カフェ・ユグドラシル

白雪の雫

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⑧日本の朝食-3-

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 まぁ!

 「貴女が、レイモンドが言っていた異世界人・・・日本人の紗雪さんね」

 二人を出迎えたのは、『元気で可愛らしいおばあちゃん』という言葉が似合う老婦人だった。

 彼女こそが先代侯爵夫人である美奈子───こっち風に言えばミナコ=ロードクロイツその人である。

 「初めまして、大奥様。篁 紗雪・・・サユキ=タカムラです」

 本日はロードクロイツ家にお招き頂きまして、ありがとうございます

 紗雪がスカートを軽く摘まんで頭を下げる。

 「篁?・・・もしかして、紗雪さんのご先祖様は陰陽師のたかむらの 雅臣?」

 「そうですけど?」

 「やっぱり!実は私、日本にいた頃は雅臣神社にお参りしたり、彼を主人公にした漫画を読んでいたの!!」

 「あ、ありがとうございます・・・」

 憧れの芸能人を前にしたファンのように目を輝かせている美奈子の姿に若干引きながらも紗雪はお礼の言葉を口にする。

 天女の血を引く最強陰陽師は、作家にとって創作意欲を刺激する素材だ。

 雅臣は戦国武将のように漫画・小説・ドラマの主人公になるだけではなく、アクションゲームではPCとして、乙女ゲームでは攻略対象者の一人として登場していたりする。しかも、現代風のイケメン仕様で。

 「そうそう!篁 雅臣の子孫に篁 雅就まさなりがいるでしょ?帝の妃として入り込んで戦乱の世へと導いた九尾狐を封印したという伝説がある・・・。あれって創作なの?それとも事実なの?」

 「篁 雅就が九尾狐をボッコボコにした上で封印したのは事実です」

 「その封印ってまだあるの?」

 「お祖母様!!」

 美奈子のマシンガントークで困惑の表情を浮かべる紗雪にレイモンドが助け舟を出す。

 「レイモンドさん。レイモンドさんのお祖母様、美奈子さんにとって私は故郷を思い起こす人間であると同時に、私にしか日本の思い出話が出来ないの!」

 今の自分の台詞は偽善だという事を紗雪は分かっている。

 だが、親しい人達と故郷から引き離され、異世界で生きて行く事になった美奈子の悲しみを少しでも癒したいというのもまた紗雪の本音であった。

 「紗雪殿・・・」

 自分の意思で来た訳でもないのに、見知らぬ土地で五十年以上も過ごしている祖母の悲しみが分かるのか、紗雪の一言にレイモンドはこれ以上言葉が続ける事が出来なかった。

 「その有名人の子孫が、何故、異世界のロードクロイツ家に?」

 「お祖母様、実は──・・・」

 異世界人であれば当たり前のように付与されているはずの魔力が一切ない紗雪は魔法を使う事が出来ない。

 その代わりと言えばいいのか分からないが、異世界の物品───食べ物や調味料のみならず衣類に生活用品、果ては家まで買う事が出来る【ネットショップ】というスキルがあるのだと、レイモンドが美奈子に教える。

 「ネットショップ!?という事は紗雪さん。貴女は日本人のソウルフードがない異世界で米・味噌・醤油を使った料理を食べていたの?!」

 「ええ」

 紗雪の言葉に美奈子は日本の料理を思い浮かべる。

 炊き立ての白いご飯、豆腐とワカメの味噌汁。いや、ここは油揚げとほうれん草の味噌汁がいいだろうか?

 豚汁も捨て難い。

 玉子焼きに鰤の照り焼き、肉じゃが、筑前煮──・・・。

 紗雪の言葉で美奈子の脳裡には、日本で過ごしていた頃に食べていた料理が浮かんでは消え、消えては浮かぶ。

 「大奥様・・・美奈子さんが米・味噌・醤油を恋しがっているとレイモンドさんからお聞きしましたので、明日の朝食に「あぁ?」

 日本の朝食の定番のメニューの一つを出す

 そう言おうとしていた紗雪を、美奈子が喧嘩上級者のメンチ切りで睨みつけた。

 「こっちは米・味噌・醬油を一日たりとも忘れた事はねぇんだよ!それを・・・食べさせねぇだと?」

 ((ひぃぃぃぃぃっ!!!))

 ガクガク((((°Д °;))))ブルブル

 美奈子の食い意地・・・ではなく、米・味噌・醬油に対する熱い思いを、情熱を読み誤ってしまった天女の血を引く最強の巫女と、一騎当千とも謳われている最強の冒険者は老女の余りの変貌振りに思わず互いに抱き合いながらgkbr状態になってしまう。

 今の時間帯を考えたら、厨房では夕食を作っている最中だ。

 そこで日本の料理を用意するとなれば、一家の為に準備している料理人達の手間と苦労、食材が無駄になるのではないだろうか?

 そう考えた紗雪は、明日の朝食に日本食を用意すればいいと提案したのだ。

 それが、まさか──・・・。

 「レイモンド。帰って来たのであれば、父に顔を見せぬか」

 重苦しい空気を打ち壊すかのように、美奈子の部屋に───若い頃は某ゲームのあのキャラのように繊細な美貌を持つ男性だった事を彷彿とさせる一人のイケオジがやって来た。

 「父上・・・」

 男性の名前はランスロット。

 ロードクロイツ家の当主にしてレイモンドを含む三人の息子の父である。

 (レイモンドさんが年を重ねたら、あんな感じのイケオジになるのね)

 ランスロットは淡い金髪、レイモンドは銀髪という違いはあるが、二人は顔立ちだけではなく這い上がろうとする意志と力強さは似ているのだ。

 流石は異世界。

 顔面偏差値が高過ぎる!と、紗雪が心の中で呟く。

 「レイモンド。そちらのお嬢さんは一体・・・?」

 息子の隣にいる黒髪の女性に気が付いたランスロットがレイモンドに尋ねる。

 「父上。彼女はスノー・・・いや、紗雪殿はお祖母様と同じ異世界の人間です」

 但し、お祖母様のように【迷い人】ではなく、ウィスティリア王国の聖女召喚に巻き込まれた挙句、冤罪を被せられて国外追放された女性ですけどね

 「異世界?という事は、彼女は日本人なのか?」

 いや!そもそも、自分達にはない知識を持つ異世界人は保護するのが法律で決まっているのに、ウィスティリア王国は彼女を追放したのだ!?

 ランスロットが紗雪に問い質す。

 「答えは簡単ですよ。性女・・・ではなく聖女である近藤さんにとって私という人間が邪魔だったから。それだけです」

 異世界人でありながら生活魔法が使えない私を馬鹿・・・ではなく王太子のエドワードと王国騎士のギルバードにとって役に立たない人間だと映っていたらしく、二人は利害が一致している近藤さんと手を組んで始末しようとした訳です

 「聖女は何故、紗雪殿を邪魔だと・・・?聖女を性女呼ばわりした理由や、その辺については後で聞くとしてだ。それより、レイモンド。私には母上の機嫌が良くないように見えるのだが?」

 「それは・・・一言で言えば、俺と紗雪殿がお祖母様の米・味噌・醬油への情熱を読み誤ってしまった結果です」

 「は?」

 遠い目をしているレイモンドの言葉にランスロットは思わず間の抜けた声を上げて驚いてしまったが、『米・味噌・醬油は日本人の心なのよ!!!』と、心の底から叫んでいた母の姿を幼い頃から何度も目にしてきたので侯爵はすぐに納得してしまった。

 「今日の夕食は使用人達に食べさせれば良いではないか」

 「父上、よろしいのですか?!」

 「・・・・・・ああなってしまった母上を止める事が出来るのが米・味噌・醬油しかないというのであるのなら、そうするしかないではないか」

 その代わりと言っては何だが、紗雪殿。私達にも米・味噌・醬油を使った料理を食べさせてくれないだろうか?

 自分の母親が恋しがっている米・味噌・醬油がどのようなものなのか、興味を抱いていたランスロットが紗雪に提案してきた。

 「紗雪殿、俺も食べてみたい」

 「ロードクロイツ侯爵とレイモンドさんがそう仰るのであれば、私は「という事は、日本食が食べられるのね!!」

 流石、我が子!

 今までと打って変わり機嫌が良くなった美奈子を目にしたランスロットとレイモンドは思った。





 恐るべし!日本人の食い意地!!







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