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八月の章
ヴァカンスの始まり -3-
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東條が作ったディナーはイタリアンのコースだった。
生ハムとルッコラのサラダから始まり、備え付けのオーブンで焼いたマルゲリータピザ。真鯛のアクアパッツァ。チーズの盛り合わせ。ドルチェにはティラミスまで自作した。
それぞれの料理を一度に提供するのは難しいので、作りながら順次給仕までこなす。
給仕に関しては水島も時折動いていたが、彼は宗一郎と明彦と共にディナーをとっていた。夏休み初日のディナーは、三人の話し声と笑い声が賑やかな実に楽しいものとなっていた。
一通りの給仕を終え、東條はリビングの方から聞こえてくる水島のはしゃいだ話し声を聞きながら、キッチンで片付けを進めていた。
「東條、どれもすごくおいしかったよ、ありがとう。それと、これ」
水着の上にパーカーを羽織っただけの姿で、明彦がキッチンへとやってきた。ディナーが始まる直前まで三人はプールで遊んでいて、東條に呼ばれてから、そのままダイニングテーブルについていたのだ。
彼の手には、三人が食べ終えたティラミスのガラスの器があった。
「わざわざお持ちいただいて、ありがとうございます。どうぞそのままにしておいてくださいませ」
東條は慌てて明彦の方へと向かい、彼の手から汚れた器を受け取る。
「本当は使った食器ぐらい全部自分で下げたかったんだけど。こんなに美味しいもの作ってもらって、片付けまでさせてごめん」
コースの場合、給仕とともに使った皿は下げていく。明彦が持ってきたティラミスの器を除いては、当然の流れで東條が片付けまで行っていた。
東條は明彦の言葉に首を横に振った。
「どうか謝らないでください、これがわたくしの当然の務めですので。しかし、美味しかったと言っていただけますと、ホッといたします。最近は料理を作る機会もなかなかありませんでしたから、お口に合うか不安でした」
「執事科って料理の勉強もするの?」
「はい。本来の執事業務において料理をすることはほぼないのですが、教養として一通りの料理は一年の初めに習います。シェフに指示をするために、知識としてはいろいろと頭に入っておりますが、実習経験があまりないので、凝ったものは作れません」
「もう十分だったよ。あの、もしよかったら皿洗い俺がやってもいいかな?」
明彦はパーカーの袖を捲りながら問う。家に使用人がいない明彦としてはごく自然な提案だったが、東條は慌てた。
「そんな、滅相もございません。明彦様はどうぞリビングにお戻りください。先ほど水島が食後にはカードゲームを提案していたようですので、そちらに加わってみてはいかがでしょう」
「でも、東條だってまだ食事してないでしょ。なんだったら二人でやった方が早いよ」
「明彦様にそのようなことをさせられません。わたくしのことはお気になさらず……」
明彦がシンクの台からスポンジを手にすると、東條は彼が手にしたスポンジを取り上げる。と、その時、東條の視界が揺れた。
「っ……」
ぐわん、と脳が揺さぶられたような感覚に東條はよろめき、キッチン台に縋った。
「東條、どうしたの」
その姿に、明彦は慌てて両腕で東條の体を抱え、支える。
「問題ございません、ただの立ちくらみです」
「何も問題なくて立ちくらみなんて起こさないよ。どっか体調悪いの?」
明彦は眉を寄せながら、真剣な表情で東條の顔を覗き込んだ。一瞬適当なことを言って誤魔化そうかと考えた東條だが、自分でも感じる自身の顔色の悪さと、明彦の鋭い眼差しに、ため息を漏らす。
「いえ……実は、昼に食事をとりそびれていまして。ただそれだけです」
「ええっ。昼ごはん食べてないって、なんで言ってくれなかったの。それこそ俺たちに食事作ってる場合じゃなかったでしょ」
明彦はキッチンに置かれていた折り畳み椅子を出してくると、そこに東條を腰掛けさせる。
「ほら、ここに座って。この残ってる分が東條のディナーなんだよね? 片付けは後で一緒にすればいいからさ。先に食べちゃおうよ。テーブルに運ぶね」
キッチンの隅には、東條が自分用にと賄いとして残していた一食分の食事がある。内容的には、ほとんど先ほど明彦たちが食べたディナーと同じものだ。明彦はそれらを運ぶために食器によそい始める。
「ど、どうかお待ちください、明彦様にそのようなこと、させられません」
東條は無理矢理椅子から立ち上がって明彦の動きを止めようとするが、再び立ちくらみが襲ってきた。そのまま明彦の腕の中に抱えられる。
「ほら、もうこんなにフラフラじゃないか。リビングに行くよ」
明彦は半ば無理矢理東條を横抱きに抱え、リビングへと向かう。抱えられた東條も初めは抵抗しようとはしたものの、完全に抱えられてしまうと、暴れる方が申し訳ないと思い直して、大人しくなった。
不意に、明彦が笑った。
「どうかしたのですか?」
「いや、東條っていつも全部が完璧って感じだからさ、今みたいな姿を見られると、ちょっとうれしい感じがする。あ、別に東條が体調悪くなったのがうれしいって言ってるわけじゃないよ」
慌てて言葉を付け加える明彦に、東條は少し躊躇ってから、口を開く。
「休みになると学校に一人取り残されるのは、もう、いつものことだと思っておりました。急遽このような素敵な所に来られるとは思っておらず……わたくしも、浮かれていたのかもしれません」
それもまた、普段の東條であれば言わないような言葉だ。
「これから一週間。東條も一緒にさ、たくさん遊ぼうね」
屈託のない、明彦の笑顔。
東條は顔を上げ、それを見つめて。「はい」と返事をしていた。
生ハムとルッコラのサラダから始まり、備え付けのオーブンで焼いたマルゲリータピザ。真鯛のアクアパッツァ。チーズの盛り合わせ。ドルチェにはティラミスまで自作した。
それぞれの料理を一度に提供するのは難しいので、作りながら順次給仕までこなす。
給仕に関しては水島も時折動いていたが、彼は宗一郎と明彦と共にディナーをとっていた。夏休み初日のディナーは、三人の話し声と笑い声が賑やかな実に楽しいものとなっていた。
一通りの給仕を終え、東條はリビングの方から聞こえてくる水島のはしゃいだ話し声を聞きながら、キッチンで片付けを進めていた。
「東條、どれもすごくおいしかったよ、ありがとう。それと、これ」
水着の上にパーカーを羽織っただけの姿で、明彦がキッチンへとやってきた。ディナーが始まる直前まで三人はプールで遊んでいて、東條に呼ばれてから、そのままダイニングテーブルについていたのだ。
彼の手には、三人が食べ終えたティラミスのガラスの器があった。
「わざわざお持ちいただいて、ありがとうございます。どうぞそのままにしておいてくださいませ」
東條は慌てて明彦の方へと向かい、彼の手から汚れた器を受け取る。
「本当は使った食器ぐらい全部自分で下げたかったんだけど。こんなに美味しいもの作ってもらって、片付けまでさせてごめん」
コースの場合、給仕とともに使った皿は下げていく。明彦が持ってきたティラミスの器を除いては、当然の流れで東條が片付けまで行っていた。
東條は明彦の言葉に首を横に振った。
「どうか謝らないでください、これがわたくしの当然の務めですので。しかし、美味しかったと言っていただけますと、ホッといたします。最近は料理を作る機会もなかなかありませんでしたから、お口に合うか不安でした」
「執事科って料理の勉強もするの?」
「はい。本来の執事業務において料理をすることはほぼないのですが、教養として一通りの料理は一年の初めに習います。シェフに指示をするために、知識としてはいろいろと頭に入っておりますが、実習経験があまりないので、凝ったものは作れません」
「もう十分だったよ。あの、もしよかったら皿洗い俺がやってもいいかな?」
明彦はパーカーの袖を捲りながら問う。家に使用人がいない明彦としてはごく自然な提案だったが、東條は慌てた。
「そんな、滅相もございません。明彦様はどうぞリビングにお戻りください。先ほど水島が食後にはカードゲームを提案していたようですので、そちらに加わってみてはいかがでしょう」
「でも、東條だってまだ食事してないでしょ。なんだったら二人でやった方が早いよ」
「明彦様にそのようなことをさせられません。わたくしのことはお気になさらず……」
明彦がシンクの台からスポンジを手にすると、東條は彼が手にしたスポンジを取り上げる。と、その時、東條の視界が揺れた。
「っ……」
ぐわん、と脳が揺さぶられたような感覚に東條はよろめき、キッチン台に縋った。
「東條、どうしたの」
その姿に、明彦は慌てて両腕で東條の体を抱え、支える。
「問題ございません、ただの立ちくらみです」
「何も問題なくて立ちくらみなんて起こさないよ。どっか体調悪いの?」
明彦は眉を寄せながら、真剣な表情で東條の顔を覗き込んだ。一瞬適当なことを言って誤魔化そうかと考えた東條だが、自分でも感じる自身の顔色の悪さと、明彦の鋭い眼差しに、ため息を漏らす。
「いえ……実は、昼に食事をとりそびれていまして。ただそれだけです」
「ええっ。昼ごはん食べてないって、なんで言ってくれなかったの。それこそ俺たちに食事作ってる場合じゃなかったでしょ」
明彦はキッチンに置かれていた折り畳み椅子を出してくると、そこに東條を腰掛けさせる。
「ほら、ここに座って。この残ってる分が東條のディナーなんだよね? 片付けは後で一緒にすればいいからさ。先に食べちゃおうよ。テーブルに運ぶね」
キッチンの隅には、東條が自分用にと賄いとして残していた一食分の食事がある。内容的には、ほとんど先ほど明彦たちが食べたディナーと同じものだ。明彦はそれらを運ぶために食器によそい始める。
「ど、どうかお待ちください、明彦様にそのようなこと、させられません」
東條は無理矢理椅子から立ち上がって明彦の動きを止めようとするが、再び立ちくらみが襲ってきた。そのまま明彦の腕の中に抱えられる。
「ほら、もうこんなにフラフラじゃないか。リビングに行くよ」
明彦は半ば無理矢理東條を横抱きに抱え、リビングへと向かう。抱えられた東條も初めは抵抗しようとはしたものの、完全に抱えられてしまうと、暴れる方が申し訳ないと思い直して、大人しくなった。
不意に、明彦が笑った。
「どうかしたのですか?」
「いや、東條っていつも全部が完璧って感じだからさ、今みたいな姿を見られると、ちょっとうれしい感じがする。あ、別に東條が体調悪くなったのがうれしいって言ってるわけじゃないよ」
慌てて言葉を付け加える明彦に、東條は少し躊躇ってから、口を開く。
「休みになると学校に一人取り残されるのは、もう、いつものことだと思っておりました。急遽このような素敵な所に来られるとは思っておらず……わたくしも、浮かれていたのかもしれません」
それもまた、普段の東條であれば言わないような言葉だ。
「これから一週間。東條も一緒にさ、たくさん遊ぼうね」
屈託のない、明彦の笑顔。
東條は顔を上げ、それを見つめて。「はい」と返事をしていた。
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