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しおりを挟むマリアには前世というものがあった。
物心ついてより、思い出したそれ。
故の子供らしくない言動に、よくぞ寛容であってくれたと、家族に感謝していた。
家族はマリアの、この世界には突飛なアイデアを叶えようと力を貸してくれたし、この世界にはあり得なかったあれやこれやの開発にも金や労力を惜しまず提供してくれた。
元々の家業の延長でもあったこともありはしただろうが、そこに新たなる部門を作ることは大変だったろうに。
子供の戯言と受け取らず、本当に真面目に話を聞いてくれたし、母や兄嫁、果ては兄嫁のご実家のお姉さまたちも、本当によくぞご協力してくださった。
だから、こんなことになるだなんてのは予想外で。
――――――
「マリア、今期も成績一位なんて素晴らしいわ」
「フェリシア様、ありがとうございます」
そういうフェリシアこそ、マリアの二つ上の学年の一位に名を乗せている。
この学園では成績優秀者は、こうして皆が一番通る玄関ホールに貼り出されることになっている。
それは上位三十名ほどだが、載る生徒は将来有望として王宮をはじめ、様々な処からの覚えが目出度くなる。
逆に載れないような生徒は王宮では出世も見込みないとみなされる。
三十位内の生徒含め、己の採点結果はこのあとの授業で告げられることになっているし、点数の低い生徒は再試験となり――それでもあまりに低い生徒は退学なり留年なりしの処置を受けることになる。
今日は先日あった試験の総合結果が貼り出されていた。昨夜の内に掲示された先生がたもお疲れ様である。
各学年ごとに貼り出された名前の一番上。
マリア――。
己の名前にほっと小さく息を付く。
そのタイミングだった。
「マリア!」
その名前を呼ばれて振り返れば、この国の王子と――彼に抱きつくふんわりとした髪をした女生徒。
名前を呼ばれたことにマリアが制服の裾をつまみ頭をさげれば、掲示板を見るために集まっていた生徒たちも彼女と、王子たちより少し離れて空間ができる。
その人垣で出来た空間。
皆が恭しく自分に道を作ったことに満足したのか、ハロルド王子は腕に女生徒をつけたまま、マリアの前にまで歩いてきた。
そして――。
「マリアローズ! 今のこのときよりお前との婚約を破棄する!」
「――え?」
思わず顔を上げたマリアを咎めるものはいない。
そんな彼女の、そして周囲のざわざわとした様子に、むしろ動揺するのも仕方ないと鼻で笑ってハロルドは顔を上げたマリアに指を突きつけた。
「貴様は私の婚約者でありながら……――」
マリアはハロルドが口にする言葉の殆どが解らず、近くにいたフェリシアに思わず問いかける視線を。向けられたフェリシアも「?」と首を傾げている。ただ、彼女はやや怒り気味に眉を寄せながら、だが。
ハロルドいわく。
マリアはハロルドの婚約者としての特権を使い、試験に不正をしているという。しかも関係者に金銭を渡して。
「でなければ毎回一位をとれるはずがない!」
それはマリアの頑張りなのだが。
「しかも貴様はこのメアリーにそれを気がつかれたことに、黙っているように脅迫したそうだな!?」
「いえ、あの……」
「それを貴様は、勇気を出して私に報せた彼女の命を狙うようになったと……なんて卑劣な! そんな者を王族に迎えることなど、できはしない!」
命を?
ギョッとしてメアリーという女生徒を見れば、彼女は目を潤ませて小さく悲鳴をあげてハロルド王子にすがりつく。
マリアの視線が恐ろしい、と。
「大丈夫だ、メアリー。私がついている。何をされたのか皆に伝えてくれ」
「は、はい! 花瓶が落ちて来たり、突き飛ばされた感じがして階段から足を踏み外しそうになったり……昨日は馬車の前に急に」
その他にもいろいろ、命の危機が。
思い出して、怖かったとメアリーはまた目を。それは本当に恐怖に染まっている。
「きっと、私のような! 男爵家の娘にすぎない私の言うことを信じて貰えないかもですが! でも、でも! 身分を盾に! そんな卑劣な行為はいけないと思います!」
メアリーは勇気を出して告発しているのだと。
マリアが男爵家の自分を脅し、さらには命さえ。
そういえばこの女生徒は数週間前からハロルド王子と度々一緒にいるところを見られていたな、と思い出す。フェリシアがそれを見て、ため息をついていたことも。
「マリアローズ! 貴様は王太子妃に相応しくない! 今日、今この瞬間から貴様は私の婚約者ではない!」
ハロルドはまたしてもマリアに指を突きつけ、宣言した。
――許しがたきことを口にしながら。
「恐れながら……」
マリアは、指を突きつけられたなら、やはり自分に対して言われていることなのだと理解して。
今一度しっかりと礼をすると、ゆっくりと顔をあげた。
「人違いでございます」
と。
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