「これは私ですが、そちらは私ではありません」

イチイ アキラ

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 母の、兄嫁の、艶々になっていく肌や髪に、彼女らのご実家のお姉さま方までパトロンになってくださり。

 そしてローゼン家はいつしか美容部門も始まり。
 花だけではなく、マリアが製作してきたクリーム類や化粧水、入浴剤や石鹸などのあれこれなども販売されるようになった。

 何より。
 アロマオイルマッサージ。
 エステティックサロンも王都に。

 《ローゼン》の開業である。

 エステティシャンはマリアの手技を自ら受けた母と兄嫁が、まず弟子になった。
 彼女らはそれはもう熱心にマリアに学び、互いに施術し合い。どの世界、どの女性も、美しくなることに興味がないわけがなく。
 やがて兄嫁の従姉妹さんたちも加わり。
 家業の方からもエステ部門に従業員を募集、変更などもあり。

 そうして《ローゼン》は身内経営ながら、順調に王都で名を売り始めた。

 生前学んだ外科的な処置は今の道具類では無理だが、いずれ成長したらとも、マリアはそれも考えて。いずれハーブだけでなく、生薬やそこから様々な薬も作れないだろうか、など。

 そんな日々。
 少しずつ、貴族の――高位貴族の顧客も増えてきて。

 そんなある日に。

 めちゃくちゃ立派な馬車が《ローゼン》に停まった。

 確かにローゼン家は王城に花を飾る役目があったから――伝手がないわけではないが。
 そちらからでもなく――。

 女王陛下より召喚状が届いたのだった。

 ……ちなみに馬車は立派過ぎて通行の邪魔になってしまっていた。

 マリアは恐れおののく母と兄嫁が驚くほど堂々と。
 それもまた生前の経験。
 ハリウッドスターも施術したことあれば、顧客に招待されたのが、実は海外の王族だったこともあったりして。

 ご覧あれ、これぞ日本人のおもてなし――礼儀と真心。

 マリアのまだ小さな手は女王陛下の御顔に触れる栄誉を賜り、御顔だけでなく御身まで。
 女王陛下の日々の政務でお疲れの御身を解し解し――解しまくるだけじゃたりなくて、座り仕事と無理なコルセットで歪んだ御身を整えた。
 あまりの歪みっぷりに――ごきっとぱきっと鳴る度に、近衛騎士がハラハラと剣の柄に手をかけたり放したり。

 施術後、血流も良くなり、慢性的な腰痛や頭痛も無くなったことも、女王はたいそうお喜びになり。

 コルセットを使わない下着の開発も始まった。ブラジャーから始まり腹巻きまで。腹巻き大事。お腹温かい大事。
 女王陛下が絹を融通してくださったのが大きく。はい、もちろん献上します。真っ先に。
 コルセットなんて、あんなの身体に悪いわい。
 健康、それもまた、美には大事であると――マリアの中の薔子は腕を組んで仁王立ちで頷いた。

 そしてその後。
 国家間会議のたびに、この国の女王の変わらぬ若さよ――寧ろ若返ってない?――と美貌は話題になり。
 そう、その美しさもまた、やがて女王陛下の武器のひとつとなり。


「如何です? 関税を下げてくださるなら、その価値を確認していただくために我が国にご招待いたしますわ。その際、御身を癒やされることは……ええ、関税次第ですとも。ええ」


 《ローゼン》は、いつの間にか王都の一等地と、王族縁の保養地にも支店が作られて。小さいが温泉もある保養地の方には時折、他国の要人が招待されるとか。
 温泉水はありがたく、マリアが新たな化粧品開発にも使わせていただいた。

 しかしながら、女王陛下はちゃっかりと。出張施術をした日から。
 マリアは自分専属、いや優先として。
 陛下により直々に、毎週末の《ローゼン》のマリアの予約を。マリアもちゃっかり専属契約料も出張費もたんまり。
 王宮に女王陛下専門のエステルームが作られて。たまにフェリシア王女にも。



 そうして。
 それはまだマリアが学園に入学する前から始まっており――それが、ハロルド王子が勘違いすることにもなったのだった。
 ある種の女の秘密の花園ゆえに。
 彼が知らなかったことは――。
 
 いや、女の花園を知る――秘密を盗み見ることは。いつの時代でも無粋である。


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