「これは私ですが、そちらは私ではありません」

イチイ アキラ

文字の大きさ
6 / 10

06

しおりを挟む

 そもそも、である。

「ハロルド、貴方にまだ婚約者はいないわ」
「……え?」
「マリアローズ嬢にも、失礼よ……」
 フェリシアは美しい金髪をお疲れ気味にかきあげた。
 ちなみにフェリシアもマリアの顧客であり。
 次期女王・・・・として施術を受けて、日々その美を高め維持している。

 そう。

 ハロルドの発言の許しがたきこと。
 一つはクリストバル公爵家のマリアローズを婚約者と誤解していたこと。
 そして。

 己を王太子と。

「王太子はわたくしよ?」

 そう。王太子はこのフェリシア王女なのだ。

「え? だ、だって、王子は私で……私しか王子はいないじゃないですか?」
 現在、王家に子供は二人。フェリシアとハロルドだ。確かに王子は彼しかいない。が。

「この国は別に、男しか王位につけないわけではないわ」

 そもそも今現在も、女王陛下の御代であるのだから。

 女王陛下には男子のご兄弟はおられず、降嫁された妹御だけ。だから王位につかれたのだと、そう誤解しているものも多い。息子も思っていた。
「確かに男が優先されるけれど……」
 女では出産など、もろもろリスクもあろうから。
 だがそれを抜きにしても。
「だって貴方、試験で何位?」
 ハロルドの名前は、この貼り出された中には――無い。
「そもそも、王太子としての仕事・・・・・・・・・をしたことがあって?」
「……え?」

 彼女は察した。
 弟はやはり駄目だ。彼は疑問に、すら――王子として与えられた業務量を、王太子としての・・・・・・・と勘違いしているようでは。

「貴方、すでに何年も前から王位レースから外されていたのよ?」

 そう。女王陛下もまた優秀だったからだ。

 フェリシアは王位につくべきと、すでに周囲からも支持を受けていた。
 降嫁された妹御の息子なども王位継承権はあるが、彼らにしても従姉妹の優秀さに脱帽し、今やその配下となる道を選んでいる。水面下では王配レースが始まっていたりもするのは、また、別の話。

「王位、レースなんて……いつから……」
 そんなのが始まっていたなんてしらないとハロルドが青い顔で首を横に。
 だからお前は駄目なのよと、フェリシア王女もまた、首を横に。ため息とともに。


「そんなの、産まれたときから。這って歩き始めたときからに決まっているじゃない」


 この世に産まれたときから――母の胎内から、それはすでに始まっていたのだ。

「そ、そんなの、そんなの知らない……」
「知らないではすまされない。それがわたくしたち……王族よ?」

 己で気付け! 悟れ!
 たとえ王太子としての教育係がついていなくとも。ちゃんとした教師はいたし、学園にも通っているのだから。
 母である女王の背を見るのが子の役目。見て、学ぶことが。
 構ってもらうことを雛鳥のように口を開けて待つのは、違う。平民の、ただの貴族ならば許されるかもだが――駄目なのだ。

 己たちは王族だから。

 それに彼は別段、王子として放置されていたわけではない。放置されたなどと戯けた甘えをいうつもりなら、フェリシアはこの場で弟を完全に見限っていた。

 何度も、噛み締める。己たちは王族だ。

 そのために人々により贅を与えられる・・・・・・・、役目。食事や衣服、暮らしに贅沢を許されているのは、それに溺れることなく国を治めることも、また役目。金を使うことは経済や流行をまわす役目でもあるが。

 贅とは――贄でもある。

 その背に――いや、この首に何千何万もの人間の命がかかっている。

 いざ何かしらあれば、この首一つ引き換えに、この国のすべての命を護るべき覚悟を。

 それが出来ているから――フェリシアが、王太子なのだ。


 次の女王なのだ。
 
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

〖完結〗親友だと思っていた彼女が、私の婚約者を奪おうとしたのですが……

藍川みいな
恋愛
大好きな親友のマギーは、私のことを親友だなんて思っていなかった。私は引き立て役だと言い、私の婚約者を奪ったと告げた。 婚約者と親友をいっぺんに失い、失意のどん底だった私に、婚約者の彼から贈り物と共に手紙が届く。 その手紙を読んだ私は、婚約発表が行われる会場へと急ぐ。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 前編後編の、二話で完結になります。 小説家になろう様にも投稿しています。

婚約者様。現在社交界で広まっている噂について、大事なお話があります

柚木ゆず
恋愛
 婚約者様へ。  昨夜参加したリーベニア侯爵家主催の夜会で、私に関するとある噂が広まりつつあると知りました。  そちらについて、とても大事なお話がありますので――。これから伺いますね?

お母様!その方はわたくしの婚約者です

バオバブの実
恋愛
マーガレット・フリーマン侯爵夫人は齢42歳にして初めて恋をした。それはなんと一人娘ダリアの婚約者ロベルト・グリーンウッド侯爵令息 その事で平和だったフリーマン侯爵家はたいへんな騒ぎとなるが…

〖完結〗旦那様が私を殺そうとしました。

藍川みいな
恋愛
私は今、この世でたった一人の愛する旦那様に殺されそうになっている。いや……もう私は殺されるだろう。 どうして、こんなことになってしまったんだろう……。 私はただ、旦那様を愛していただけなのに……。 そして私は旦那様の手で、首を絞められ意識を手放した…… はずだった。 目を覚ますと、何故か15歳の姿に戻っていた。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全11話で完結になります。

裏切りは許さない…今まで私を騙し利用していた夫を、捨てる事にしました─。

coco
恋愛
家を空け、仕事に勤しむ夫。 だが、そんな夫の裏切りを知る事になった私は─?

〖完結〗あんなに旦那様に愛されたかったはずなのに…

藍川みいな
恋愛
借金を肩代わりする事を条件に、スチュワート・デブリン侯爵と契約結婚をしたマリアンヌだったが、契約結婚を受け入れた本当の理由はスチュワートを愛していたからだった。 契約結婚の最後の日、スチュワートに「俺には愛する人がいる。」と告げられ、ショックを受ける。 そして契約期間が終わり、離婚するが…数ヶ月後、何故かスチュワートはマリアンヌを愛してるからやり直したいと言ってきた。 設定はゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全9話で完結になります。

婚約者が妹と婚約したいと言い出しましたが、わたしに妹はいないのですが?

柚木ゆず
恋愛
婚約者であるアスユト子爵家の嫡男マティウス様が、わたしとの関係を解消して妹のルナと婚約をしたいと言い出しました。 わたしには、妹なんていないのに。  

お前なんかに会いにくることは二度とない。そう言って去った元婚約者が、1年後に泣き付いてきました

柚木ゆず
恋愛
 侯爵令嬢のファスティーヌ様が自分に好意を抱いていたと知り、即座に私との婚約を解消した伯爵令息のガエル様。  そんなガエル様は「お前なんかに会いに来ることは2度とない」と仰り去っていったのですが、それから1年後。ある日突然、私を訪ねてきました。  しかも、なにやら必死ですね。ファスティーヌ様と、何かあったのでしょうか……?

処理中です...