ノスフェラトゥ

白雪の雫

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⑨パリスの最期-2-

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 王都の大通りを、一人の男が牽く罪人用の馬車がゆっくりと歩く。

 その馬車には薄汚い一人の男が猿轡を噛まされている上で手足が縛られた状態で座っていた。

 言うまでもなく男はパリスである。

 「あの男が王妃様を略奪したパリス王子、いや元王子・・・なのか?」

 「男らしい陛下と比べたら随分と貧相な男だな」

 「王妃様はあんな男のどこが良かったんだろうな?」

 「顔、か?」

 「いや、それはないだろう」

 「確かに」

 「貴様が王妃様を奪わなければ!」

 「お前のせいで、あたいの父ちゃんが死んだんだ!」

 「私の息子を返して!」

 「俺の弟を返せ!」

 (貴様等!私を誰だと思っている?!ハーネット王国の第四王子にしてメディクス王国の次期国王なのだぞ!その私にこのような無礼を働いてもいいと思っているのか!!?)

 インフェル王国の市民の罵声と憎悪だけではなく、彼等が投げてくる小石を身に受けているパリスは未だに自分が置かれている立場を理解していないのか、心の中で不平不満を零す。

 民衆の罵声と投石のせいで予定より遅れてしまったが罪人用の馬車は、今回は国王夫妻も見物するという事で二人の為に設けた処刑の場となる闘技場へと到着した。

 中央に設置されている処刑台の階段を登った先には死刑執行人が斧を手にして立っている。

 (い、嫌だ・・・。し、死にたくない!!)

 執行人の一人が罪人に『さっさとを登れ』と先を促すのだが、自分の死を肌で感じ取ったパリスは恐怖で足が竦んでいた。

 「仕方ないな」

 死を前にした罪人が恐怖で身体が動かないのも、命乞いをするのもよくある事だ。

 心情を察した執行人は、処刑から逃れようと暴れるパリスを抱えて処刑台へと足を進める。

 「罪人の指を切り落とせ!」

 役人の一人の指示に従い、死刑執行人が二人の男によって押さえ付けられているパリスの指に斧を振り落とす。

 パリスの指が切り落される度に、民衆からは大歓声が沸き起こる。

 国王であるディオメテスとヘレーネは声こそ上げないものの、民衆達と同じように今回のショーを楽しんでいる。

 処刑や拷問は、民衆にとって他人の不幸を味わう娯楽の一つでもあるのだ。盛り上がらないはずがない。

 斧を手にしている執行人が手の指全てを切り落すのを見届けた執行人の一人がパリスの猿轡を外した後、ズボンと下穿きを下ろす。

 きゃっ!

 いきなり粗末な一物が瞳に飛び込んできたものだから、見物に来ていた女達は慌てて掌で自分の目元を覆い隠す。

 悲鳴を上げつつも、彼女達の指が開いているのは愛嬌(笑)として見逃して欲しい。

 「ハーネット王国の元王子様のあれ・・・凄く小せぇな」

 「しかも、皮が被っているじゃねぇか!」

 「あんな粗末なブツで女を満足させられるのか?」

 「俺が女だったら、満足しねぇよ!」

 「そりゃそうだ!」

 「成人を迎えていないうちの息子と同じ・・・いえ、それよりも小さいわ」

 「どう見てもあれは・・・男として気の毒よね~」

 普段のパリスであれば、自分の一物を嘲笑した観客達に対して権力を駆使しただろう。

 しかし、今のパリスは無力な罪人でしかない。

 斧からナイフに変えた執行人が躊躇う事なくパリスの局部を切り落す。

 「元王子様が元王女様になってしまったな」

 血塗れになっている股間を目にした観客の一人に両隣にいた者が思わず吹き出してしまう。

 湖の上に落ちた小石が小波となり、それが大波となるように、一人が発して広がった言葉はやがて観客達の間に笑いの渦が生じた。

 指に局部、腕、足──・・・執行人が切り落とす度に劇のクライマックスを迎えたかのような歓声が沸き起こり、大気が震える。

 (クリュライムネストラ!メディクス王国の次期国王たる私が危機に陥っているのだ!早くインフェル王国に来て傷を治さぬか!!全く、使えぬ女だ!!)

 「罪人の首を切り落とせ!「待てっ!!」

 死刑執行人が達磨状態で虫の息となっているパリスの首に斧を振り落とそうとしたその時、ディオメテスが声を上げて止めに入る。

 観客席から立ち上がったディオメテスが、妻を奪われた男の恨みを晴らすべく処刑台へと歩を進める。

 「この罪人の止めを刺すのは私の役目だ・・・」

 ディオメテスの思いを察したのか、役人と死刑執行人は舞台から降りた。

 「パリス、お前の娘だが・・・」

 子供を産めない身体にした上で娼館に売った

 あの娘はヘレーネに似ているから、数年も経てば売れっ妓になるであろうな

 (!!)

 ディオメテスの言葉にパリスの瞳が驚愕で大きく見開く。

 「き、貴様、には・・・ひ、人の心と、いうものが・・・ないのか?!」

 もし、この場に国の為に命を落としたバルバガイツが居たらパリスにこう言っていただろう。





 産まれてから一度もメリンディアを抱いた事がない、しかも幼い娘を捨ててメディクス王国に亡命しようとしたお前がそれを言うか!?





 と──・・・。





 「人の心など・・・貴様のように他人の妻を奪う屑に対して抱かぬだけだ!!!」

 息も絶え絶えに問うてくるパリスに怒りの形相を浮かべて答えたディオメテスは、妻だけではなくインフェル王国の民の命を奪った男の首に向けて剣を振り落とす──・・・。






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