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きさらぎ村③
しおりを挟む高級旅館顔負けの料理と温泉を堪能した藤堂さん達がぐっすりと眠っているのに対し、色々考え事をしていたせいなのでしょうか。
私だけは寝付く事が出来ないでいました。
散歩したら眠れるかも知れないと思った私は外に出る事にしました。
「喉が渇くかも知れないから財布は持って行った方がいいわね」
電話やTVがないとはいえシーリングライトはあったのだから自動販売機くらいあると思った私は、通学で使用しているリュックを背負い眠っている三人とおじさん夫妻を起こさないようにそっと出て行きました。
満天の星とはこういう事を言うのでしょうか。
「綺麗・・・」
自分が住んでいる場所では見る事が出来ない星空に思わず感動してしまった私は、リュックからスマホを取り出して写真を撮りました。
暫くの間、おじさんの家の玄関先で星空を眺めていたのですが、突然、遠くの方から幾つかの火の玉が見えてきました。
(まさか・・・人魂!?)
実は私・・・この世の者でない存在が見える人で、霊感というものを持っているのです。
ああいう存在に見つかったらやばい状況に陥ってしまう事を、身を持って経験していますので、私は咄嗟に庭先の茂みに隠れました。
火の玉がこっちに向かって近づいてくると共に幾つもの足音が聞こえてきました。
どうやら火の玉の正体は人魂ではなく松明のようです。
やがて足音はおじさんの家の玄関の前で止まりました。
こんな夜更けに松明を持って人の家を訪ねるなんておかしいと思いながらも、私は茂みの中から玄関の前の様子をそっと窺う事にしました。
「村長、準備は出来たか?」
「ああ、出来ておる。そっちの方はどうじゃ?」
「こっちの方も準備が出来ている。後は美しい娘を祭壇に供えればいいだけじゃ」
「それは上々。一時はどうなるかと思ったが、これで今年もきさらぎ村は安泰じゃ」
美しい娘?
祭壇?
もしかしたら、彼等は藤堂さん達のうち誰か一人を生贄として奉げるという事なのでしょうか?
今ここで姿を現したら間違いなく殺されると思った私は、村の男達がおじさんこと村長の家に入っていく様子を、ただ固唾を呑んで眺めている事しか出来ないでいませんでした。
(ほ、堀川さん!?それに──・・・)
村長の奥さんが作ったという晩ごはんには遅行性の睡眠薬でも仕込まれていたのでしょうか。
男達によって担がれているのに、堀川さんだけではなく藤堂さんと竹本さんが一向に目を覚ます気配を見せないのです。
「義和と隆治は儂と共に百合という娘を祭壇に運べ。残りの者達は霞と菫という娘を例によって例の如く百花楼の女将に渡せ」
あの女将に任せておけば数日もしないうちに二人を立派な商品・・・・・・いや、男達の慰み者にしてくれるだろうて
「年に一度の大事を終えたら後は好きなように過ごせ」
村長の言葉に村の男達が歓声を上げる。
百花楼が何なのか分かりませんが、そこに連れて行かれる竹本さんと藤堂さんも気になりますが、何かの儀式の生贄として祭壇に連れて行かれる堀川さんが殺されるのではないか?という不安もあります。
祭壇がある場所に行けば、きさらぎ村の秘密を探れるかも知れないと思った私は、周囲の様子を確かめ茂みから出ると村長達を尾行する事にしました。
鬱蒼と生い茂る森を通り抜けたかと思ったら岩山を登ったり、まともに整備されていない道を歩いているうちに村長達は目的の場所に着いたのでしょう。
私は村長達に見つからないよう近くの岩に身を潜めながら彼等が何をしているのかをそっと覗いてみる事にしました。
そこには神様を祀っている神社と、人一人が横になれそうな大きさの石があるだけでした。
おそらく大きな岩が村長達の言う祭壇なのでしょう。
村長達は祭壇に眠っている堀川さんを寝かせると、そのまま去って行きました。
神社から恐ろしい何かが出てきて堀川さんを食べるのでしょうか?
それとも自分が住む世界へ連れて行くのでしょうか?
ギ・・・
ギギギ・・・
村長達が離れてから間を置かずに本殿の扉が開き中から一人、また一人と誰かが出てきます。
本殿から出てきた者達はTVや雑誌で目にするイケメンタレントや俳優とは比べ物にならない美しくて精悍な顔立ちをしています。ですが、頭には角が生えているので彼等は昔話によく出てくる鬼である事が容易に想像出来ました。
『一時はどうなるかと思ったが、これで今年もきさらぎ村は安泰じゃ』
鬼はきさらぎ村を護る
その代償としてきさらぎ村は百合を──鬼への生贄として年頃の娘を差し出す
祭壇
美しい娘
鬼
そして玄関先で村長が言っていた言葉
全てが一つに繋がりました。
「今年の娘はまあまあだな」
「霊感のある生娘の方が好ましいのだが、こればかりは時代の流れだ。・・・・・・仕方あるまい」
神社から出てきた鬼は全部で五~六人程でしょうか。
彼等は眠っている堀川さんを囲みながら話をしていました。
私としては一分一秒でも早くこの場から立ち去りたかったのですが、そうしたら自分が鬼に見つかるのは必至で、状況によっては殺されるかも知れません。
私は幽霊が見えるだけの人間で、漫画やゲームに出てくる陰陽師や退魔師のように戦う術や鬼から身を護る術などないのです。
ここは、ぐっと堪える事に徹しました。
鬼達は堀川さんを抱き上げると本殿の中へと消えていき、それと同時に扉も音を立てて閉じていきました。
何とか鬼達に見つからずに済んだ私は緊張の糸が切れて力が抜けたのか、その場に座り込んで大きな溜め息を漏らしてしまいました。
だが、このような場所にいてはまた鬼が現れるかも知れないし、もしかしたら村の人達に見つかってしまう可能性もあるのです。
(お父さん!お母さん!)
両親と友人、そして親しい人達の顔を思い浮かべながら暗い夜道で何度も躓いては出来た擦り傷に構う事なく、マラソンをしていたら誰もが経験したであろう脇腹の痛みに襲われていたのですが、それでもただ只管に、きさらぎ村の出口を目指して走り抜けました。
どれくらい走ったのか分かりません。
突然目も眩むような光が私の目の前に現れました。
あの光を通り抜けたら家に帰れるかもと思った私は、身体が疲れているにも係わらず力を振り絞って駆けて行きました。
そして、眩い光に包まれた私は、そのまま気を失ってしまったのです。
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