Till Death Do Us Part ~死がふたりを分かつまで~

九十九 百一

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第三章  キングメーカー You! All The King'smen!

第三章  キングメーカー You! All The King'smen!

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 三面鏡に映る自分自身の姿から王子は目をそむけようとした。
「王弟殿下はわたくしめのような卑しい身の上に貫かれる姿をこうやって三面鏡に映されて見るのがことのほかお気にめされていました」
 M字に開脚したままかかえあげられ、狼がつきささっているところを三面鏡に写してみせた。両の乳首がいじられ紅くはれる。目を背けられない。王子に鏡台に手をつかせ、狼はさらに突き刺した。狼につきさされ、王子の足は床に届かない。狼のつややかな毛皮の上を王子の両足がばたついてもがいた。不安げにあえぐ王子を狼はきつく抱きしめた。
 背後からのしかかり、王子の口に舌をさしいれる。三面鏡にうつるそれぞれの自分と王子はむきあった。王子の白濁が三面鏡にふきあがった。




「うぅーわぁーきぃーしぃぃたぁぁぁぁ」
 地下牢で王弟が叫んだ。新国王に側位、戴冠、王妃との結婚の準備に追われ、狼との時間を作れず、悶々としいたところに、狼の脱獄の一報を聞きつけ、駆けつけたのだ。
 愛人部屋、もとい、地下牢の独房をぜんぶつぶして作った専用の部屋。
 王宮と変わらない豪華な家具の数々は、ほとばしった愛の行為の汁まみれだった。
「ここにも、ここにも、ここにもある! 余がしてもらうはずだったのにぃ。あーっ、ごりごりして、絶対気持ち良かったはず、うぅぅぅぅ、十回、いや、二十回はメスいきしてるぅぅ」
 吹きガラスを切り開いてしか平たいガラスを作れなかったこの時代、鏡はとてもとても高価な家具だった。貧乏な貴族は、僕のほしいものとして、壁に描くしかできなかった。
 王子が三面鏡を引き倒した。ベッドの天蓋を倒そうと蹴りつけ、跳ね返され、剣をぬいて、ベッドのマットやクッションを切りつけまくった。
「旧近衛隊! おまえらは逃げ出した罪人を捕らえろ! 絶対に傷つけるな! 生かしたまま連れてこい!」
 王弟が新国王となり、それまで王弟の私兵だった連中が今や近衛隊だ。
 かつての近衛部隊は、旧近衛隊と呼ばれていた。ほとんどの隊員が部隊を離れ、残って
いるのはわずかな人間だけだった。
 副長が唇を噛んだ。隊長は自分をかばって、王殺しの罪をかぶったのだと思っていた。
 新国王と新しい近衛兵たちにあざわられ、副長は地下牢を出た。
「隊長、どうして僕を置いていってしまわれたのですか」
 涙ぐむ。中庭から見上げる空がまぶしかった。突然、尻を何かに押され、副長は飛び上がった。めええええ。ヤギが突っかかってきた。
「あ、このヤギは! 隊長が地下牢でかわいがっていたヤギ! 名前は、なんていったかな? よしよし、こわくないこわくない」
 副長が身をかがめ、手を差し出す。めええとないて、ヤギが突撃した。
 突き飛ばされた副長がひっくり返る。
「ああ、待って! 逃げないで!」



 身体のどこか欠けた黒服の男たちが、庭園の手入れをしていた。王宮のはずれにある霊園に務める戦傷兵たちだ。普通は1人でする仕事を2人がかりで分担してやっている。
 王家のために戦い、身体をなくした者たちが庭木を剪定し、宮廷で消費される野菜や穀物、家畜を育てている。ワインやビールまで賄うかなり広大な農地と言っていい。
「メーカー」
 雑草をほじっていた両足のない男が狼を見上げてつぶやいた。台車に載り、棒で地面をついて進む、自分より小さな大人を王子は怪訝そうに見つめた。
 狼が男の肩を力強く掴んだ。握手を交わす。
 すれ違う黒服の男たちがメーカーとつぶやくたびに狼は立ち止まり握手を交わした。
 聖堂の前で胸元までヒゲをたらし、頭を2ブロックに剃り上げたずんぐりむっくりの男が狼を見つけて駆け寄ってきた。右腕の袖がぶらさがっている。片腕なのだ。
「ははっ、久しぶりだな! メーカー! 自分から牢に入ったと聞いたがもう出てきたのか! わかっているわかっているぞ! 地球が丸いのも空が青いのも全部、ちょっとだけ人より大きいおまえのナニのせいだってな!」
「ジェサップ! 元気そうだな」
「コブ付きか? おまえが? まさかはらませたか?」
ジェサップと呼ばれたずんぐりむっくりが、王子のフードの中を無遠慮に覗き込んできた。農道の土ぼこりよけに鼻先までスカーフで覆っていても、落ち着かない。
「訳ありみたいだな。まあいい、入れ」
 聖堂に安置されている狂王の大理石の棺に顔を背けるように、王子は通り過ぎた。
 祭壇裏の階段を通り、地下へとおりてゆく。カギを開けて詰め所に通される。
 木のベンチにテーブルが並ぶ質素な部屋だった。壁一面にカギの束がかかっている。
「殿下、此度のことはまことにお悔やみ申し上げます」
 部屋に入るなり、ジェサップはひざまずいて頭を垂れた。戸惑う王子に、狼がうなずいて見せる。王子がフードとマスクにしていたスカーフを外した。
 ジュサップが部屋の奥からトランクを引っ張り出してきた。狼がトランクを開ける。
 剣と短銃が四丁。火薬入れ、弾薬入れがついたストラップ、ベルト。衣装。
「おまえから預かっていたのはそれだけだ」
「助かる。王子にも着替えがいる」
 王子は微かに頬を染めた。マントの下は、狼を誘惑するための下着姿だ。
「こちらへ」
 ジュサップは、壁からカギをとり、王子たちを別の部屋に案内した。
 ランプの明かりに、ホコリよけのシーツに覆われた家具が並ぶ。
 見たことのある家具に、王子はつばを飲み込んだ。
 狂王の、死んだ父親の使っていた衣装箪笥だ。
「ここには上の霊廟に祀られている王家の方々が生前に使っていた衣装が保管されてあります。このあたり、いや、このあたりが先の王、お父上さまが若い頃に使われていた衣装があるはずです」
 王子はしばらくうつむいて、唇を噛んだ。衣装や靴を選び始める。
 王子の私物は霊廟にはない。新国王が罪人として手配しているのだ。霊廟にならぶことはないだろう。お気に入りの品々とはもうお別れなのだ。思い出すのも嫌な父親の衣装をまとわなければならないのだ。自分を犯す時に着ていた父親の服でなくてまだしも幸いだった。狼とジュサップが両手持ちのトランクを開け、中に詰め始める。
「ホロの付いた馬車を一台用立てて欲しい」
「農園のを回そう」
 狼とジュサップが打ち合わせをしている間、王子はふらふらとソファに倒れ込んだ。
 無理もない。朝まで狼とセックスをして寝てないのだ。
 狼が寝息を確かめ、ジュサップがうなずいた。
王子が目をさますとサイドテーブルに牛乳差しとカップ、ハムにチーズと目玉焼きを載せて焼いたものが冷たくなっていた。ミルクボールに固くなったパンをおろしたものが、牛乳にひたされ、はちみつがかけられている。
 もそもそと毛布の中から王子が這い出した。誰もいない。王子は着替えをすませた。
 王宮のものとはくらべものにならなかったが、料理の味は確かに狼のものだ。
 部屋の外に椅子を置き、ジェサップがいびきをかいていた。見張っていたつもりだろうか。王子が扉を開ける気配に慌てて目をさました。
「あいつは?」
「メーカーならたぶん霊廟でしょうな」
 狂王の棺に狼が参っている。王子の胸がざわついた。こみ上げてくる嫉妬の味を飲み込んで平静を装う。
「なぜキングスレイヤーのことをメーカーと呼ぶんだ?」
「殿下は、あやつのことをご存知で?」
 王子は首を振った。
「長い話になりますぞ、あちらに暖炉があります。そこでお話しましょう」



 ユンカースは、田舎貴族だ。貴族と言っても、地主みたいなものだ。喰うには困らないが、軍に入っていつかは大将軍になりたいと子供心に憧れていた。きらびやかな胸甲騎兵に憧れ、俺は軍に入隊することにした。ツテにコネつけて紹介状をいくつももらい、軍の騎兵学校に入隊することにした。あの女と会ったのは、王都へ向かう途中のことだ。
 夜の三叉路に立つ女。ジプシー、ロマの女だった。俺は夜道を松明片手に馬を扱うのに
いい加減疲れていた。知っている道ならともかく、いつになったらたどりつくのか、この道であってるのかすらわからない夜道だ。野盗や狼、熊に出くわすかもしれない。
 三叉路にさしかかったとき、女が焚き火を燃やしていた。ひと目見て、魔女だと思ったよ。焚き火の上に鉄のカゴがかけてあって、いろんな煙のでる草を女が燃やしていた。
 カゴの中には、堕ろした赤ん坊、まだ血の乾いていない死んだ赤ん坊が十人近く入っていた。女は、堕胎した赤ん坊を燻製にしていた。
「かわいい坊やだね、夜道は危ない。湧き水もある。馬を休ませて、焚き火にあたったらどうだい?」
 胸ぐりの深く開いたドレス、大きなおっぱい。長い黒髪。浅黒い肌。まさしくロマの女だった。ロマの女が一人でいるとは考えられなかった。どこかに仲間がいるはずだった。
いつ野盗に化けるかわからない連中だ。幸い、俺は両親から良い見た目ってヤツをもらっていた。このロマの女が一声上げれば、ロマの男たちが飛び出してきて、身ぐるみはがれるだろう。殺されるかもしれない。馬も俺も長旅でもう疲れ切っていた。
 そうとなれば、この女に気に入ってもらって無事にやりすごすしかない。
 焚き火のそばに泉があった。俺は顔を荒い、喉をうるおした。馬から鞍をおろし、水をやった。
「燻製小屋は使わないのか」
「薬にするには、ここで今じゃなきゃだめなんだよ」
 女が指をさす先に赤い月がのぼっていた。夜の三叉路に立つ女。まさしく魔女だ。
「かわいい坊やだね、軍に入るのかい?」
「胸甲騎兵になるんだ」
「あんたを抱きたいって男よりも、あんたに抱かれたいって男の多さに驚くだろうね」
 親譲りの顔のおかげで、早くから男女のことはよく知っていた。ユンカースは、貴族とはいっても、ようは大きな農家だ。家畜の種付けや小作人の娘やらで覚えるのは早い。
 男同士のことも知らないわけではなかった。
 自分に特別な魅力があることは薄々知っていた。
「でもね、タダで抱いちゃいけないよ。ドゥカート金貨一枚くれるなら、抱いてやってもいいって言うのさ」
 ドゥカート金貨一枚は、かなり高額だ。馬や土地の取引に使われる。母親が袋に入れてお守りに一枚首から下げてくれたが、普段目にすることはまずない。
「なんでだよ」
「ドゥカート金貨一枚をやっとの思いで作るヤツと、平気で払おうとするヤツを見分けるためさ。分かるかい? やっとの思いでドゥカート金貨を作るヤツからそいつを頂いたらもうそれきりさ。そいつはそれ以上もう出せない。ドゥカート金貨一枚なら安いものだってヤツを見つけるためだよ」
「ドゥカート金貨一枚をやっとの思いで出せるヤツが良いヤツだったら?」
「その時は、坊や。おまえさんの好きにするといい。好きでもない男がくれる山ほどのはちみつよりも、好きな男がくれるひとつまみの塩のほうが甘いのさ。おまえさんが手をにぎるだけでも一生の思い出になるヤツもいれば、おまえさんがどれだけ尽くしてもなんとも思わないヤツもいる。そこを見極めるのが肝心なのさ」
「ドゥカート金貨集めているって噂になったら嫉妬されてひどい目にあうことになりそう」
「もちろん大声で叫ぶんじゃないよ。耳元でささやけばいい。嫉妬をよけるには、譲るんだよ」
 貧乏人の子沢山。兄弟がたくさんいたら、まあ、食事は戦争だ。うっかりしてたら食べるものがなくなる。とっとと喰えるものは喰ってしまわないと。そういう育ちのせいで犬になっちまう呪いなんてかかる羽目になったのかもしれない。ロマの魔女が言っていることは、理解できた。ロマの魔女は、本当のことをウソに混ぜる。どこから、ウソになるのか。俺は、ビクビクしていた。
「よくお聞き、譲るのは目に見えるものだけじゃないのさ。何かの順番、出世、目に見えないものを譲ればいい。小さなものを譲ってごらん。恩に感じることができるヤツ、世の中の道理ってものをわきまえているヤツは、必ず何か返してくれる。そういうヤツとは付き合いができる。小さく譲れば小さく返してくれる。そういうヤツの中から大きく譲れば、必ず大きく返してくれるヤツを選ぶのさ。ドゥカート金貨一枚、みたいにね。してもらって当然と思っているヤツや誰でもいいヤツを友達にしたいわけじゃないだろう? 十人に一人、百人に一人、千人に一人のヤツが欲しいんだろ」
 ロマの女が教えてくれた言葉は、俺の生き方になった。
 女は俺に手を差し出した。お代をよこせと言っている。俺は財布を手に取り、1番高い金額の銀貨をつまんで渡そうとした。はした金を渡そうとしたら仲間を呼んで俺も燻製にされるんじゃないかとビビってた。女は、銀貨には見向きもせずに財布をひったくって立派なおっぱいの間にしまいこんだ。まさしくロマの女ってヤツだ。
 その時、背後でカラスが鳴いた。真夜中だ。驚いて振り返ると、馬が草をはんでいるだけだった。前を向いたら、誰もいなかった。焚き火も燻製の赤ん坊たちもいなかった。
 夜が開けかかっていた。赤ん坊を燻製にする女だ。狼になる俺を見たら、ナタもって襲いかかってくるんじゃないかって思う。人狼の手とか足とか尻尾とか魔女が欲しそうだろ。
 いかにも。黒魔術の材料になりそうなかんじがする。

 結局、俺は憧れの胸甲騎兵にはなれなかった。俺がもらった紹介状は、騎兵学校じゃなかった。王立の軍幼年学校だった。軍の将校を育てるための学校だった。
 幼年学校には、都市貴族の子弟はもちろん、皇太子を始め、先々代の王の四人の息子も通っていた。もちろん、教育は別々だった。でも、ドゥカート金貨の教えが導く先には、ヤツらがいた。魔女に売りつけられた教えとは別に、親から教えられた針と糸の教えもあった。農場では家畜の出産のとき、肛門と膣をつなぐ壁が破れることがある。
 人間でももちろん、起こる。そこが破れるとうんことしっこが垂れ流しになる。
 不潔でセックスできないからそこが破れた女は、忌み嫌われ、家から追い出されることになる。針と糸と蒸留酒があれば、30分で縫いつくろうことができる。
 親父は俺たち兄弟全員にできるように徹底的に教え込んだ。
 軍隊には、レイプがつきものだ。戦場で? いや、平時に学校で、だ。
 俺はおまえよりもエライ。それをわからせるために、見せしめのために、嫌がらせや懲罰のために、暇つぶしに、性欲のはけ口に、大男たちに襲われる。尻が破けて、クソが垂れ流しになる男はもちろん、放逐される。
 そういうヤツを見つけたら、俺はいつもケツを縫ってやった。もちろん他のまっとうな傷口、訓練でできた切り傷なんかも縫ってやった。ついでに涙もぬぐってやった。
 魔女に譲れと言われたとおり、いろんなものを譲った。なんとも思わないヤツは、すぐにわかった。小さなものを譲れば、必ず返してくれるヤツ。向こうも忘れなかったし、俺も忘れなかった。田舎者のユンカースには、貴重な友人たちだった。
 上級生に大男の二人組がいた。レイプ魔で名高いワルのクズだった。バレなければ悪じゃないがモットーの二人組だ。なんとか的にならないよう心がけていたが、とうとう俺が目をつけられた。二人組に呼ばれた馬小屋での光景を忘れないだろう。
 短銃を両腰と両胸に四丁差し、剣とナイフをつるして、俺は馬小屋へ向かった。
 見知った顔ぶれが馬小屋から出てきた。ケツをぬいつくろってやったことのあるお友達たちだった。彼らは俺の肩を叩き、もう大丈夫だと言った。
 馬小屋の中は見ものだった。猿ぐつわをされ、尻をむき出しにされた二人組が縛りあげられていた。
俺は必死で笑いをこらえながら、一時間以上かけて二人組のケツをぬいつくろってやる羽目になった。思った以上に時間がかかったのは、間違っていろんなところに針を刺したからかもしれない。血で手がすべったんだ。
 小さく譲れば、大きく返してくれるヤツもいるってことを俺は学んだんだ。


幼年学校では、色事はあまりなかった。幼かったし、レイプ被害が深刻で、皆に色事に対する恐怖感や嫌悪感があった。幼年学校の生徒は、お国のために、というのは建前で、口減らしで出されたユンカースがほとんどだった。まだ子供だったし、鉄拳制裁ありありの教練、身体もまだ出来てなくて、少しでも時間があれば誰もが死んだように眠りこけていた。
 四人の王子は、せいぜい行事に顔を出すくらいだった。
 幼年学校の生徒は、事故にでも合わない限り、ほぼ全員士官学校にそのまま入学した。
 士官学校でどっと外部からの人間、主に都市部の商人の子弟が入ってきた。
 彼らは、街のネズミだ。田舎者で保守的なユンカースと違って、あけっぴろげで享楽的、快楽に貪欲だった。幼年学校卒業生は、先任一等兵としての給料を支給されながら士官学校に通った。幼年学校で鍛えられた分、体つきも体力も外部生よりキレがあった。
 それでも外部生たちが持ち込んできた街の文化、豊かさはまぶしかった。
 幼年学校と同じ、四人部屋に2段ベッドが2つ。幼年学校だと家に帰りたいって泣いてたヤツも、風が吹いてもナニが立つ年頃だ。性欲の芽生え。居ても立ってもいられない。
 十代の性欲の盛りだ。体力をもてあまして、休み時間には誰かがシコっていた。
 天井まで飛ばすヤツ、量がすごいヤツ、回数が多いヤツ。
 何事にも上には上がいる世界だった。不意に飛んでくる白濁で髪や制服が汚さないようにするのが大変だった。
 笑い話がある。実家通いの外部生が、小遣いのドゥカート金貨をちゃらつかせて、俺を宿舎に買いに来た。そいつは、宿舎で一番の量を誇るヤツの床に溜まった水たまりに滑って転んで上着の背中がどろどろになった。慌てて上着を脱いだら、宿舎で一番の早打ちの男に乱射されて、宿舎を飛び出した。外に走って逃げたそいつは、井戸でどろどろになった服を洗った。顔を洗って、顔をあげたそいつの目に、宿舎で飛距離が一番のヤツのが飛んできた。笑えるだろ? 毎晩、宿舎で寝なきゃいけない人間には、マジな話だ。ガチガチの硬い帆布を買ってきて寝台ごとかぶって寝ないと朝起きたら大変なことになる。
 ここでも魔女の教えは強力だった。商人階級出身の外部生は、金はあっても貴族ではない。ユンカースは、金はないが、一応それでも貴族だ。班長や室長、隊長などは、有力な貴族や商人の息子に譲ると大変喜ばれた。うちの息子は、このたび、士官学校で班長に選ばれたのでございますのよ、ってわけだ。ケチで貧乏なユンカースが店に来て、あれこれケチをつけてはたいしたものがないなと言って冷やかしてでていくのをせせら笑う商人たちも、自慢の息子のご学友として一応貴族のユンカースが来たとなれば喜んでくれた。
菓子や食料や衣料品をもたせてくれることもしばしばだった。
 外部生たちは、色事にも積極的だった。魔女に教えられたドゥカート金貨の教えも、本当に通用した。士官学校には従者制度があった。上級生が下級生を従者として扱うのだ。
 有力な上級生の身の回りの世話をする代わりに庇護を受ける。見目の良い従僕は、奪い合いだ。俺もずいぶん誘われた。でも、魔女のドゥカート金貨の教えのおかげで、従者にならずにすんだ。俺に抱かれたかったらドゥカート金貨一枚といえば、大概のヤツは逃げてゆく。冗談のつもりで言っていたが、本気にするヤツがいるとは、思わなかった。
 従者なんて、下手くそにタダでやらせた挙句、偉そうにされるなんてまっぴらごめんだった。ケチとベロだけ出すやつは、自分で自分の指を喰って小さくなってゆく。
 驚いたのは、ドゥカート金貨一枚というと、じゃ、八時にボートハウスで、とか、魔女の言うとおり、本当にドゥカート金貨一枚をなんとも思ってないヤツらがいたことだ。
 俺を抱きたいヤツよりも、俺に抱かれたいヤツのほうが多いのにびっくりするよ。
 魔女の言ったとおりだった。ドゥカート金貨が俺に見たこともない世界への扉を開いた。
 ドゥカート金貨一枚に恥じないくらい俺はヤツらを楽しませた。おかげで四人部屋で手淫にふけるような真似はしなくてすんだ。俺についたあだなはもちろん、ドゥカートだ。
 魔女に教わったとおり、班長、室長、隊長、出世の糸口はどんどん譲った。出世に興味はなかった。二番手、三番手のほうが楽だったし、ちゃんとしたヤツに譲れば、ちゃんと見返りがあった。稼いだ金貨は、というとまるで貯まらなかった。
 士官の制服は伝統的に自腹だ。装備もそうだ。従者や身の回りの人間も自腹だ。戦場で遺族が死体を探しやすいように、オリジナルの目立つ服を着るからだ。
 士官学校の制服をそのまま着ているのは、貧乏なユンカースだ。外部生はみな思い思いに、自分の制服を仕立てさせていた。金ボタン、横モール、黒に赤か、青に赤か。
 最初は、皆と同じようなものを。それから外部生たちの制服の上質さに触れ、生地にこだわるようになる。店の中の明かりと外での色合いの違いや、店員の話術でできあがったのが思っていたのと違う。上質だけど、退屈なデザイン。キレイでより洗練されたシルエット。派手なデザイン。男と男は出会ったら、どちらがエライか決めなければ気がすまない生き物だ。
ぱっと見の持ち物の格の優劣で、お互いの序列をはっきりさせるパワードレッシング。
 制服、ブーツ、剣、短銃、帽子、コート、季節、流行、馬!
 仮縫い、中縫い、本縫い、仕立て代、生地代!
 ブーツはワックスを塗り水をつけて鏡のように磨き上げる鏡面仕立て!
 金はいくらあっても足りなかった。コケにされたり、鼻で笑われたり、ファッションに自信をなくしては、新しい仕立てに知恵を絞る。着なくなった服は、やっとの思いでドゥカート金貨を作ってくるヤツに譲った。彼らは多くが、誠実で実直だった。地味で人に迷惑をかけることなく、慎み深かった。彼らからドゥカート金貨を受け取ることはなかった。
 家を出る時に、母親が首からさげてくれたドゥカート金貨を思い出させるからだ。一度きりの逢瀬だった。もっと真剣に彼らと向き合っていたら、俺の人生も違っていたかもしれない。いや、好きで選んだのだ。俺の性格が運命になったのだ。彼らの多くは、たった一度だけ寝た俺の服や靴や武器、俺が興味をなくした服や靴を身に着けて戦場で散った。
 少なくとも彼らともっと豊かな時をすごすこともできたはずだった。
 流行は繰り返す。あの頃の流行を思い出させるものを見るたびに、彼らを思い出す。
 俺は、彼らの献身に報いるだけのことをしただろうか。彼らを思い出せば胸をしめつけられる。なのに、それだけだ。涙すら出てこない自分がつらい。人並みに泣くことができれば、楽になれるだろうか。いつまでも残る生き苦しさだった。さっきまで談笑していた男が血を吹き上げて、人間ではない、ものとなって打ち捨てられる。戦争が近づいていた。



 ドゥカート金貨が4人の王子たちへと俺を導いた。皇太子の宿舎に俺は呼ばれた。
 深々とした紅い絨毯に第三王子が転がっていた。尻が破れていた。レイプの痕だ。
 傍らのベッドから蹴り落とされたようだ。ところどころ殴られてアザが出来ていた。
 皇太子と第二王子とその取り巻き、みな裸だった。
「脱げ」
 俺はその一言で、皇太子のひととなりを理解した。次は俺を輪姦するつもりらしい。
制服を脱いで、そばの椅子の背にかけた。下卑た薄笑い。誰かが口笛を吹いた。
 第二王子が指を鳴らしながら近づいてきた。幼年学校あがりのユンカースを殴るのには、キレがなかった。パンチをよけて抱きついて第二王子の唇を奪う。
第二王子はかっとなって、俺を突き飛ばそうとした。この部屋にいる男たちは、レイプしか知らない。組み伏せ、動かなくなるまで殴りつけ、言うことを聞かせる。そうしないと不安で仕方ないのだ。
 第二王子は、俺に近づきすぎていた。ベッドにすっころんだ第二王子を後手にシーツでしばりあげる。いきりたった股間を握れば、大概のオスは言うことを聞く。第二王子は、軍事教練をサボりすぎた。第二王子を開脚させ、尻にたっぷりと涎を垂らす。
 取り巻きの中でひときわデカイ大男が立ち上がった。筋肉の塊のような男だ。性欲が強く、嫉妬深い。暴力のために生まれてきたような男だ。股間は子供の片腕なみだ。
 この男が暴れたらこの部屋に止められるヤツはいない。
 男は腕を組んで唇を固く結んでいた。取り巻き達が立ち上がろうとしたのを腕をあげて制した。取り巻き達がおとなしく引き下がる。この男のことは幼年学校から知っていた。
 この男に犯されて尻を破かれた生徒をずいぶんと縫ってやった。それに馬小屋でこの男の尻も縫ってやったことがある。父に教わった針と糸の教えが俺を守ってくれたのだ。
 第二王子は、尻を舐められ悲鳴をあげた。皇太子は動かない。自分がされなければどうでもいいのだ。第二王子が甘い声を上げ始めた。部屋中の男に、第二王子が犯されているところをたっぷりと見せつけた。第二王子がすすりないて、身悶えして、潮を吹くまでゆっくりとやさしく犯した。皇太子に第二王子の両足を広げて見せる。皇太子がのしかかる。
 第二王子が悲鳴をあげた。皇太子は痛いセックスを与えることしか知らない。
 大男が手近の男をつかまえてしゃぶらせはじめた。乱交が始まった。
 俺は、手早く服を掴み第三王子を姫抱きにして退室した。帰りに皇太子の侍従がドゥカート金貨を三枚載せたクッションをうやうやしく運んできてくれた。裸の第三王子にシーツを頼み、服を着る。シーツに包まれた第三王子を抱き上げ、第三王子の宿舎へ走り出した。第三王子の宿舎は、豪勢な皇太子のとは違い、質素なものだった。
 侍従はおらず、目の悪い家政婦がいるだけだった。皇太子の侍従が第三王子をくるんでくれたシーツが1番豪華なものだった。部屋の奥からまだ小さい第四王子がこちらをのぞいていた。挨拶もそこそこに王子を手当しないといけないが、道具になりそうなものなどなかった。
急いで自室にとってかえす。帆布をかけた自分のベッドから道具をとる。
 帆布には、誰かが飛ばした白濁がいくつも黄色いシミになっている。
 第三王子の宿舎にもどると、血の付いたシーツを肩からかけて、第四王子が行進していた。部屋で俺たちが寝ているのと同じ粗末な2段ベッドにシーツを剥ぎ取られた第三王子が尻から血を流していた。急いで消毒をし、ぬいつくろう。汚れを落とし、打ち身にも軟膏を塗る。なんてこった。第三王子は、ユンカースの俺なんかよりはるかに貧しかった。
 家政婦に聞けば、皇太子が他の王子たちにまわるはずの金を全部皇太子が使っているらしかった。第二王子はなんとか皇太子に取り入って生活をしていて、第三王子が幼い第四王子をなんとか育てているらしかった。暴力大好きな皇太子が嫌いな音楽や芸術や国語の家庭教師たちがかろうじて、第三王子と第四王子に教育を受けさせているくらいで、使用人たちが食べてる食事を分けてもらって生きているらしかった。
 家政婦が涙ながらに訴える話を聞いている最中に、第四王子が俺のポケットに手をつっこみ、さっきもらったドゥカート金貨をつかんで、奇声をあげて走り出した。
 このお金があれば、きっと王子さまにおいしいものを食べさせてさしあげることができます。涙を浮かべ感謝の言葉を口にし、目が悪いとは思えぬ機動力で駆け回る第四王子を壁際に追い詰め、はっ倒して、金貨を奪った家政婦は、そのまま出ていったきり、戻ることはなかった。
「お願い、見捨てないで」
 素っ裸で横になったままの第三王子が消え入りそうな声を出した。第三王子は、しばらくはケツが痛くて寝たきりだろう。
 その日から俺の金貨は、第三王子と第四王子の生活費に消えていくことになった。
士官学校の教官に届け出て、もちろん袖の下は俺の金貨だ。俺は第三王子のご学友として、第三王子の宿舎に寝泊まりすることになった。外部生が犬の餌と呼び、ユンカースたちがおいしくいただく食堂のおばちゃんに交渉、もちろん袖の下は、俺の金貨だ。
 第三王子と第四王子にも食事がまわるようにした。
 白濁が飛んでくる四人部屋からは開放されたが、すきあらばなんでもかんでももっていってしまう第四王子には手を焼いた。第四王子が手の届かないところに棚を作る。もちろん俺の金で。俺の財政状況は急速に悪化していった。王子たちの寝具や衣服、洗濯の費用も、もちろん俺の金だ。どんどん減っていく俺の金。救いの手は、意外なことに第二王子だった。最初は、またやられそうになるのかと思ったが、俺とのセックスが忘れられないらしかった。皇太子の目を盗んでは、第二王子は俺に抱かれたがった。第二王子はひどく皇太子に暴力を振るわれることがあって、いつも傷だらけだった。ぎゅっと痛くなるくらい強く抱きしめられるのが好きで、一緒にいる八割がたの時間は、ずっとキスしていた。
 第三王子の看病と幼い第四王子の世話は、ユンカースの仲間たちが手伝ってくれた。
 第四王子は、兄弟の多いユンカースたちのちょっとしたアイドルになった。
 第三王子と第四王子がネグレクトされて貧困にあえいでいるスキャンダルは、外部生にはもらさないよう、ユンカース達が秘密を守った。田舎者で保守的な大家族で育ったユンカース達は口が固かった。第三王子の宿舎から皇太子の取り巻きたちを遠ざけてくれた。
 第二王子はそれほど金貨をもっていなかった。なけなしの金貨を全部俺に使ってしまった第二王子を俺は、外部生の金持ちの商人に引き合わせることにした。
 自慢の息子のご学友として、第二王子が我が家の食事会にいらっしゃるのでございますのよ。
 第二王子は、やれ執事がいない、フットマンがいない、馬車がないと、尻込みをしていたが、馬に乗せてむりやり連れ出した。第二王子を皇太子から引き剥がしたかった。
 第二王子を紹介する心付け、あるいは浄財としてドゥカート金貨10枚をもらった。
 俺は第二王子と半分ずつ分け合った。
 第二王子は外の世界を知り、心が晴れやかになった。見るからに表情も変わった。
 外出を理由に皇太子から離れることができたのだ。
 商人たちは、御用達の許可を欲しがった。帽子、ジャケット、シャツ、ブーツ、乗馬道具、馬、牛乳、ワイン、パン、菓子、文房具、便箋。第二王子の紋章の使用許可で登録料をもらい、商品を定期的に受け取る。商人は、第二王子御用達を看板にかかげた。
 王都の商店の店先や商品に、自分の紋章がつくのを見て、第二王子は目を輝かせた。
 第二王子の紋章がついたものを人々が誇らしく身につける。
 皇太子の顔色をうかがわなくても、食事は届けられ、衣食にことかくことがなくなった。生まれて初めて金銭的にゆとりができたのだ。それに第二王子は女性にモテた。
嫉妬深い女に窓からズボンに火をつけて投げ捨てられるくらいに。
 結婚は無理でも、第二王子と一夜をともにしたい女性たちがいた。
 皇太子は、ゴロツキだった。店に訪れるのは、略奪にちかい。市民からは嫌われていた。
 第二王子は、タカリはタカリでも節度はわきまえていたし、暴力を嫌った。
 妊娠した女性は、腹が大きくなる前に嫁いでいった。第二王子との噂は、持参金が打ち消した。女性はもしかしたら、王家の血筋が絶え、いつか長子を迎えに王宮から馬車が迎えに来るかもしれないという夢を見られるだろう。
 子供が長じて酒場で俺は王家の御落胤だぞと酔っ払って殴られるようになるまで。
 もともと女性好きだったようで、女性たちに腕をひかれ、第二王子は、やがて俺から離れていった。
 第三王子の傷が回復した。顔の腫れがひくと、第三王子はなかなかの美形だった。
 かわいいとか、美形とか言われる男を見ると、鏡に映る自分とくらべて、ふん、俺のほうがきれいだとうそぶくのが俺という男だ。そんな俺が、第三王子を見て、きれいだと思ったのだ。俺は、第二王子のひそみにならい、第三王子を街の有力な商人たちに紹介することにした。御用達の許可をばらまいて、第三王子に衣食住を確保してほしかった。
これがすんなりうまくいかなかった。第三王子は、センスにうるさかった。
 気に入らなければ、ぷいと横を向いて御用達どころかいらないと言う。
 王都中の商店を回って、そうなのだ。わらをしいた二段ベッドに、あのときの血の付いたシーツ、士官学校の生徒、外部生が見向きもせず、ユンカースくらいしか使わない、荷馬にかぶせるようなフェルトの毛布で寝ていた。
 俺は、第三王子の気分を晴らそうと、女性を紹介することにした。裕福な商人の娘だ。 第二王子は人気で手一杯でもうほかの女性は無理だったのだ。
 第三王子を商人の食事会に誘い出した。この頃の俺はもう、王都の商人とは大概顔見知りになっていた。商人とは不思議なもので、貴族にあこがれをもっている。いつかは息子をどこか田舎の城の貴族にでも、と本気で願っていた。田舎貴族のユンカースが羨む贅沢な暮らしぶりの商人が、なんだってまた田舎のユンカースになりたがるのか。あれだけ目端の利く商人が、子供を貧乏なユンカースにしようとしている! 俺は口をすっぱくして商人に問いて回った。やめておけ、と。城みたいにみえるものをもっているユンカースもいるにはいる。俺んちだってそうだ。でも城とは名ばかりでぶっちゃけ、大きな農家だ。
 何かを買うという発想がそもそもないのだ。服がいる? 山羊の毛を刈って、糸を作って機織り機で生地を編んで。ファッション? センス? 流行? なにそれうまいの?
 俺は変わった正直者として、商人から変な信用を得てしまっていた。
 食事会も終わって、それとなく、ご婦人と第三王子を二人きりにして、俺は宿舎に帰った。朝方、枕元に人の気配を感じて目を覚ました。身を起こすなり、金貨の入った袋を投げつけられた。袋の中には、ドゥカート金貨が十枚入っていた。
「この男娼!」
 皆が思っていても口にはしない言葉を、第三王子は口にして、俺は初めて気づいた。
 魔女が俺に教えたのは、娼婦の生き方だったのだ。
「皆が思っていても言ったらおしまいよって言葉があるだろ! 王子こそ男娼のヒモじゃないか!」
「僕を女なんかに売ったのか!」
「童貞を捨てられてお金をもらえるんだ、良かったじゃないか。世の中、高いお金を払わないと捨てさせてもらえないものいっぱいあるんだぜ」
 ビンタが飛んできた。俺はよけられなかった。第三王子が泣いていた。
「僕が汚れているからか! 穢れているからか!」
「何の話だ? 何か女に言われたのか? されたのか? なにがあったんだ?」
「違う! そんなことじゃない! 兄上にはしてるくせに、どうして僕には触れもしないんだ?!」
 俺は、呆けたように王子を見た。ベッドに座り込んだ。
 俺は男娼だった。ドゥカート金貨一枚で誰とでも寝た。好き嫌いはもちろんある。
 嫌な奴とはやらない。でも自分が誰かを好きになって、口説いて、したことなどなかった。誰かが勝手に俺を好きになって、あるいは買ってくれて俺は選ぶだけだった。
「え、あ、いや」
「金か? 金ならあるぞ! さあ、僕に兄さんにしたようにしてみろよ」
 第三王子が俺をベッドに突き倒した。袋の金貨をばらまいた。
「俺は、その、なんていうのかな、好きってのがわからないんだ」
「こういうことだよ」
 第三王子が俺を抱きしめた。胸に耳をあてるかたちになった。鼓動が聞こえる。
 俺は金で誰かを抱きしめたことはあっても、抱きしめられたことはなかった。
 俺は乳首に舌をはわせた。王子を抱きしめて体を入れ替えベッドに押し倒す。
 ベッドの金貨は床に払い落とした。
「王子、金なんていらないです。俺に好き、を教えてください」
 ゆっくりと第三王子の身体をなめしゃぶった。快楽をさぐり、ほじりだしてゆく。
 王子の身体から女の匂いがした。胸がざわついた。王子の股間には女の血がついていた。
 腹の底から熱いものがこみ上げてくる。殺意にも似た衝動だ。
「俺が紹介したのに。俺が王子に女をあてがったのに、なんでだろう。胸が痛いです、王子。王子から女の匂いがします。俺、嫉妬してます。許せないな」
 第三王子の身体にこびりついた女の匂いを舐めて消してゆく。
「俺以外の匂いがするなんて許せない。どこを触られました?」
 俺は第三王子が指差したところに歯型をつけた。
「いけない人だ。俺をこんな気持にさせるなんて。王子のここもここも、ここも俺の匂いがするまで許さないですよ」
 第三王子の白い肌に歯をたて、音をたてて吸い、噛み、しゃぶった。
「王子、次はどこに俺の匂いをつけてほしいです?」
 王子が腰を浮かした。自分の両手をあてがい、尻を開いてみせる。
「容赦しませんよ」
王子が背を弓反らせた。両手にシーツを握る。王子の尻をかかえあげ、舌をさしいれるところを王子に見せつける。思わず恥ずかしさに顔をそむける王子の頬をつかみ、目をそらさせない。王子からこぼれおちた先走りで先端をゆっくりと手のひらで包み込み愛撫する。王子の目の中をのぞきこみながら王子の中に舌をさしいれた。王子がほとばしらせた白濁をなめとり、口に含んだ。自分の白濁を唇からそそぎこまれ、王子は吐き出そうとした。口を手で塞いで許さない。
「さあ、飲み込んで」
 第三王子が涙をこぼした。喉が上下する。口を開かせ、舌を吸う。さみしげに腰を浮かせゆらす王子にあてがい、ゆっくりとつきさしてゆく。
「もっと鳴き声を聞かせてください」
 セックスは通貨だった。もらった金に見合っただけいかせて、よがらせる。どこを触れば感じてくれるか。喜んでもらえるか。謎解きだった。仕事だった。
 第三王子が潮をふきあげたとき、目をこらせば、かすかに見える霧のようなものが王子の股間からわきあがった。俺は霧に包まれた。衝動に突き動かされ、俺は王子に口づけした。
 ぎゅっと強く抱きしめた。こんな感情は初めてだった。王子を全てから守りたかった。
 ファッショナブルな靴や服以外で、初めて人をずっと抱きしめていたいと思った。
もっとずっと王子の中にいたかった。ずっとずっと舌をからませていたかった。
 もっと王子に俺を見てほしかった。
 目尻を紅く染める王子の眼差しを誰にも見せたくなかった。王子以外のなにもいらない。
 快楽にあえぐ王子の声を誰にも聞かせたくなかった。俺だけのものにしたい。
 王子が他の男を見るなんて許せなかった。
 


「制服を交換しないか」
 第三王子が俺の制服を抱いて言った。王子が上目づかいで俺を見る。
 王子の涙袋には勝てなかった。うなずいた俺に、王子が俺の制服を着てみせた。
 ひとまわり大きい俺の制服の中で第三王子が泳いでいた。
 手のひらまで余った袖がきているのを萌え袖に握り込み、小首をかしげ敬礼してみせる。
 俺は、やられた。カワイイなぁ、クソッタレ! 
 俺より貧しい王子が着てるのは、当然、外部生が手に取りもしないお仕着せの支給品。
 安物すぎて喜んで着るのは、田舎貴族のユンカースくらいだ。
 有り金のほとんどをつぎ込んだ俺自慢の特注お仕立て品の制服を王子に着せ、俺は王子の小さめの制服を着た。
 むちむちのぴっちぴちだ。苦しくて前がとまらない。割れた胸板がむき出し気味に胸元からのぞく。王子が頬ずりして口づけをするのがくすぐったい。
 あれだけ駆けずり回って、王子たちのケツまでたっぷり舐めたのに、こんな仕打ちってあるのか! 俺は田舎者丸出しのユンカースに逆戻りだ! 惚れた弱味だ! 畜生!
 ユンカース同士が制服を交換しても、がさつな士官学校の生徒は気づかない。洗濯物まちがえたかな、くらいだ。たとえ気づいたとしても。本人同士のひそやかな楽しみだ。
 第三王子が俺の制服を着て歩く。スキャンダルだった。王子は意に介さなかった。
 全校生に俺との交際を知らしめる行為だった。宿舎の外に出た俺たちをユンカースたちが剣を掲げ、三度の歓呼斉唱で迎えてくれた。第三王子が俺の手に指をからめる。俺は王子の手を握り返した。男娼ドゥカートの年貢の納め時だった。第三王子は全ての軍務を俺の制服を着て務めた。国王になっても。王子は生命尽きるその日まで、6時間以上、何があっても俺のそばを離れなかった。そう。王子の生命を奪ったのは、俺だ。



 第三王子の御用達はあっけないくらいに決まった。俺の着る服、俺の履くブーツ、俺が腰帯びる剣、俺がかぶる帽子、俺が喰うもの、俺が飲むものだった。
 王子は、女にはモテなかった。自分をキレイだと知っている女ほど、第三王子のそばは居心地が悪いらしかった。なぜかって? 
 王子よりキレイでカワイイ女なんかこの世にいるわけないだろうが? ああああん?
 王子は俺だけ見てればいいんだよ? なんだ、やんのかこら
 第三王子は商人の見栄張のための食事会に興味がなかった。
 第三王子は、街中や商人の店先で音楽会や歌、詩や物語の朗読に催した。費用は、商人たちにもたせ、大々的に協賛した商人たちに宣伝させた。席を売った金は、芸術家や音楽家や小説家たちに流れていった。俺の知らない世界だった。
 手にとって、見られるものしか俺は知らなかった。
 第三王子は、音楽や文学、芸術に造詣が深かった。皇太子はそういったものに興味がなく、家庭教師たちは第三王子にもてる全てを注ぎ込んでいた。
 それは、目に見えず、誰かが口にしなければなくなるもので、ひとたび発せられれば見たもの、聞いたものの心のなかに確かに残るものだった。
 音楽は王宮の中で限られた貴族のために奏でられるものだった。心を昂ぶらせ、人を勇気づけ、心の奥底になにかを残すものだった。もちろん庶民にも音楽や歌はある。
 それとは違うものだった。座席は、金を払ったもののものだが、聞こえてくる音楽や言葉は、すべての階級のひとのものとなった。商店の店先には、心に残る言葉が記されるようになり、人々の話す言葉が変わり始めた。
 第三王子は、人前で話すことを怖れなかった。哲学者と語り、音楽家と一緒に演奏し、歌った。人々は、王族が自分たちと一緒に歌う日が来るとは思わなかった。
 芸術家と同じキャンパスに一緒に絵を描いてみせた。描かれるのは、王侯貴族ではなく、金持ちでもない、季節と人々の街の情景だった。子どもたちが笑い、人々が幸せに働き、人生を楽しむ姿を描いてみせた。王子の行く先々に人々が集まった。
 王子が褒めたものを人々は買い求めた。王子が主催する演劇や音楽会に人々が集まった。
 仕事が街に増え、歌や絵で食べることのできる人間が増えた。噂を聞き、王都に人々が集うようになった。王子の言葉を聞きに。王子と一緒に歌うために。街に金が周りだした。
俺は、皇太子たちに輪姦され、尻を破られ、ベッドから蹴落とされ、ボコボコにされていた第三王子にこんな才能があるとは知らなかった。俺より貧しくて素寒貧で、いつも腹をすかせていた第三王子が、目に見えないなにか、形には残らなくても、人々を勇気づけ前を向かせ、心に残るものを与える力を秘めていたなんて想像もつかなかった。暴力と抑圧から開放された王子がかくも花開くとは知らなかった。王子の絵を飾った店先に人々は押し寄せた。王子の語った言葉を人々が口にし始めた。王子の歌った歌を、人々が歌い始めた。王都の空気を第三王子は変えた。王都の街角が、第三王子の色に染まろうとしていた。俺は、人生をかけて仕えるべき人を見つけた。そう確信した。第三王子こそが王になるべき人だと。


「戦争が始まりました。隣国が攻めてきたのです」
 暖炉の前の安楽椅子に王子を座らせ、ジェサップが口を開いた。
「その時、この国を治めていた王は臆病な方でした」
 王は、隣国の軍勢と対峙するとろくに戦いもせず、戦場から逃げ出した。王が近衛兵を連れ逃げ出し、皇太子と第二王子の軍勢が続いて逃げ出した。王国軍は総崩れになった。士官学校の1番出来の良い生徒を皇太子が引き連れていた。裕福で装備も整った外部生たちの一団だ。二番手を第二王子が、残りのユンカースたちを第三王子が率いていた。招集された軍勢の多くがなすすべもなく、隣国の捕虜となった。
「ドゥカート、キングスレイヤーのことを俺たちは当時、そう呼んでました」
 第三王子の一団は退却の混乱に巻き込まれた。第三王子に領地はなく、私兵もいない。
 王都で第三王子の軍に志願した市民と、士官学校のユンカースたちが故郷から連れてきた農騎兵の混成軍だった。ほとんどが戦争の経験がない若者だった。五百人ほどの一団だ。
 皇太子の軍勢は、退却する時に街道に木を切り倒し、遅滞用のバリケードをつくって追手を遅らせようとしていた。第三王子の軍がまだ通り過ぎていないのにだ。
 遅滞線にひっかかり、第三王子の一団は、遅れに遅れていた。背後には、隣国の騎兵隊の追手が迫っている。街道は山の麓を走っていた。ドゥカートは、一団を山の峰の向こうに隠した。そう高くもない山だ。街道の両側には、行軍の兵士がいつでも食べられるように果樹が植えられていた。追手の腹をすかせた誰かが山の稜線まであがってきでもしたら一巻の終わりだ。
隣国の騎兵隊がどろどろと馬蹄を轟かせ、駆け抜けてゆく。気づかれないことを誰もが祈った。後続の歩兵達の長い列が通り過ぎるまで生きた心地がしなかった。
「近衛兵士諸君。ドゥカートが言ったとき、俺たちは耳を疑いました」
 王は我らを捨てた。王都の高い城壁に守りを任せ、隣国が国土を蹂躙するに任せるつもりだ。冬になり、隣国との峠が雪に閉ざされる前に、隣国の兵が撤退するまで国土を略奪されるがままにするつもりだ。もはや我らに王はいない。我らの王は第三王子だ。
 今、街道は、敵の鈍足の輜重隊が進んでくるだろう。護衛もついているはず。
 戦場には友軍が捕虜となっている。奴隷商人たちが使える捕虜、身代金がとれそうな捕虜を選別しているはずだ。近衛兵士諸君! 我々は裏街道を通り、戦場に戻る。
 戦場には、奴隷商人の護衛たちしかいないはずだ。奴隷商人たちを蹴散らして、友軍を開放する。第三王子は、友軍をけっして見捨てない!
「誰もが無言でした。本当に奴隷商人の護衛しかいないのか誰もわからなかった。死地に向かってるとしか思えなかった。それでも街道に出て、敵の輸送隊の護衛と一戦交える度胸もなかった。逃げても略奪されるだけでした」
 戦場には、武装解除された友軍が座らされていた。はぎとった味方の武装を武器商人が馬車にのせ、奴隷商人が捕虜を鎖でつないで、後送しようとしていた。
「俺たちは必死でした。敵の軍勢が騒ぎを聞きつけ、いつもどってくるか。隣国の増援がいつ峠をこえてくるかもしれなかった。ただわかっていたのは、捕虜を解放し、武器商人から武器を奪って友軍をもう一度武装すれば、ここにいる隣国の兵士たちを数で上回ることができると」
 第三王子の一団は、かたっぱしから友軍を解放した。奴隷商人たちは、負傷兵や年寄り、商品価値を見いだせない捕虜の殺害を始めていた。やがて第三王子の一団は、解放した友軍をとりこみ、ふくれあがり、隣国の兵士を圧倒した。仲間を殺された友軍の兵士は、捕虜を一人もとらなかった。身分にかかわらず、とりあえず手にした武器で武装した軍勢が、第三王子を歓呼で迎えた。ドゥカートが友軍を見捨てる王などいらぬと演説をぶった。
「王都へ」
 第三王子の言葉に兵士たちが身分をこえて一つになった。
敵の輸送隊を襲い、補給をすませ、第三王子の部隊は、敵軍に背後から襲いかかった。
 王都の高い城壁に敵軍をおしこめ、挟撃した。隣国の軍勢は壊滅した。
 第三王子の一軍は、市民から歓呼をもって城壁内に迎え入れられた。
 王宮前広場には、皇太子と第二王子、それに国王の近衛兵たちが待ち構えていた。
 大臣が出てきて、第三王子とドゥカートの罪状を読み上げ始めた。
 軍令違反で死罪だった。第三王子と一緒に戦勝を喜び、パレードしてきた市民たちが静まり返った。ドゥカートが叫んだ。王は友軍を捨てた。第三王子は友軍を救い、敵軍を打払い、王都を取り戻した。第三王子こそが王になるべき人だと。
「You! All The King’smen!」
 ドゥカートは市民に呼びかけた。市民に王の臣民と。市民たちの中から、声があがった。
 第三王子が市民に語った言葉だった。市民の中から歌声が聞こえた。第三王子が歌った歌だった。第三王子の兵士たちも一緒になって歌っていた。
「ユンカース!」
 ユンカースが歓呼で応えた。王宮側の軍勢からも声があがった。外部生も第三王子に味方するぞと叫びがあがる。
 大臣がどうしていいかわからず、辺りをおろおろと見渡しはじめた。
 美々しく着飾った騎馬が一騎、王宮側から進み出てきた。鉄砲隊に構えと命じる。
 皇太子だった。市民に向かって、銃を向けろと皇太子は怒鳴った。
 王宮側の兵士たちが顔を見合わせる。市民のなかには自分の家族がいるかもしれない。
 撃て、撃たないか! 皇太子が金切り声をあげた。
 業を煮やした皇太子が弩を馬上で構えた。王家に伝わる伝説の弩だ。王家に仇なす全てを討ち滅ぼすと。古い時代の工芸品だ。芸術だった。皇太子が子供の頃から手にしていた。
 子供でも弦がひけるよう調整してあった。皇太子が子供の頃からそのままだった。
 皇太子が第三王子を狙って矢を放った。ドゥカートが皇太子をかばい、飛び出す。矢はドゥカートの右目を貫いた。弩が子供用に調整してあったから、矢は右目だけで止まった。
「ドゥカートを殺させるな!」
 第三王子の言葉を市民が叫んだ。第三王子のユンカースも王宮側のユンカースも外部生も、口々に叫んだ。乱戦が始まった。



「俺もあの戦いで右手を失いました。相手は、幼年学校からのダチでした。2人で一緒にずっとワルをやってました。あいつは、誰かが止めなければなりませんでした。あいつを止められるヤツは、俺しかいなかった。俺は、右手とダチを失いました」
 ジェサップは、なくなった右手をさするように中身のない袖をつまんだ。
 王と皇太子、第二王子や大臣とその家族、王の側についた貴族たちは、追放された。
 新国王には第三王子がついた。
「それで、どうしてキングスレイヤーは狂王と別れたんだ?」
「殿下のためです」
「僕のため? どうして? 僕が生まれる前の話だろう?」
「はい、新国王陛下となった第三王子は、お妃様をお迎えになられました。国家には王が、王家には男の世継ぎが必要です。キングスレイヤー、ドゥカートは王妃の子作りの邪魔でした」
 王妃は、ドゥカートを遠ざけるよう陛下に要求しました。ドゥカートもどこか地方に赴任しようと提案した。王は許さなかった。せめて王子が生まれるまでドゥカートを寝室にいれないことになった。王妃はドゥカートに、飛び切りのガミガミ屋の老女たちを差し向けた。ドゥカートの一挙一投足を笑い、なじり、言い返されると金切り声をあげ、脅されると年寄りに暴力をふるうと泣き叫んだ。いつまでも負けない宮廷の女の戦いにドゥカートはやつれた。
「キングスレイヤーは叔父上、王弟とつきあったのはなぜだ?」
「第四王子、王弟殿下と付き合うようになったのは、それからです。そうやって王妃様、殿下のお母上から逃れようとしたのでしょう。なにしろ王は、起きている間、ドゥカートが自分から離れることは許しませんでしたから」
 王子は、母が死んだときのことを思い出した。自分を犯そうとした狂王を止めようとして母は殺された。
『おまえが僕からドゥカートを奪ったんだ! 死ね! 死ねぇ!』
「王妃様のドゥカートへの嫌がらせは、殿下が生まれてからも続きました。終わったのは、心を病まれた先王が王妃を手にかけられた後、我々に王妃の女官たちを消すよう命じられたからです。我々、霊廟を守る傷病兵は、王の長い手でした」
 長い手。王の暗殺者。超人的な技術をもっているわけではない。むしろ健常者のようには動けない。彼らは部屋いっぱいに押し寄せる。あらがってもいい。戦って返り討ちにしてもいい。何人死んでもかまわない。特定の家にまかせては専横や家同士のいさかいのもとになる。傷病兵は、社会的に死んだも同然だったし、彼ら自身、死んではやくケリをつけたがってた。獲物はクッションかシーツ。大勢で囲んで窒息死させる。刃物を使って血を流さないのは、罪人の血で世界を汚させないためだ。一応、自死は許される。遺言、遺書の類は、対象がおとなしくなるから認められているが世にでることはない。破棄される。
 死体は、霊廟の農園の豚のエサになる。押し寄せる黒ずくめの傷病兵は、王の長い手だった。目撃したものには語らせる。噂となり伝説となった。
「殿下。ドゥカート、キングスレイヤーは、我々と同じユンカースで同じ学校に通い、二人の愛人を王にしました。第三王子と第四王子のお二人です。学生時代、第三王子、殿下のお父上は、我々ユンカースより貧しく、皇太子にいじめられていました。第三王子が王になれたのは、ドゥカートがいたからです。行き場のなかった我々傷病兵に霊廟の世話を許すよう話をつけてくれたのもドゥカートでした。あいつは戦友を見捨てませんでした。俺たちはもう使い物にならないです。誰も見向きもしない厄介者の俺たちにあいつは居場所を作ってくれたんです。俺たちは、あいつのことをキングスレイヤーとは呼びません。キングメーカーと呼びます。殿下、もしかしたらあなたで3人目です」
 ジェサップは、ウインクしてみせた。

 殿下、俺はガキの頃から根っからのワルでした。身体も大きく、力も強かった。道を歩いて誰かをよけたことなんてありませんでした。大人を怖いと思ったこともないです。バレなきゃいい。弱いやつからは奪っていい。勝手に人を見下して決めつけて奪いました。 性欲も強く、嫉妬深く、自分よりも少しでも良いものをもってるヤツは許せない。幼年学校で同じようなワルとつるんで、目立つヤツ、家柄のいいヤツ、金持ち、頭のいいヤツ、犯しまくりました。そいつらのケツが破れて、クソが垂れ流しになって、首つる羽目になってもなんとも思いませんでした。弱いのが悪いとしかおもいませんでした。ドゥカートは、俺たちがいじめぬいたヤツらを見捨てませんでした。破れたケツをぬってやってました。俺たちは、ドゥカートを馬小屋に呼びつけました。あいつをマワすつもりでした。俺たちが馬小屋に行くと、それまで俺たちがいじめていたヤツ全員が襲い掛かってきました。俺たちはこてんぱんにされ、マワされ、ケツを破かれました。一生、糞漏らしの垂れ流しです。約束の時間通りに、あいつがやってきました。あいつは俺たちのケツを、一時間以上かけてぬいつくろってくれました。殿下、この世には、ギヴァー、与える者とテイカー、奪う者がいると俺は思っています。俺は、テイカーです。ドゥカートは、ギヴァー、与える者でした。あいつは、貧乏なユンカースにどんどん自分の物を与えてました。服、ブーツ、武器。あいつに班長や隊長の順番を譲ってもらって、親に自慢できたヤツは士官学校にいくらでもいます。今いる将軍や大臣なんかも、あいつが席を譲ったからなれたようなもんです。あいつは、近衛隊長以上の職を望まなかった。王のそばにいること以外願わなかった。テイカーは、カップを逆さにしたようなものです。器じゃないんです。何も受け入れず、覆いかぶさって成長させない。
 ギヴァーを見つけると、ずっと相手の弱味、欠点を指差し続け、なぶり、痛めつけ、自分を価値のないものと信じ込ませます。本当に価値のないものなら最初から相手になんかしません。価値のあるものを自分より下に引きずりおろしたいからです。自分より優れた人間がいることに耐えられないからです。自分より得をする人間がいるんじゃないか、いつも不安にかられて許せないんです。
 とにかくなんでも良いから相手を見下して自分を安心させたいんです。
俺と一緒にワルをやっていたダチは、皇太子に付きました。皇太子は、テイカーです。 自分がされなきゃどうでもいいんです。皇太子だから周りの人間は全部おもちゃです。 皇太子たちがお父上をいじめたときに、何をしたのか大体のことは想像がつきます。ドゥカートは、お父上を皇太子から救い出しました。あいつはギヴァーです。あいつも貧乏人のユンカースです。なのに、お父上に与え続けました。お父上は、心狂わされるまで名君でございました。テイカーは、奪い、人を枯らします。ギヴァーは、与え、人を育てます。テイカーは行き過ぎた自分の行動でいつかしっぺ返しを喰らいます。皇太子は国を追われました。俺は、右腕と引き換えにダチを殺すしかなかった。
 殿下はお若い。生きている限りまだ選べます。ギヴァーか、テイカーか。
 あいつはキングスレイヤーになりました。銀の弾をぶちこまれない限り、不死身です。
 もう年もくいません。殿下がヨボヨボのジジイになるまであいつは、そばを離れないでしょう。殿下を愛し与え続けるでしょう。殿下は、あいつに何を与えます? あいつから何を奪います?
ジェサップは、暖炉に薪をくべた。
 黙ってジェサップの話を聞いていた王子が口を開く。
「これは叔父上、王弟の侍医が父の心を狂わせた薬だ。父上は、たぶん母上との問題でドゥカートとうまくいかなくてずっとふさぎこんでいた。気鬱を治すためにいろんな薬をためしていた。叔父上は父に一服もって狂わせたのだ」
 ジェサップは、目を見開いた。王子が示す毒の小瓶を食い入るように見つめる。
「王弟殿下、新国王陛下、第四王子は、子供の頃から知っています。士官学校で我々ユンカースが幼い第四王子が遊び相手を務めていましたから。第四王子は、すぐに人のものを盗みました。必要だから盗むのではないです。売ったりするわけでもないです。そうやらないと大人の気を引けないからです。おかわいそうなさみしい方でした。子供の他愛のないいたずらでした。盗んだものは、とくに使うわけでもなく、からかった相手の反応に興味をなくしたら、捨てていました。我々は宿舎に捨ててある落とし物を表にして張り出し、仲間の誰かが何かをなくしたら探してやってました。みんなだいたいなにか第四王子に盗まれて、鬼ごっこに飽きたら捨てられていたからです。第四王子はテイカーです。奪うことはあれ、与えることはないでしょう。おそらくは、この国も、政治も、国民も。先々代の臆病な王様のように自分がされなければどうでもいいで、友軍を見捨てて城壁の中にひきはらうような真似をなさる気がします」
 王子はジェサップの目を見据えた。
「僕は民を見捨てたりはしない! 僕は正義を示したい。父を狂わせた罪を償わせたい」
「メーカーが、ドゥカートが殿下を支持するなら俺たちも殿下を支持します」
「でも、キングスレイヤーは、父を、狂王を殺したんだ!」
「はい。我々はあの日、王弟殿下に呼ばれていました。我々は、狂王陛下を弑したてまつるがために呼ばれたのです。あの日のことは、忘れられません。メーカーは、ドゥカートは、三日三晩、殿下を抱き、守っていました」



「何を言っている! 王様なんだぞ! 俺が治してみせる! だから時間をくれ」
 追放した皇太子たちが軍勢を率いて侵略してくるとの情報が流れていた。
 王弟は、狂王を殺害して、自分が王位につくべきだと主張した。
 狂王はもはや、政治や軍務につける状況ではない、と。
 国の恥をさらすな。狂王は国を滅ぼす。
 霊廟から黒ずくめの傷病兵の一団が呼ばれた。ドゥカートは、狂王を抱き、なで、さすり、口づけをし、抱いた。狂王は、ほうけてよがり、ドゥカートを求めつづけた。
 王弟が私兵を連れて押し寄せ、ドゥカートと激論になった。
「ドゥカート」
 狂王が自分を呼ぶ声に、ドゥカートは歓喜した。
「僕は、もうダメだ。前みたいに考えることが、できない。ドゥカート、僕の全てを奪ってほしい、ドゥカート。おまえになら僕の全てを捧げられる。あ、ああ、もうダメだ。考えを思考を維持できない、あ、ああ」
 わずかに正気を取り戻した狂王の瞳から、光が消えた。
 よだれをながし、股を開き、ドゥカートに尻をひろげて誘う。
 あぅあぅと発せられる声に知性は感じられない。
「よるなぁぁぁ。近寄るなぁ。聞いたか、王の言葉を! この方の喜びも悲しみも痛みもすべて俺のものだ! 俺だけのものだ! おまえらなどにかけらも渡さん!」
 ドゥカートが剣をふりまわした。黒ずくめの傷病兵たちが下がる。
「殿下」
「あー、うー、だぁ」
 狂王が笑った。無邪気な無邪気な美しい笑顔だった。
 何の苦悩も感じられない。幸せな幸せな笑顔だった。
 ドゥカートを見て、満面の笑みを浮かべ、両腕を広げる。
 ドゥカートが歯を喰いしばった。何度も何度も剣を握り直し構え直す。
 ひざがくだけ、よろめき、汗が飛び散った。
 ドゥカートが剣を振りかぶった。
 剣を投げ捨てる。狂王にかけより、首を抱きしめた。
 血をふきあげて、狂王の身体が横倒しになった。
 ドゥカートの腕の中に首だけを残して。
「王様、痛かったでしょう、辛かったでしょう! 王様、王様ぁぁぁ。うわぁぁぁあ」
 ドゥカートは狂王の首を抱き、慟哭した。



「殿下、俺はクズです。誰かに愛されたこともなければ、誰かを愛したこともない。でも、俺は愛を見ました。あれが、愛でなければなんだって言うんです? 俺はあいつがあのままあそこで死んじまうのかと思いました。あいつの泣き叫ぶ声が忘れられません」
「どうしてあいつは、死んでしまわなかったんだ!」
「それは、新国王陛下が殿下の死をお命じになられたからです」
 王子は、腹の底からこみあげてくる熱いものに突き動かされ立ち上がった。
 狂王の死を、父の死に様を王子は隠れて見ていた。王弟の言葉に顔を上げ、ドゥカートが抱いていた狂王の首を置き、投げ捨てた血刀を拾い、立ち上がるのを見た。
「王弟殿下! 殺すのは王だけの約束のはず! 王弟殿下!」
 王弟にすがり、抗議するドゥカートの声を聞き、慌てて自室に隠れたのだ。
 そして、ドゥカートは王子の無事を確かめ、見逃し、兵士たちを遠ざけ、逃げられるようにしたのだ。
「ドゥカートは、父を、狂王を愛していたのだな」
 王子はあの時、自分が生きることで精一杯で、見えなかったことを気づかなかったことを確かめた。
「はい、殿下。それはもう、間違いありません」
 王子の瞳に、燃え盛る暖炉の焔が宿った。腹の底から怒りがこみ上げてくる。
 ドゥカートが自分以外の誰かを愛している。
 たとえ、それがすでに死んでいるものだとしても許せなかった。
「あいつは、ドゥカートはどこにいる?」
「おそらくはお父上の石棺のところでしょう」
「ドゥカートぉぉぉ!」
 止められない嫉妬の焔が吹き出した。王子は駆け出していた。



ドゥカートは、士官学校の制服に顔を埋めていた。狂王の衣装棚で見つけたとき、心臓が張り裂けるかと思った。学生時代全財産を注ぎ込んだ制服だ。
 第三王子と交換した制服だ。第三王子が王になっても軍役中は身につけていた制服だ。
 狂王の大理石の石棺に浮き彫りにされた王様にかける。狂王のデスマスクは、実物とはくらべものにならない。それでもドゥカートの犬の鼻は、狂王の、主の匂いを嗅ぎ取っていた。泣きたかった。自分で自分の鼻先を殴っても、涙ひとつこぼれない。
 ドゥカートはキングスレイヤーだ。狂王の葬儀に棺を担ぐことすら許されなかった。
 泣けない。短銃を抜いた。口にくわえる。
 このまま引き金を引いたら、王様のところにいけるだろうか。
 聖堂の地下へと続く扉が開いた。王子が聖堂へ駆け込んできた。
「ドゥカート!」
 王子がドゥカートに飛び蹴りを喰らわす。ドゥカートの口からこぼれ、とりこぼした短銃がお手玉のように踊り、両手の間を泳いだ。慌てて掴んだ歯輪銃が暴発する。
 鉛玉を歯で止め、吸い込んだ硝煙でむせる。ドゥカートは鉛玉を吐き捨てた。
「危ないじゃないですか、王子! 王子に当たったらどうするつもりですか」
「僕をおいて死ぬなんて許さないぞ!」
 王子がドゥカートをめったやたらにぶん殴った。
 不死身の狼の傷はすぐに治る。
「僕を好きって言え、言うんだ、言わないか」
 王子が泣いていた。
「王子」
「狂王は、父上は僕より良かったのか」
「殿下」
「言え!」
「そんな比べるようなものではないです」
「きれいごとを!」
 王子の目から涙がぼたぼたとこぼれ落ちた。
 横をむいて、涙をぬぐう。
「見るな! 目をつぶれ! 向こうをむいてろ!」
 ドゥカートは左目をおおい、言われたとおりにした。
 王子は、大理石の石棺の彫刻に載せられた制服を見つめた。狂王が士官学校の生徒だった頃、ドゥカートと交換して死ぬまで使い続けた制服だとジェサップが言っていた。
 王子は、ボタンを外し始めた。



「良いぞ! 目を開けろ!」
 ドゥカートは、目を見開いた。王子が自分の制服を着て立っていた。
 大きく余った袖を手のひらで萌え袖ににぎりこむ。
 小首をかしげてドゥカートを上目づかいで見つめた。
 あの日、初めて第三王子と愛し合った日、照れくさそうに制服の交換を申し入れた頃の第三王子と同じ顔をして、王子が立っていた。
「どうだ?! 似合うか?! さあ、父上と僕とどっちが上だ?」 
 ドゥカートはあの日からずっと心につかえていた言葉を口にした。
 ずっと言えなかった言葉だ。ずっと言いたかった言葉だ。
「王子。王子、好きです。王子、愛してます」
 ドゥカートが王子の胸にすがりついた。ドゥカートは声をあげて泣いた。
 言えた。やっと言えた。第三王子は、たしかに俺に、好きって言うことを教えてくれていたんだ。泣ける。呪われた俺も泣けるんだ。穢れた俺にも涙があるんだ。
「はは、ドゥカートが泣いたぞ。よしよし、いい子だ」
 王子は、ドゥカートの頭をぽんぽんした。ドゥカートの嗚咽がやむまで頭をなでた。
「ドゥカート。ここで、父上が見ている前で。僕を抱け。僕を好きだって証明しろ」
 王子に見下され、ドゥカートの背筋がぞくりとした。たっぷりと王子の匂いを吸い込む。
 股間が鎌首をもたげた。
「王子、よくも俺を泣かせてくれましたね。おしおきが必要ですね」
 王子の髪を掴んで、自分の股間に押し付ける。
「王子、さあ、ボタンを外してとりだしてください」
 王子がたどたどしくボタンを外し始める。猛々しいものがそそり立った。
 王子が冷たい指をはわせた。目を背ける王子の髪を掴んで、ドゥカートが王子の唇にゆっくりと入ってゆく。
「俺の楽しませ方を覚えてもらいますよ、王子。さあ、こっちを向いてください。王子は俺だけ見てればいいんです」
 王子は言われたとおりに、吸い、甘く歯をたて、音をたててしゃぶった。
 ドゥカートがうめいた。王子の口に白濁をそそぐ。
 王子の唇とドゥカートの間に、唾液が透明な糸橋をかけてきらめいた。
 ドゥカートが王子の唇を開かせた。王子の口の中の白濁を見つめる。
「こぼさないで。全部のみこんで」
 王子が喉をならしてのみこんだ。唇を開いて、飲み込んだ証拠をみせる。
「王子、唇できれいにしてください」
 王子がきれいになめとった。ドゥカートの中にのこったものを吸い出す。
 王子は、うっとりとドゥカートにほおずりした。横ぐわえして下をはわす。
「王子、限界です。我慢できません。王子を味あわせてください」
 王子が狂王の石棺に両手をついた。今度は、王子が泣く番だった。
 王子が見返った。肩越しにドゥカートが自分の身体を舐めしゃぶる姿を見つめる。
 目尻を桜色に染め、妖艶に微笑んだ。
 父である狂王を狂わせ、国を傾けさせる微笑みだった。


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