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⑨パリスの最期-1-
しおりを挟む勝利の美酒に酔い痴れるインフェル王国に二人の男がやって来た。
一人は長身の美丈夫で、一人は何日も風呂に入っていない事が一目で分かるくらいに汚れている中年の男だ。しかも、中年の男は猿轡を嚙まされた上で縛られている。
美丈夫はレオパルド、汚れている中年の男はパリスだ。
王宮の正門を守る兵士達に『パリスを捕まえた』と告げると、兵士達は二人をディオメテスの元へと案内する。
「面を上げよ」
玉座に腰を下ろすディオメテスの言葉に従い、レオパルドが頭を上げる。
ほぅ~っ・・・
(何て素敵な殿方なのかしら・・・)
(ヘレーネ・・・君は今でも私を慕ってくれているのだな・・・・・・)
自分に目を向けているヘレーネの顔が赤く染まっているという事実に、パリスは何故、彼女と娘を捨ててメディクス王国へ逃亡しようとしたのかと後悔している。
パリスはこう思っているが、事実は大いに異なる。
格好は平民のものだが、隠す事が出来ない気品と雰囲気が、彼はおそらくどこかの国に仕える名のある騎士だろうと推測しる、ディオメテスの隣にいるヘレーネがレオパルドの顔を見て頬を染めているのだ。
(あの殿方は、どのようにして女性を抱くのかしら?)
全てを包み込むように優しく?
身を焦がすように激しく?
(あの男が欲しい・・・)
夫と、嘗ての求婚者達のみならず、自分を略奪したパリスなど足元にも及ばない美丈夫のレオパルドに組み敷かれているところを思い描いているヘレーネは、雌としての本能と自身の身体が疼くのを抑えられないでいる。
ゾクッ!
(何だろう?今、物凄く悍ましい思念を感じたような・・・)
サクリフィス大陸の冬でも極寒の地と名高い場所として有名な村と同じくらいの寒さを感じたレオパルドの顔から血の気が引いていく。
「そなたに聞きたい事がある」
ディオメテスが跪いている美丈夫に問う。
指名手配していたパリスはどこにいたのか?
それだけだった。
「彼の者・・・罪人パリスはメディクス王国の国境付近をうろついていました。おそらく、嘗ての婚約者であった聖女様を頼ろうとしていたのだと思われます」
「メディクス王国・・・嘗ての婚約者・・・クリュライムネストラ王女の事か」
自ら婚約破棄をしただけではなく、王女をハーネット王国から追い出しておきながら彼女の生国に頼ろうとは随分と虫が良すぎる話ではないか
呆れて物が言えぬと、ディオメテスが大きな溜め息を漏らす。
「だが、クリュライムネストラ王女は十年以上前に行方不明となっているのだ。おそらく王女はもう・・・・・・」
母君だけではなく伯母に当たる女王が嘆いている噂を耳にしていると言葉を継ぐディオメテスに『それは違う!あの淫売は生きている!妖魔を相手にする娼婦なんだ!』と、パリスは玉座に座る二人に視線でそう訴えるのだが、罪人の訴えが届くはずなどない。パリスを無視する形でディオメテスが話を進める。
「そなたには関係のない話であったな。では、褒美を取らせよう」
ディオメテスが二回掌を叩くと、側近が金貨の入っている革袋を載せたトレイを持ってきた。
「有難く頂戴いたします」
「待って下さい!」
恭しく頭を下げて褒美を受け取ったレオパルドは謁見の間を出て行こうとするのだが、そんな彼をヘレーネが呼び止める。
「貴方は名のある騎士とお見受けいたします。どうか、わた・・・我が国に仕えませんか?」
(こいつか!先程感じた悪寒の正体はこいつのものだったのか!)
サクリフィス大陸侵略の尖兵としてやって来た【聖女】と名乗る人間の女は、レーヴェナードと自分の姿を目にするなり頬を赤く染めていた。
ヘレーネも例外ではなく、レオパルドを前にしているからなのか、彼女の頬は恋する乙女のように赤く染まっている。
(醜い・・・。この女は醜い!王后様とは雲泥の差ではないか!!)
傍から見れば今のヘレーネは、男であれば護ってやりたいと思う程に儚げで頼りなげな庇護欲をそそる少女のようであった。
だが、今の彼女が浮かべている笑みは【自分は男から愛されて当然】【男であれば自分に夢中になって当然】という心の醜さがでているからなのか、グールよりも醜悪で腐臭を撒き散らしているものとしかレオパルドの瞳には映っていない。
しかしそこは王族に仕えているからなのか、レオパルドはそれを面に出す事なく、どんな思わず女もポ~ッと頬を染めてしまうような魅惑的な笑みを浮かべながら、自分の為に苦労させた老母と妻を労わりたいとだけ伝えると王宮を出て行く。
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