少年のいる火曜日

悠行

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少年のいる火曜日‐2

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 学校に行くと、いつも通り友人との談笑が始まる。私は地味な方で、至って普通の学生だと思う。ものすごく成績が良くもないし派手でもない。ものすごく変で浮いているわけでもない(多分)。一般的な、ふつうの、学生。
 私は実は母さんや涼子ちゃんが通っていたのと同じ高校に通っている。普通のそこそこの進学校の、私立高校である。別に母さんが私が行っていたのと同じ高校に行けとか言ったわけではなくて、ただ単にずっと同じあたりに住んでいるから自動的に私もこの学校を受験したというだけである。本当は公立トップを受けたのだけど、落ちてしまった。
 私の親友はハルで、高校一年の秋くらいに席が近くなって仲良くなった。運よく二年も同じクラスになり、大抵昼はハルと一緒に食べるし、遊びに行くのも大抵ハルとだ。他にも友達はいるが、親友はハルかな、と思う。
「志望校とか、決めてる?」
 朝っぱからから重い話である。昨日涼子ちゃんと母さんとの会話を思い出してなかなかベッドに行ってから寝られなかった私は寝不足で眠かったので、あくびをしつつ応える。
「んー、一応模試とかでは国立書いたと思うけど、あんまり決めてない。何学部行くか微妙だし。なんで突然?」
 私たちはまだ高2の春ということもあり志望校についてあまり考えていなかった。私たちは一年で理系文系と決めて二年で別れるのだが、まだやっと文理を決められたばかりであまり真剣に考えてはこなかった。しかし志望大学調査などのプリントがつい最近配られたばかりではあった。
「いやさー、私適当に近くの大学で考えてたんだけど、最近一人暮らししたいなーって思いはじめたんだよね」
「ああー、確かに、そっか、行く大学によっては生活も変わってくるもんねー」
「親が厳しいからさ、自由になりたいんだよねー」
「ハルんとこ厳しいもんねー」
 ハルの親は昔からゲーム禁止だし家に行ったときは高校生にもなって部屋でお菓子とか食べてはいけなかったし、遊びに行っても八時くらいには帰って来いと言われている。ハルに言わせると「うちの母親は理不尽」らしく、春休みも宿題もないし親に言われたとおりに塾の春期講習にも真面目に行ったのにも関わらず、クラスメイトや私と遊びに行ったり部活などで外出しまくっていると「今日は家を出てはだめ」な日が課されたという。「悪いことしてないのに意味が分からない」とハルは言う。
「そーそー。でも一人暮らしなら自由だし。まぁ、そういう選択をさせてくれるかどうかは分からないけど」
 そんなハルの家に比べて、うちは自由だと思う。でも、火曜日は比呂が来るから早く帰らないといけないが。私は部活もやっていないし、別にそれは苦でもなかったのだが。
 大学自体というより行きたい地域の話をしているとチャイムが鳴った。朝のホームルームが始まったので席に戻る。
 私の席よりハルの方が席が後ろなので羨ましい。まだ新学期が始まって少ししかたっていないので、席は番号順のままだった。あまりまだクラスメイトの顔を覚えていない。私は人の顔を覚えるのが苦手だった。
 一時間目は現代文だった。割と好きな科目だが、朝は眠くなる。うとうとしつつ先生の話を聞いていると、昨日の涼子ちゃんの、フラダンス教室の先生が好きだという発言が思い出される。子も夫もいるというのに意味が分からない。あんなにフラダンス教室の仲間を馬鹿にしておきながら、先生は好きなのか。何故通っているんだろうと思っていたが、それで合点がいった。先生と会うために違いない。
 ぼんやりと、どんな人なのだろうかと思う。謎の子連れデートのせいで涼子ちゃんの歴代の恋人たちを結構知っているわけだが、大体みんな優しそうなぼんやりした人だった。
 そういう人に甘えていろんな人と付き合っていたわけだが、小林さんと結婚してからは普通の夫婦になったのだと小学生のころは思っていた。でも、実際のところ比呂は小林さんと全然似ていないしもしかしてと思うようになった。そして昨日の母さんの「次に好きになった人」という発言。たぶん今までも誰かしら恋人が別にいたのだろう。
 それを浮気というのだと、知っていても私は責めることが出来ない。それは別に私がその気持ちがわかるからとかではなくて、私にはその権利と力がないのだ。比呂はそれを知らないし、小林さんも知らないし、家庭生活には何の不満も生じていないし、彼女の姪の私にはそこから何の問題も受けていないので責められない。それが間違いだとひよっこの私が言ったところで涼子ちゃんには何の効果もないし、ばらして彼らの生活を乱すことは到底私には怖くてできない。
 しかしながら私は涼子ちゃんのようにはなりたくない。普通に働いて、普通に一人の男の人と付き合って結婚して、その人だけを想って一生添い遂げるような感じがいい。男をとっかえひっかえするのは嫌だし何股もかけるのも騙すようで嫌だと思う。
 もうなんでもいい。でも、フラダンス教室の先生はちょっとどんな人か見てみたいと思った。ただ単に気になるからという理由で。
 全然授業を聞いていないうちに現代文の授業は終わってしまった。ノートは取っているので問題無いだろう。
 休み時間で携帯からその教室を検索してみた。HPが出てくる。聞いてはいたがたまに発表会などもしているらしくその開催情報がトップで載っている。講師の欄には名前があった。小さい教室なので一人しかいない。略歴が載っているが、読んでもすごいのかしょぼいのかさえ分からない。
 名前がわかったのでそれで検索をかける。しかし、さっきの教室のHPが出てきただけで、他は同姓同名らしき人しか見つからなかった。
 顔は顔写真が載っていなかったので分からない。一番どんな顔かが気になったのでがっかりした。
 その昔好みの顔があることで涼子ちゃんに驚かれた私だが、私は面食いなのだと思う。顔が良ければ何でも許せるとさえ思ってしまう。折角高校に入ったのに、周りには全然格好いい人がいなくて残念だ。
 だからこそ自分の容姿は気にかかるのだが、多分私はセンスがないのだろう。この前の春休みにメイクをしてみたけど似合わなかったし、私服で友達と会っても別におしゃれな人認定もされないし。だからまるで容姿に関心がない地味な人みたいな扱いを受けている。
 考えていた輝かしい高校生活とは無縁だが、そこそこ自分の生活には満足しているからいいやと思う。
 ぼんやりしているうちに、また授業が始まった。次は日本史であったが、やはり昨日のせいで、なかなか頭ははっきりしない。寝てしまおうか、とも思ったが、この先生は古株の先生で、なんと母さんの学生時代もいたという。母さんは結構真面目な学生だったらしく、たまに母さんと比べられる。うるさいので、一応聞いておかなければならない。無理やり目を覚まそうと、メンソレータムのリップを塗る。

 輝かしい高校生活とは無縁、など考えていた私に、その日輝かしい出来事が起こった。告白されたのである。
 夕方教室掃除をして、ごみを同じクラスの林君と捨てに行き、その帰り、渡り廊下で告白された。「実は好きでした。付き合ってください」びっくりした。おお、私があの告白というものをされている、と思ったのはずっと後で、言われたら恥ずかしくなった。しかし彼氏というものが欲しかった私は、別に林君が好きだったわけでもないが、「いいよ」と言ってしまっていたのであった。
「マジで!よっしゃああ!」
 おとなしい林君の叫ぶ姿には驚いた。
 ハルには去年部活の交流で彼氏が出来たらしくて、それはとても幸せそうだったので羨ましいと思っていた。だからオッケーしてしまったのだが、それで本当によかったのだろうか。
 林君は去年は同じクラスではなかったが、委員会が同じだった。それで去年から顔見知りではあったが、いったいいつ好きになったというのだろうか。一緒にその後帰ったのだが、なんとなくクラスの出来事などについて話していたら別れるところについてしまったので、何もわからないままだった。
 まぁそれもおいおい聞けばいいかと思う。彼氏が出来た、このことが私にとっては重要だった。
 さっそくハルにメールしてみたところ、「おめでとう!」などときた。「明日詳しく」とあったが、詳しくすることも無いな、と思う。
 好きだとかなんだとか言っているが、よくわからない。私は行ってみれば林君のことなど気にしたことが無かった。私の顔の好みで言えばB組の川渕くんだ。でも別に林君とだって付き合える、と思ってオッケーしてしまった。
いや、でも付き合うって何するんだろう。デートか、キスか、セックスか。デートは出来るけど、キスは分からないが、セックスはしたくない、だって林君のことそこまでの相手だとは思えない。それにセックスは私にとってハードルの高い行為だ。恋愛三昧の叔母を持っていてもなおだ。
 考えていると、なんだか荷が重いことのような気がしてきた。しかしなにもしていないのに「やはりつきあうのはいやです」などと言えるわけもなく、とりあえず私は明日会って考えてみることにした。
 宿題を済ませて漫画を読んだりしていると、母さんが帰ってきた。
「おかえりー今日早いね」
「外回りだったからね、直帰したの」
 いつもよりは少し早い。晩御飯は煮物だった。学校はどうなの、などと言われ特に何もない、と返していたが、内心彼氏が出来たけどな、と思う。母親に秘密を持つのは息苦しかったが、何でもかんでもいうのは嫌だと思った。でも私は何でもかんでも母親に言えば安心するところのある子供であり、それに気づくとなんだか情けないような、嫌な気分になる。
 母さんは今、誰かと付き合っているのだろうか、と思う。
「会社どうなの」
 と聞く。いつも「今度出張に行くから大変で」と返してくれるが、昔涼子ちゃんから聞かされた会社の上司やら取引先やらと付き合っていた、という話について詳しく聞いたことはない。
「そうねー取引先が頭悪くて、全然言ってること理解していなくて・・・」
 話は続くが、いつも私が知りたいことについてはもちろん話してくれない。
 自分の母親が誰かの女となっていることを考えるのは、非常に恐ろしかった。それは自分が捨てられるかもしれないという恐れからなのか、ただ単純に自分の母親だけはそうであってほしくないという思いがとにかくあった。でも頭がよくなるにつれて、涼子ちゃんがああ言ったということはそういう現実があるのだということを認めざるを得ないということなのだろうと思った。
 お母さんは私の知らないところで知らない男とセックスしているのだろうか。よく分からないけどお父さんも戸籍上の人ではないし、私は自分の母親を推し量れない。
 昔から母さんは私に気を付けろと言っていた。変な男には気を付けろと。そういうことは簡単にしてはならないと。それをすれば価値が下がると。
 でもしていたのか。しかしその教えがあるからこそ、私はとても恐ろしいのだ。昔から母の言うことだけに従ってきた私に、それは強迫観念のような言葉だった。
 絶対の存在である母親の言動に矛盾があるなんて、私は受け入れられない。煮物を口に運ぶ母さんからは全く何も読み取れないのであった。
 顔を見ている私に気付いたのか、母さんが不思議そうな顔をする。
「どうしたの?」
「あ、いや、なんか言うことあった気がするなって」
 適当なことを言う。続きに困ることをつい言ってしまった。
「え?なに?」
「・・・あ、夏休みに先生との面談あるから日程出してくださいって言われたんだった」
 折よく本当に言っておかないといけないことを思い出した。
「へぇ、早いのね」
「今先生と生徒の個人面談やってて、それでじゃないかな、提出は来週だったし」
「あんたねえ、そういうプリントちゃんと出しなさいよ?よくギリギリになって言ってくるんだから。お母さんにはお母さんの予定があるのよ」
「いや、だから今言ったじゃん」
「そうだけど。というか面談あるんだったら志望大学の調査とかあるんじゃないの」
「それもあった」
「言ってないじゃない!どこ出すのよ」
「えー・・・H大とか、K大?」
「県外じゃない。あんた、一人暮らしするつもりなの?」
「いや、単に偏差値で適当に」
「まぁ、H大ならここからも通えるけど、一人暮らしなんてダメよ」
 何気なく母さんの口から出た言葉に、私はびっくりした。
「え?」
「あんた家事もできないし、大体一人で暮らさせるなんて心配で仕方ないわよ」
「・・・そう?」
「どうせ一人なんかにしたら遊ぶに決まってるし。絶対だめよ」
 ものすごく家を出たいというわけでもなかったが、母さんがそのように思っていることは結構驚きであった。
「それに志望学部決めてないでしょ、何が勉強したいとか無いの?」
「うーん、志望はメディアとか文学?」
「じゃあ文学部とかかしら。でもやっぱり就職が気になるわね、だから理系にしろって言ったのに」
「嫌だって私理科嫌いなんだもん」
 そう言いつつ、うちは自由だと思っていたがそうでもないのかもしれない、などと思った。

 翌日の朝の学校でまず聞いたのは、ハルからの衝撃のニュースであり、それが私に彼氏が出来たなどということを超えていたため私たちはそれについて話をせざるを得なかった。全く、出来事というのは均等に起こらずある時まとめて起こるのである。
 この四月からハルは塾に通い始めたのだが、その塾には何人かこの学校の生徒もいる。うちの学校はそこそこ進学校で真面目な生徒が多いのだ。そこでハルは学校ではあまり話した事もない人とも仲良くしているという。実はそれが少々私にさみしい思いをさせていたのだが、今そんなことはどうでもいい。内容は同じクラスの沢口さんが、中学のころからセックスをしていたということであった。
「マジで!?」
「うん、マジでマジで」
 私たちはものすごく小さな声で非常に驚きあった。
「うん、これ内緒ね、絶対内緒」
「いや誰にも言うわけないじゃん」
「うん、ていうか内緒だって言われたけどどうしても衝撃過ぎてちいに言っちゃった」
 人は内緒を軽々しく言うのではなくて、親友だけには言うがその人にも親友がいるというだけのことなのであった。
「まぁいいじゃん・・・てか、そんな話よく聞いたね」
「いやなんか、結構仲いいんだよね塾では。コンビニとか一緒に行くし」
「いや仲いいのは聞いてたけどそこまでの情報が話されるほどだとは思ってなかった」
「うん、なんか流れで・・」
 どんな流れだよ、と思ったが話の流れで突拍子もないことが聞かされるのはよくあることなのでそこは流した。
「ていうか、相手誰よ?」
「彼氏、いたらしいよ、それと」
「中学生で!?」
「そこだよね、いや今もだけど」
「・・・ていうかハルはしてないよね?」
「してるわけないじゃん!」
「いやでも彼氏いるじゃん」
「いてもしないよ、普通」
 普通、どうなのだろうかと思う。平均で行くと何パーセントがヤッているんだったか。その日一日中沢口さんの方を見るたびにそれを思い出してしまってしょうがなかった。いったいどこでするのだろう。さすがにラブホなどは入れないからどちらかの家だろうか。どちらかの家でしたら親にばれないのだろうか。私は自分の部屋を想像し、そこでヤッている沢口さんを想像した。改めてみると沢口さんは結構美人だった。派手な性格であることは予想していたが、塾に行っているからそうでもないのかな、と思っていた。でも実際ヤッているのだ。
 ハルはそんな人と何を話すのだろうと思ったが、考えてみるとハルは下ネタが好きなのであった。しょうもない話ばかり私たちはしているので、きっと沢口さんともそんな感じなのだろう。いや、もっとディープな下ネタなのかもしれないが。
 そう考えてみると、もしや沢口さん以外にもヤッている人はいるのだろうかと思う。クラスでも何人かは彼氏彼女がいる。確か前の席のこの人も彼氏いるとか言ってたな、おとなしい顔だけどもしかして、などと思うと最早人間不信に陥りそうな気がする。
 そこまで考えて、ようやく自分にも彼氏が出来たのだ、ということを思い出した。
 思い出して早々思ったのは、気持ち悪い、ということだった。
 昨日までは好きじゃなくても付き合えると思っていたが、私に好きだと言ってきたこと自体が気持ち悪く感じ嫌だなと思った。我ながら自分勝手だなとも思ったが。
 さすがに昨日の今日では断れないと思ったが、その後の昼休みに話しかけようと近づいてきた林君を見るとなお一層その感情は抑えきれず、目が合ったのに無視して立ち上がって、ハルのところへ行った。
「ハル、お弁当食べよ」
「あ、私今日弁当無いから購買行くけど」
「あっじゃあついてくー」
 そう言いながら教室を出る。
「・・・ね、今林君無視ったでしょ」
 ハルは目ざとかった。
「うん・・・まぁ」
「てか朝はあんな話しちゃって聞きそびれたけど、ちぃ林君と付き合うことになったんでしょ、詳しく」
「いやメールでも書いたけど告られた。でも今日つかさっき見たら気持ち悪いなって」
「はぁ?意味わかんない。オッケーしたんでしょ?私昨日ちいが林好きだったとか知らなくてびっくりしたのに」
「うーん、好きではない・・」
「なんで?意味わかんないよ。なんでじゃあオッケーしたの」
「嫌いじゃないから特に好きでもないのに付き合えると思ってオッケーしたけど、今日見たらこいつ私のこと好きなんだと思うだけで気持ち悪くて」
「えー、それもしかしてあたしが朝からあんな話したせい?」
「んー分かんない。でも、今日顔見ると別れたくて仕方ないんだよね・・・何もしてないけどやっぱり昨日のはナシで、って言ってもいいかな」
「さすがにそれはひどくない?」
「だよね」
「ちょっと付き合ってみたら?一回くらいデートしてみたらいいじゃん」
「・・・が、頑張る」
「頑張らないといけないんだそれ」
 そうこう言っているうちに購買について、ハルはパン買いの争いに巻き込まれていた。私はその近くの自販機でジュースを買う。歩きながら来たので遅かったし、多分変なパンをつかまされているのだろうと思ってみたらやはり変なちくわパンだった。
「いや、意外とうまいと思う」
 ハルは神妙な顔をしてそうコメントした。

 比呂が生まれたのは私が十歳の時で、だから比呂は今七歳である。比呂が生まれた時は大慌てだった。比呂は年末に生まれたのだが、うちのおじいちゃんは五人兄弟の長男なので正月は結構人が集まる。その日私と母さんもおじいちゃんちにいて、その他大叔父大叔母が三人おり、その息子と娘が二人とその息子の夫婦がいた。大叔父大叔母は来年ある誰それの何回忌かの話で集まっていて、しかしおばあちゃんは娘の涼子ちゃんの出産でそれどころでなく、しかも大叔母の息子夫婦はなにやら株だかにはまっていてうるさかった。
 比呂はちょうどおばあちゃんが病院に行ったときに産まれ、病院からはおばあちゃんが電話をかけてきた。私はちょうど大叔父の娘さんと一緒に近所にお菓子を買いに行っていたのでその電話がかかってきたときのことは知らないのだが。
 初の男孫で喜んだし、名前はどうするんだと小林さんに酔っぱらった大叔父が詰め寄り「比呂です」と決めてあった名前をいった小林さんに大叔父が「なんだその名前」などといったことで、その名前はずいぶんと前に男と分かってからおじいちゃんと小林さんが真剣に考えたものだったので比呂誕生で浮かれて酒を随分と飲んでやはり酔っぱらっていたおじいちゃんが怒るなどということもあって非常に騒がしかった。
 私は件の娘さんとぬいぐるみや古いゲーム機で遊んでいた覚えがあるのだが、負けると嫌だと言ってごねるのできっと迷惑していたことだろう。別にそれが理由というわけではないが、娘さんとは多分あれから会っていない。
涼子ちゃんは産後すぐは実家、つまりおじいちゃんちにいたのだけれど、その間私はずいぶん見に行ったものだ。おばあちゃんの家は電車で三駅行ったところにあり、学校の帰りに電車に乗って見に行って、夕食を食べて帰ってきた。
よく泣いては起きる比呂とそれにおっぱいをあげる涼子ちゃんを見ているのはなんだか面白かったし、私は涼子ちゃんが好きだったのだ。
恐らくおじいちゃん達は迷惑していなかったと思うのだけど、ある時母さんから
「あんまりおじいちゃんのとこに行くのやめなさい」と言われたので怒っているのだと思ってそれから一切行かなくなった。
今では自主的には行かないし、お正月も帰らないのでもう二年くらい行っていない。
多分お母さんはおじいちゃんたちが嫌いなのだ、と気づいたのはそれからずいぶんと後のことだ。会考えてみるとおばあちゃんは口うるさく、働き過ぎだとか遊び過ぎだとかいつも言っていた上に、私が夕食を食べるせいで「ちいちゃんにちゃんと食べさせてるの」と小言を言われていた。
どうやら進学やら就職やらにいちいち口出しをし自由に決めさせなかったことを未だに怨んでいるというようなところもあった。
涼子ちゃんは割と仲のいい方なのだけれど、それは単に涼子ちゃんが小言をするすると切り抜けてうまい具合に接しているからだろう。母さんは意固地なところがあるのだ。
まぁそんなわけで比呂のことはとても小さい時から見ているが、最初は騒がしいがおもちゃを与えると大人しいので煩わしくはなく、結構可愛がっている。比呂の方も結構私のことが好きなようで一緒にゲームをしたりもしている。昔あんなに負けるのが嫌だとごねていたくせに、比呂相手だと負けてやれるのが不思議である。

「土曜日空いてたらどこか行かないか」と林君から言われたのはその日の放課後のことで、私は一応一か月は付き合うという気合を入れなおしたところだったので
「いいよ」
 と答えた。
「どこか行きたいところある?」
「いや特にないけど」
「じゃあ、映画とか?」
「映画かー」
 特に見たいものが思い浮かばなかったのととっさにあまりに恋人っぽすぎて気持ち悪い、というのが浮かんだ。気持ち悪いと思ってしまうあたり、どうなんだろうと思うがちょっと頑張るべきだと思った。代替案を考える。比呂がそういえば、動物が見たいと言っていた。
「ああ、私、動物園行きたい」
「動物園?近くの?」
「そうそう、あれ」
 動物園もデートっぽいのではと思ったが、あの動物臭さを思い出すと気持ち悪さが緩和されるような気がした。
「分かった。動物園な」
 そう言いつつ、林君は鞄を持ち直した。それで、ああ、これ一緒に帰る流れだ、と思って辟易した。
 辟易しつつ帰ったのだが、喋ってみると意外と普通に会話できた。むしろ楽しいくらいだった。
 しかし家に帰って思い出すとなんだか無性に疲れ、もう話したくないと思ってしまい、これはどういうことだろうと考える。そしてデートの約束を思い出してああ、嫌だな面倒だ、と思う。
 どうにかしなければと思うが、昼のようにハルのほうへ逃げたりもできない。どうするか、と考えてふっと思いついた。
 私はメールを打ち、送信した。
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