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⑧日本の朝食-4-
しおりを挟むご飯・豆腐とネギの味噌汁・卵焼き・焼き鮭・きゅうりの浅漬け
これが美奈子の希望する、今の自分が食べたい日本食だった。
どう考えても朝食としか思えないメニューだが、現代の日本のカフェは夜になってもモーニングを出すので問題ないのだ。
ネットスーパーで必要な食材を購入した紗雪は、ある重要な事を思い出す。
(この世界に炊飯器ってあったかしら?)
持ち運びが出来る二口コンロや冷蔵庫があるのだから炊飯器があっても不思議ではないという感覚でいたのだが、よく考えたら一度も目にしていなかった事を思い出した紗雪はレイモンドに尋ねる。
「スイハンキ?何だ、それは?」
「基本はご飯を炊く為の調理器具よ。使い方次第ではケーキも作れるのだけど・・・ここにはないのね」
レイモンドの答えに紗雪は力を落とす。
炊飯器がなければ土鍋でご飯を炊くしかない。
紗雪はネットスーパーで土鍋を購入すると、侯爵家の料理人達の視線をひしひしと感じながら米が入っているボウルに水を注ぐ。
最初はすすぐ程度。次は優しくかき混ぜるくらいの力加減で米を研いでいく。研ぐ事、数回。三十分くらい水に浸してから土鍋で炊くのだ。
(おこげ♪おこげ♪鍋底のおこげって美味しいのよね~♡)
(土鍋でご飯を炊いた時に出来るおこげを期待されてる!!!)
美奈子の心の声を聴いてしまった紗雪は思わず心の中で絶叫してしまっていた。
米を水に浸している間に、紗雪は出汁作りに取り掛かる事にした。
まずは袋から取り出した煮干しの頭とワタを取り除く。
これは生臭さの原因になるので取り除かなければいけないのだ。
顆粒出汁を使えば簡単なのだが、半世紀以上も日本食に飢えている美奈子の事を思えば味噌汁にも手間をかけた方がいいだろうと思い、今回は煮干しを使う事にした。
後は頭とワタを取り除いた煮干しを三十分くらい水に浸し、それを沸騰させて出汁を取る。
「紗雪殿、俺に手伝える事はあるか?」
一人で何品も料理を作っている紗雪を見て思うところがあったのか、或いは初めて目にする日本食に対する興味なのか、レイモンドが声を掛けてきた。
「レイモンドさん?!・・・侯爵令息なのに、料理が作れるの?」
「紗雪殿ほどではないが、それなりに」
侯爵令息として育った人間が料理を作れるという事実に、紗雪は驚きの声を上げる。
「それで?俺は何をすればいいんだ?」
「そうね・・・。鮭に塩を振って十分くらい置いてから魚焼き網で焼いて貰えないかしら?」
ネットショップで購入した鮭の切り身には塩がついていなかった。
そのままだと味気ない事と余分な水分を除く意味で鮭に塩を振って欲しいと、出てきた水分はキッチンペーパーで拭って欲しいとレイモンドに指示を出す。
「分かった」
(平民の分際でレイモンド様を顎で使うとは!)
(異世界人は身分というものを理解していないのか!?)
「・・・・・・・・・・・・」
レイモンドが小娘の指示通りに動くのを目にした侯爵家の料理人達は異世界人の若い娘に非難の目を向けるが、手伝うと言ったのは彼自身なのだから自分を礼儀知らずとか、侯爵家の三男を顎で使っている目で見ないで欲しいとだけ笑顔で伝えると、何で自分達の思っている事が分かったのだろう?と言わんばかりに彼等の顔から音を立てて血の気が引いていく。
待つ事十分
キッチンペーパーで鮭から出てきた水分を拭うと、コンロの上に魚焼き網を置いて鮭を焼いていく。
「これよ・・・。これが日本食なのよ」
「母上、涎が・・・」
出来上がる日本食を想像している美奈子の口端から涎が垂れていたので、見咎めたランスロットがハンカチを渡す。
そうしているうちに鮭が焼けたので、レイモンドは紗雪がネットショップで購入した魚用の皿に盛り付ける。
料理は器も大事なのだ。
「紗雪殿、次は何をすればいいんだ?」
「卵を溶いて貰ってもいいかしら?」
「ああ」
紗雪の手伝いを引き受けたレイモンドがネットショップで購入した卵を割り、それをボウルに入れて溶いていく。
「凄い。レイモンドさんって自炊しているの?」
「旅に出ない時は、自分が食べる分は自分で作るようにしているし、家事だって一通りこなせる」
何で侯爵令息が家事をこなせるのかに疑問を抱いてしまった紗雪であったが、慣れた手つきで卵を溶いているレイモンドを霊視したら、そういう理由があったのかと納得してしまった。
成人したと同時に自立したレイモンドが最初に学んだのは、お金様の大切さと有難さ、そしてお金様を稼ぐ苦労だった。
侯爵令息として育ったレイモンドの金銭感覚は金持ちのボンボンそのもので、自立した当初、レイモンドは自分の手元にあったお金を湯水のように使っていたのだ。
そのような使い方をすれば、当然お金様はすぐに自分の手元から消えていく訳で──・・・。
情けない話になるが、この時になって初めてレイモンドは如何に自分が人間として未熟であり傲慢であったのかを学んだのだ。
今でこそ何とかという世界的に有名な大企業のトップも、若い頃は貧乏であったらしいし。
貧困を糧に一回りも二回りも人間として成長させるかどうかは、その人の心掛け次第であろう。
「紗雪殿、溶いた卵をどうすればいいのだ?」
「玉子焼きを作るのだけど・・・今回は濃口醤油と砂糖を使った甘い味付けにしましょうか」
「タマゴヤキが何なのか分からないが、辛い味付けもあるのか?」
それまで黙って見ていたランスロットが紗雪に尋ねる。
「ええ。七味唐辛子を使えば辛く感じますし、薄口醤油と塩を入れたらしょっぱい味付けになりますよ」
レイモンドが溶いてくれた卵に濃口醬油と砂糖を加えて手早く菜箸でかき混ぜると、サラダ油をひいた卵焼き器をコンロに置いて温める。
「紗雪殿、卵液に入れた醤油とやらが魚醤に見えるのだが?」
魚醤のクセの強さと塩辛さを知っているレイモンドが醤油と魚醤の違いを尋ねる。
「醤油と魚醤はどちらも発酵させた調味料だけど、簡単に言えば原料が違うの」
大豆を発酵させた液体が醤油で、魚を発酵させた液体が魚醤だと教える。
「ダイズ?」
確か、それがないと醤油が作れないと祖母が言っていた事を思い出す。
「豆の一種よ」
(これくらいかな?)
卵液がついている菜箸で玉子焼き器が温まっているかどうかを確かめる。
すると、じゅ~っという音がした。
玉子焼き器が温まったという事だ。
卵液の三分の一を入れて待っていると淵が焼けてくる。それをかき混ぜ固まってきたら奥から手前へと巻いていく。巻いた卵を奥に寄せたら、またサラダ油を入れて卵液を流し込む。
「これよ!これが日本の卵焼きなのよ!」
もうすぐで日本料理を食べる事が出来るからなのか、美奈子が声を上げてはしゃぎだす。
奥から手前に焼けた卵を巻くという行為を繰り返す事数回。
形を整え、食べやすい大きさに切った卵焼きを器に盛り付けたら日本人にとって定番の一品とでもいうべき料理の完成だ。
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