖の方まで泳ぎ、水の中へと潜ると姿が見えなくなる。
そんな明彦の姿を見つめ、いつも悠然としている宗一郎の顔が青ざめていた。
「宗一郎様?」
突然の事態に立ち上がった東條が声をかけると、宗一郎は傍に置いた大きな浮き輪に視線を落とした。漏れたのは小さな呟き。
「俺、あいつから浮き輪奪ってきたんだ。でも、ただ戯れて遊んでいただけで……」
しばらくの沈黙の後、明彦が水面に浮上してくる。その腕には、ぐったりと意識を失った水島を抱えて。
「息をしてないんだ」
海から叫ぶ明彦の言葉。東條は短く息を呑むと、すぐさま別荘へと駆け込み救急車を呼んだ。
それから四日経った今、瓶の中のレモンには蜂蜜が染み込み、溢れ出した果汁はシロップになっている。
東條はグラスに氷を入れると、レモンのシロップと炭酸水を注ぎ込む。氷に触れた炭酸水がぱちぱちと心地よい音を立て、弾けるたびにレモンの爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。
ガラスのマドラーで軽くかき混ぜると、なんとも涼しげな音が響いた。
グラスにレモンの輪切りを乗せ、そこにターコイズブルーのストローをさすと、見た目にも美味しいレモネードのできあがりだ。
東條は四つのグラスをトレーに載せ、キッチンからリビングを通り、大きく開かれたままになっている掃き出し窓から庭へと出た。インフィニティプールが印象的な庭の横を抜けると、プライベートビーチに降りるための階段に繋がっている。
わざわざタイから砂を運ばせて作ったという砂浜は、眩いほどに白く太陽の光を反射する。
その美しい浜辺にパラソルをたて、ラタンのビーチチェアに座っているのは海パンを着た明彦だ。明彦自身の肉体美も相まって、リゾート地の広告写真のような光景である。
「レモネードを作ってまいりました」
東條はビーチチェアの横に置かれたサイドテーブルに、四つのグラスを並べていく。四つということは、もちろん東條の分もある。
東條の感覚で言えば自分の分は用意しなくても良いのだが、明彦、宗一郎と話し合った結果、東條はここにいる間、食事も皆と一緒にとることになっていた。話し合いがそこに落ち着いた理由には、初日に東條が体調を崩したことも当然影響した。
「ありがとう、すごく美味しそう。ちょうど喉が乾いてたところなんだ」
明彦は言葉通りうれしそうに表情を緩め、早速グラスを一つ手に取った。
東條は「それは何よりです」と応えた後、波打ち際まで向かった。口の横に手のひらを添え、沖の方まで遊びに出ている宗一郎と水島の二人の姿に向かって、声を投げかける。
「宗一郎様、水島、レモネードを作ってまいりました。そろそろ休憩にいたしましょう」
声は届いたらしく、二人とも東條の方に向かって手を振った。水島は大きな浮き輪の上に足をあげて乗っていて、実に優雅だ。宗一郎はその浮き輪に掴まって泳いでいる。とても二人の間に上下関係があるようには見えない。
その姿を、目を細め眺めてから、東條はまた明彦のそばへと戻る。
「東條もここに座りなよ」
明彦が軽く足を横にずらし、寝そべるように座っているビーチチェアの上にスペースを作る。東條も勧められるまま、素直にその示された場所に座った。
東條も、今は海パンの上にパーカーを羽織った姿だ。飲み物を作りに戻るまでは、四人で一緒に海で遊んでいたのだ。東條にとっては海で遊ぶなどということも初体験で、何をしても新鮮に感じられた。
「宗一郎様も水島も体力ありますね。もう二時間は海に入っているのではありませんか」
「水島は宗一郎に付き合ってあげているだけで、体力あり余っているのは宗一郎だけだと思うな。あいつ学校でも隙あれば体を鍛えてるの知ってる?」
早々に海から上がっていた明彦は笑う。
「確かに、水島はずっと浮き輪で浮いているだけでしたか」
レモネードに口をつけ、のんびりと会話をしながら海の風を感じる。眩い太陽が輝く海は美しく、波の音は穏やかで、頭上からは時折海鳥の鳴き声が聞こえた。
そうこうしていると、さきほどまで水島が使っていた浮き輪を持った宗一郎が近づいてきた。
「おお、美味そうだ」
濡れた前髪をかきあげ、宗一郎もまたうれしそうにグラスを手に取る。
と、明彦が目を瞬いた。
「あれ、水島は?」
「水島ならそこに……」
問いかけられた宗一郎が海の方を振り向き、言葉を途切れさせる。そこには静かで美しい海が広がっているだけで、人影は見えない。
一瞬の沈黙。
次の瞬間、明彦はグラスを置くと弾かれたように立ち上がり、浜辺を走って海の中へと入っていった。大きく水飛沫を上げて沖の方まで泳ぎ、水の中へと潜ると姿が見えなくなる。
そんな明彦の姿を見つめ、いつも悠然としている宗一郎の顔が青ざめていた。
「宗一郎様?」
突然の事態に立ち上がった東條が声をかけると、宗一郎は傍に置いた大きな浮き輪に視線を落とした。漏れたのは小さな呟き。
「俺、あいつから浮き輪奪ってきたんだ。でも、ただ戯れて遊んでいただけで……」
しばらくの沈黙の後、明彦が水面に浮上してくる。その腕には、ぐったりと意識を失った水島を抱えて。
「息をしてないんだ」
海から叫ぶ明彦の言葉。東條は短く息を呑むと、すぐさま別荘へと駆け込み救急車を呼んだ。
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