本を歩け!

悠行

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4章 本を探す

4章 本を探すー1

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「戸成さーん、もらっていいって!」
 喜び勇んで戻って来たのに、戸成さんはそこにはいなかった。トイレにでも行ったのだろうか。
しかし、トイレにも、どこにも戸成さんの姿はない。一人さんと重垣も呼び、一緒に探したがどこにもいない。
「背が低いから、どこかに隠れてるんじゃないか」
 なんて冗談を言っていた重垣だったが、そうも言っていられなくなってきた。
「どうしたんだろ」
 私はだんだん不安になって来た。先ほど喧嘩のようになってしまったし、怒ってどこかに行ってしまったのだろうか? しかし、戸成さんがそういうことをするとは思わないし、人が消えると言って、私の中では一つしか答えはない。戸成さんが本の中に入ってしまったということだ。
 しかしそんなことが戸成さんに出来たのか。私は戸成さんがそんなことが出来るとは一度も聞いたことが無かった。隠していた? しかし隠して何の意味があると言うのか。それにさっきのあの怒り方からしてそれは無いだろう。
「重垣、とりあえず一人さんをどこかに連れて行って」
 私は巻き込んでしまったのでおろおろしている一人さんにどこかに行ってもらわなければ能力は使えないと思い、重垣に耳打ちする。重垣は喉が渇いたなどと言って一人さんを連れ去ってくれた。
 どうせ本の中に入ればいるのだろう、と思っていた。きっと本の世界に夢中になって、時間のことを忘れているだけだろう。戸成さんが先ほどいた辺りに本が落ちていた。明子さんの本だ。不自然に落ちているし、きっとこれだという気がした。
 あまり心配してはいなかった。私が心配していたのは別のことで、本の世界に自分の力で自由に入れるようになってしまった戸成さんは、もう私とは仲良くはしてくれないんじゃないだろうか、ということだった。
 戸成さんは高校時代から今に至るまで、友達が少なかった。しかしそれは私が数少ない選ばれた人間だということを意味するわけではなくて、戸成さんにはたくさんの友達は要らないということだ。というか、友達なんて要らないんじゃないかとすら思う。あの人は小説や漫画があれば幸せな人なのだ。私にとっては戸成さんは大事な親友だが、戸成さんにとってはそうではないのかもしれない。
 戸成さんにとって私が何故価値があるのかと言われれば、私に人に無い特別な能力があるからだ。もしそれが特別ではなくなってしまったら、戸成さんは私から離れるのではないだろうか。
 高校を卒業してから、その予感は日に日に濃くなった。私には戸成さん以外に戸成さんと同じくらい大事な親友がいたが、彼女とは卒業して私が地元を離れる日、あんなに寂しくなる、連絡すると言ったのに、連絡の頻度はすぐに下がった。友情の火というものは簡単に弱まる。戸成さんも、法学部に私以外の友達が出来た。私にだって出来た。だから友達がいなくて執着しているわけではないのだ。大学の毎日授業で会う友達が、高校時代の友達を上回るなんて簡単なことだ。
 でも戸成さんは私にとって、本の世界を楽しくしてくれる唯一の友人だった。一緒に本の世界に入ると、一人で入るより本の世界がなにか違ったように感じた。道路の脇道、お店の陳列、なにか鮮明に見えるような気がした。その時間を失うのは惜しかった。
 それにもし、私と同じ能力の人間が他に現れたり、そしてそれが男だったりしたら、戸成さんはその男と付き合ってしまったりするんじゃないか。女子の友達はすぐに彼氏を優先させる。私はそれは仕方のないことだと思う。しかし、戸成さんにそれをされたら、私はとても、寂しい。
 戸成さんは何を考えて生きているのだろう? 私は戸成さんがどう考えて私と一緒にいてくれるのか知りたかった。ただなんとなく私が声をかけるから一緒にいるのか、一応選んで私といるのか。私は前者だと言う気がした。
 別所さんの一件から、なんとなく書いてみようと思った小説も、考え始めると上手く進まなかった。またスランプだ。
 そんなことを考え始めたのは、重垣のせいだった。重垣に呼び出されたのは夏休みに入る前だ。別所さんの件から少し経ったころだろうか、元々仲は悪くなかったから、その前にも重垣と他の友人との飲み会に行ったりしたことはあった。私は未成年だから飲み会といっても飲めないが、重垣は本当に酒を飲んでいないのかと疑うほどいつも元気に場を盛り上げる。しかしその日は様子が違った。
「相談なんだ。どうすればあの、戸成と付き合えると思う?」
「は?」
 手にしていた烏龍茶を口に含もうとしてこぼした。「おい、何やってんだよ」と重垣が布巾で拭いてくれた。
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