2 / 10
02
しおりを挟む「え?」とキョトンとしている王子に、マリアこそが首を傾げていた。
「人違い……いや、貴様の名前が試験の一位にあるではないか?」
「ございます」
それは間違いない。
「確かにわたくしのことでございます」
マリアのまっすぐな返答に、ハロルドはしかしそれ見たことかと顎を上げた。
「マリアローズ! 貴様、そのようにふざけて言い逃れを……」
「ですから、人違いです。私は……」
いい加減マリアの方も苛々としてきた。
「これは私ですが、そちらは私ではありません」
これ、即ち試験結果の一位。
そちら、即ち――。
「私は知っているぞ! 貴様は週末毎に王宮に呼ばれて……王太子妃教育を受けているではないか!」
「……は?」
確かにマリアはほぼ毎週末、王宮にあがっている。
それを知っているのだとハロルドは威張るが、だがそれは決して王太子妃教育を受けるためではない。
「何度も貴様が王宮にいる姿を見たぞ! それは王太子妃教育のためであろう!」
馬車乗り場で、回廊で――そして女王の宮に向かうところも。女王直属の侍女たちに恭しく案内される姿を。
普通、そんな頻度で王宮に招かれる貴族女性がいるか?
それは何のためか。
――王太子妃教育しかないだろう!
だからハロルドは、彼女がマリアローズであり、自分の婚約者であると確信したのだという。
マリアローズはクリストバル公爵家の娘だ。自分に釣り合う身分。
彼も王子だから、高位貴族の娘たちの名前は把握していた。
将来、自分の妃になる者達だから、と。
そう、彼はきちんと「あの女性は誰だ」と、侍女たちに尋ねたという。その際に「マリアローズさまでございます」と。
きちんと。
ちゃんと。
だからこそ、ハロルドは今、間違うことなくマリアに指を突きつけているのだ。
この美しい女に。
マリアは美しい。
赤みある金茶色の髪は艶やかに。時に陽光に当たると真新しいブロンズのような輝きさえ。
同色の睫毛に縁取られた深緑色の瞳は互いに色を引き立てあっている。
そして、肌。
その肌こそ陶器のように艶めかしく、染みもそばかすもなく。薄らと薔薇色に染まる頬と唇のなんと麗しいことか!
幼き頃に垣間見た公爵家の令嬢は、このように美しく育ち――そして自分の妻になるために王宮に呼ばれているのだ。
ハロルドははじめはそのように胸の高鳴りを感じていた。
そして学習でも王太子妃教育の賜物か好成績を出していることに誇らしくさえ。
だというのに……彼女は。 メアリーに話を聞いて、裏切られたと思ったのだ。
「そして姉上とも親しげに……だというのに人違いと言い逃れを!」
ハロルドの視線。その先。
いるの解っていたのかと――フェリシアがよりいっそう眉をひそめる。美しく形の良い柳眉を。
そう、フェリシアこそハロルドの姉。
フェリシア王女である。
ハロルドはマリアがフェリシアと親しげに会話していることこそ、本人であろうと言いたいらしい。
確かに王女とそのような仲でいられるのはかなりな高位貴族でないと無理だろう。
しかし――どんなことにも例外はある。
「そもそも……姉上には会いに行くと言うのに、私には挨拶すら……」
あ、それも理由か?
その場にいた全員が内心でちょっとつっこんだ。
しかしそれは……本当に、そもそも、だ。
「わたくしが身分を盾にそちらにいらっしゃるメアリー様とやらを脅したこともございません」
「し、しかし、貴様はクリストバル公爵家の……」
「そこ、そもそもわたくしは……」
「マリア・ローゼン。ローゼン男爵家の者でございます」
「マリア……ロー……ぜ?」
そう。
マリアローズ嬢ではない。
「わたくしはマリア・ローゼン。女王陛下の専属エステティシャンにしてマッサージ師でございます」
765
あなたにおすすめの小説
〖完結〗親友だと思っていた彼女が、私の婚約者を奪おうとしたのですが……
藍川みいな
恋愛
大好きな親友のマギーは、私のことを親友だなんて思っていなかった。私は引き立て役だと言い、私の婚約者を奪ったと告げた。
婚約者と親友をいっぺんに失い、失意のどん底だった私に、婚約者の彼から贈り物と共に手紙が届く。
その手紙を読んだ私は、婚約発表が行われる会場へと急ぐ。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
前編後編の、二話で完結になります。
小説家になろう様にも投稿しています。
婚約者様。現在社交界で広まっている噂について、大事なお話があります
柚木ゆず
恋愛
婚約者様へ。
昨夜参加したリーベニア侯爵家主催の夜会で、私に関するとある噂が広まりつつあると知りました。
そちらについて、とても大事なお話がありますので――。これから伺いますね?
お母様!その方はわたくしの婚約者です
バオバブの実
恋愛
マーガレット・フリーマン侯爵夫人は齢42歳にして初めて恋をした。それはなんと一人娘ダリアの婚約者ロベルト・グリーンウッド侯爵令息
その事で平和だったフリーマン侯爵家はたいへんな騒ぎとなるが…
〖完結〗旦那様が私を殺そうとしました。
藍川みいな
恋愛
私は今、この世でたった一人の愛する旦那様に殺されそうになっている。いや……もう私は殺されるだろう。
どうして、こんなことになってしまったんだろう……。
私はただ、旦那様を愛していただけなのに……。
そして私は旦那様の手で、首を絞められ意識を手放した……
はずだった。
目を覚ますと、何故か15歳の姿に戻っていた。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全11話で完結になります。
〖完結〗あんなに旦那様に愛されたかったはずなのに…
藍川みいな
恋愛
借金を肩代わりする事を条件に、スチュワート・デブリン侯爵と契約結婚をしたマリアンヌだったが、契約結婚を受け入れた本当の理由はスチュワートを愛していたからだった。
契約結婚の最後の日、スチュワートに「俺には愛する人がいる。」と告げられ、ショックを受ける。
そして契約期間が終わり、離婚するが…数ヶ月後、何故かスチュワートはマリアンヌを愛してるからやり直したいと言ってきた。
設定はゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全9話で完結になります。
婚約者が妹と婚約したいと言い出しましたが、わたしに妹はいないのですが?
柚木ゆず
恋愛
婚約者であるアスユト子爵家の嫡男マティウス様が、わたしとの関係を解消して妹のルナと婚約をしたいと言い出しました。
わたしには、妹なんていないのに。
お前なんかに会いにくることは二度とない。そう言って去った元婚約者が、1年後に泣き付いてきました
柚木ゆず
恋愛
侯爵令嬢のファスティーヌ様が自分に好意を抱いていたと知り、即座に私との婚約を解消した伯爵令息のガエル様。
そんなガエル様は「お前なんかに会いに来ることは2度とない」と仰り去っていったのですが、それから1年後。ある日突然、私を訪ねてきました。
しかも、なにやら必死ですね。ファスティーヌ様と、何かあったのでしょうか……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる