「だから結婚は君としただろう?」

イチイ アキラ

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39 馬と果実酒。3


 ホンス伯爵家を継ぐことになったエドワードには悩みがあった。
 二つほど。
 嫁取りがまず一つ目。まあ兄も悩んでいるけど、兄はそのうち何とかなるだろう。
 数年前に従姉妹がやらかしたことでホンス家とそれに連なるこの兄弟はまだ婚約者がいなかった。そのやらかしのせいでエドワードがホンス家を継ぐことにもなったのだけれど。

 エドワードの悩みのもう一つは。

 己が下戸だったこと。

 ホンス伯爵家の、領地の主な収入源は果実酒だ。やらかしで危なくなったときもその果実酒の根深い愛好家たちがいてくれたおかげでなんとか潰れず生き延びた。

 そうしたこともあって、エドワードは従姉妹たちのかわりに母の実家のホンス家を継ぐことになったのだが。

「大変だよなぁ」

 そんなことを言われて肩を叩かれたりもする。
 エドワードはソーン伯爵家の次男坊。
 ソーン伯爵家は歴史もあり、領地も広くあり。伯爵位ではあるが時によっては公爵家とも肩を並べたりするほど格が高かったりする。だからフェアスト公爵家のお茶会に呼ばれたり。それで父と母の出会いがあったり。姉が辺境伯家へ嫁ぐのに格差ではまったくの問題もなく騒ぎにならなかったほどに。
 そんなソーン家で、エドワードが早くから領地で尊敬する兄の補佐として――と、幼い頃から彼がそう言っているのを仲の良い友人たちは皆知っていたから。
 棚からぼた餅と、遠い遠い国の逸話を持ってきてからかうものもいた。それはエドワードが継ぐ爵位がない次男坊であるという前提でしか知らないものだ。
 ソーン家ほどの家ならば、家のことや領地の管理に身内の助けは大いに必要であり、実際に父の弟も領地で差配として助けてくれている。エドワードも彼のようになるつもりでいた。学園に入ったらその為になる授業を選択するつもりでいて……――。

 ――選択は、伯爵家当主に必要なものとなった。

 リリアラの期限であった六年。
 それより早く、彼女が――折れた。

 だからエドワードがまだ十五歳ながらにして、次期ホンス伯爵となることが決まってしまった。

 別な言い方をすると、エドワードが継ぐしかなくなってしまった。

 よって、エドワードは「エドワード・ホンス」として学園に通うことになった。「エドワード・ソーン」ではなく。
 すでにエドワードがホンス家の次期であると国に認められている。そのあたりの面倒くさい手続きはアンドリューがやってくれていた。彼のけじめの一つとして。
 当主の印章はエドワードが学園を卒業するまではホンス家の先代夫人であった祖母のジョアンナが。もともと彼女は嫁いでから祖父の手伝いをしていたから慣れているし、いまだに貴族の夫人の間で人気のある祖母が表に立ってくれると、家業などもスムーズにいくので。
 だからエドワードは従姉妹の代わりに伯爵となるのは、今はもう安易に構えていたのだけれども――。
「エドワード、大丈夫?」
 教室でため息をついているエドワードを幼馴染みたちが心配してくれた。
「あ、ジャスミンにフレデリック……」
 二人は幼馴染みにして、親戚でもあったから。エドワードの状況も良く理解してくれていた。
「こないだ領地に行ったら下戸がわかったって?」
 本当に、それ。
 酒が許される年齢になったというのに。今から人生の楽しみが大幅に少なくなったことに、幼馴染みたちは「同情する」と、しっかりと頷いてくれた。
 しかもそれが領地の特産品であれば。
 二人ともに家の跡取りであったから、エドワードの気持ちは察してあまりある。

 ジャスミンはエドワードの従兄妹。
 ネイズ子爵家に婿入りした叔父オリバーの一人娘だ。
 そしてフレデリックはネイズ家の本家にあたるシーズリー侯爵家の跡取り息子。
 シーズリー侯爵家はエドワードやジャスミンの曽祖父母たちの実家であり。ネイズ子爵家は家業や領地のことでもシーズリー侯爵家に今でも何かと関わることもあり。
 互いに跡取りたちであり、彼らもエドワードの一つ目の悩みと同じ悩みを抱えていた。

 皆、婚約者が決まらない。

 リリアラの、やらかしの余波がここにも。

「ジャスミンは、もうフレデリックに嫁いじゃいなよ?」
「そ、そんな……」
 赤くなるジャスミンの後ろでよく言ってくれたとフレデリックがエドワードに感謝の目を。
 フレデリックが幼ない頃からこの亜麻色の髪の少女に惚れているのをエドワードは知っていて。勉学は優秀なのに恋愛ごとには奥手なフレデリックが、いっぱいいっぱい頑張っていることを。
「き、気持ちは、嬉しいわ……」
 フレデリックが事あるごとに不器用にもジャスミンに好意を伝えていることは、きちんと彼女にも伝わっている。幸いなことにすれ違うこともなく。

 けれども、互いに跡取りであった。

 それが今までジャスミンがフレデリックの手を取れなかった理由。
「それに、うちは子爵……」
 それに自分は子爵家だからと、身分差にも怯んでいた。フレデリックは歴史ある侯爵家の跡取りだ。当然、その妻ともなると……――。
「いや、ジャスミンもジョアンナお祖母様仕込みじゃない?」
 それにジャスミンの祖母のアデルこそがシーズリー侯爵家の血筋だ。その流れを彼女は受けていて、作法は高位貴族そのものだ。
 そもそもそれを言ったら自分たちの従姉妹には伯爵家なのに大公家の養子になったプリシラというすごい存在がいたりする。
 まぁ、エドワードたちの悩みになっている渦中のひとだけれども。

「それにオリバー叔父さんの時代にも、シーズリー侯爵家に子爵位を返そうて、話もあったらしいよ?」

 ホンス家を継ぐにあたり、そういった親戚関係も学びなおしたエドワードだ。
「ちょうど良くない? 気になるならジャスミンが侯爵家に嫁いだあと……なんなら子供か孫にまた子爵位継がせなよ?」
 援護射撃ここまでやってやったぞお、とフレデリックをちらりと目で合図。
 今だ、行け! 押せ! 決めろ!

「ジャスミン。僕にネイズ家も任せてくれない? き、君と一緒なら、僕は頑張れる……!」

 真っ赤な顔で頑張ったフレデリック。彼の精一杯の告白に、その誠意ある想いに、とうとうジャスミンは頷いて。
 わっと拍手が起きたことに二人はますます赤面した。
 ちなみに実は昼休みの教室だったりしたのだ。
 クラスメイトたちも彼らの関係にやきもきしていたもので。

 聡いものはシーズリー侯爵家の跡取りがようやく長年の恋を実らせたと、後の政略などにも考えを。シーズリー侯爵家にネイズ子爵位が戻ったならば、彼らの子か孫の代にまた政略結婚によりその位が狙える――というもの。
 それが貴族というものだ。
 けれどもクラスメイトの大半は、エドワードのつぶやきに同意で頷いていた。
「災い転じて、だ。良かった……」
 ここに、リリアラのやらかしのおかげで幸せになったカップルが誕生した。
 エドワードは知らなかったが、リリアラたちの母方の従姉妹も、婚約解消されたあとにもっと良い縁に恵まれていた。
 なんということか、こんな災い転じて――ということもあるだなんて。
 
 そんなできたてほやほやなカップルは、自分たちと違いまったく進展がないエドワードをまた心配した。
 下戸なのは体質だから仕方がないとしても。
「エドワードは気になるひとはいないの?」
「……いる」
 自分たちを後押ししてくれたのだから、自分たちも協力するよ、と……。
 二人は、エドワードがしぶしぶ白状し答えた名前に、顔を見合わせた。
「アンジェリカ先輩」
 それは馬術部にて世話になっている一学年上の先輩。

 アンジェリカ・アルト男爵令嬢。

 祖母のジョアンナの影響もあり、エドワードは馬術部に入った。フレデリックも同じくだが、ジャスミンはジョアンナに比べられるのが嫌だと違う部活に入っていた。でも彼女の馬術の腕前は中々なことはこの幼なじみたちは存じあげ。馬術部の先輩や仲間たちから勧誘してこいと言われているほどに。

 フレデリックとジャスミンが顔を見合わせて、なんとも言えない顔を互いにしていることを確認した。

 ジャスミンとエドワードの亡き祖父クリストフが、馬術部にて麗人として皆の憧れであったジョアンナに惚れたのは、今でも話になるほど。
 それは老いても祖母の乗馬姿が美しく、未だにファンがいるからだ。
 だからこそジャスミンの馬術部勧誘がすごいことに。

 そして今、馬術部においてジョアンナの再来と皆に讃えられているのがアンジェリカ嬢であり。

 そんなところまで祖父に似るなよと、ジャスミンの目が。
 そう、亡き祖父の若い頃そっくりと、祖父の知り合いに言われまくりの顔立ちのエドワードだった。女顔とからかわれるのには生まれたときから慣れていた。だからか祖父と親友だったフェアスト公爵家の先代もエドワードを気にかけてくれる。それは落ち目だったホンス家にはありがたいのだけど。
 本当にそもそもは、フェアスト公爵ダミアンとホンス伯爵クリストフの友情から始まっていたのだから。

 だけれども、エドワードの初恋ははじめから頓挫していた。

 アンジェリカ嬢はアルト男爵家の跡取りであったのだ。

 もしもエドワードがソーン家の次男坊のままだったら。まだ婿入りとして可能性が――まだ、微妙にあったのが。
 だからエドワードはため息をつくしかなく。幼馴染みたちもまた、肩をたたくしかない。


 ――それが。

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