5 / 41
5 かわいそう、は…。
しおりを挟むアンドリューに憎まれているのは当然だった。
リリアラはそれをじわりじわりと実感していった。
初夜の夜はリリアラは難しい話に混乱して――一晩眠ったら、あれは結婚式の疲れが見せた悪い夢、だと……そのまま、なんと布団を被って眠った。
それは現実逃避より、思考放棄で。
そして次の日――何もなく次の日が来たことに、ようやく夢ではなかったと、青ざめた。
悪い夢はアンドリューがこの一ヶ月見たものだが。
疲れ果てていたのは彼女に振り回された周囲こそ、だったのだが。
アンドリューは別の部屋、すなわち彼の部屋で眠ったらしい。夫婦の寝室から振り返ることなく出て行き、続きの彼の部屋側の扉をガチャリとしっかりと鍵をかけていた。
そして初夜は終わった。無事――何もなく。
そうして。
蜜月などというものがあるわけでなく。
次の日、朝食すら――その後、一度も。
両親は別館にて過ごしていて。
むしろ気を遣ってゆっくりと昼近くに会いに来た。
姉はその前に仕事があるからといつも通りの時間に執務室に来た。
そう、しばらくは姉は別館から通いで仕事をすることになっていた。
アンドリューとともに。
「お姉さまは……お姉さまは、ちゃんと、部屋に……? 本館には、アンドリューさまのところには……来ていなかったのよね……?」
リリアラの様子に、そして言葉に。
「アンドリューさまも、別館には、お姉さまのところには行っていないのよね……?」
初夜はなかったのだと、誰もが理解した。
そして――姉はきちんと、その夜を別館で過ごしていた。
証人はそれぞれの使用人たちと、リリアラたちの親。
本来リリアラが住むはずだった部屋は、別館の一番日当たりが良く見晴らしも良い部屋だった。それはそのまま、入れ替えでプリシラの部屋になった。両親はその部屋の近く、またその親が住まうはずの部屋に移っていて。
互いに近い部屋にあり、もしも誰かが訪れたら気がつく間取りであった。
アンドリューは自分の寝室から出ていないし、プリシラもおなじく。
もっとも別館から本館に来るまでに使用人に会わない方が難しい。その上、さすがに両親は念のため、プリシラが別館から出ないよう、出入り口に使用人たちを控えさせてもいた。
だからプリシラが夜に出ていないし、アンドリューも訪れていないから、無事に初夜――初めてではないが、行われたと、愛しい娘の願いが叶ったことを喜んでいた。
次の日の、その状況まで。
――アンドリューの身に起きている状態を改めて聞かされるまで。
それまで。何より恐ろしいことは。
リリアラをはじめ彼らには、悪意が無かったことだ。
プリシラよりリリアラは鮮やかで華やかで美しい。甘え上手は愛らしさで、癒しである――と。
それが何よりだいじなことだと。
それだけで何でも許されてきたから。
悪意が無かったから、今回のことも――悪いことだと、思いもしていなかった。
むしろアンドリューは祖父が決めた地味で面白味がないプリシラとの婚約がなくなり、そうしてリリアラと結婚できたことを喜んでくれるとさえ、思っていた。
許されることだと。
――憎まれることだとは思いもしていなかった。
「今日もアンドリューさまとお姉さまは……一緒にいるのよね……?」
式より三日目。
リリアラは手にしていたレースの編み目を間違えて、ふと時計を見た。
もうすぐ昼食だ。
でも、アンドリューがリリアラと食事を共にしたのは、この三日間、一度もなかった。
忙しいから執務室で簡単に取っていると――呼びに行ったときにも、そう返事をされた。
本当に今は忙しい。
だからプリシラも手伝っていた。
本当に仕事が、プリシラが必要な仕事がまだ、たくさんあったのはリリアラたちも理解していた。
以前見せられた帳簿が赤字から、少しずつ回復してきてはいると家令からの報告もあって、父はほっとしていた。それを母とリリアラも聞いて、もう少ししたらまた買い物ができると喜んで。何せ金不足で新婚の祝いは旅行も何も、できないと言われてしまっているし。
同じ男として、アンドリューの機能不全に、父は何かしら申し訳なさを感じているのか、少しばかりおとなしくなった。
それは伯爵家の仕事を婿に押しつけている後ろめたさも出始めたのか。プリシラであれば頭ごなしに命令できていたが、アンドリューには公爵家という後ろもある。
そう、なんとアンドリューはすべてを明らかにした。初夜が行われなかったことを「どうしてだ!」「リリアラがかわいそうだろう!」と、怒ろうとした両親に「どこがかわいそうなんだ」と――すべて、自分たちの行いのせい、だと。
かわいそうなのは――アンドリューだ。
それをホンス家の皆は、ようやく。
「だから、責任をとって結婚しました」
それは様々な意味を今は持つ。
リリアラを傷物にした責任。
こちらがアンドリューを不能にした責任。
あの薬がそんな大変な薬だと知らなかった無知よ。無知による罰。
罰は――つまり、リリアラには……。
フェアスト公爵家も、婿にやるつもりであったがそれでも大事な息子に毒を盛った責任をとってもらう腹積もりであると、アンドリューから告げられた。
本来であれば、跡継ぎを作れないものを婿入りさせるならば問題が起き、婿入り先に何かしら詫びや代わりに良い条件などの提示があるはずだ。
だが。
やらかしたのはこちら側。
あの式の最中、フェアスト公爵家の皆がいっさい笑顔なかったことに、ようやく……遅い。
けれども。
「領民には何にも罪はない」
ホンス家のすべて。
本来であればプリシラに渡るはず――が、不幸にもプリシラが成人する前に前伯爵は亡くなってしまった。
なので仕方なくではあったが、プリシラたちの父が継ぐことになった。
まあそれは順当にいけばプリシラに爵位は渡るはず――それを。
アンドリューとプリシラは、諸々を飲み込み、領地の仕事をしていた。
婚姻前からのように――本来の通りに。
でも。
だとしても。
――それがリリアラには許せなかった。
376
あなたにおすすめの小説
お姉様優先な我が家は、このままでは破産です
編端みどり
恋愛
我が家では、なんでも姉が優先。 経費を全て公開しないといけない国で良かったわ。なんとか体裁を保てる予算をわたくしにも回して貰える。
だけどお姉様、どうしてそんな地雷男を選ぶんですか?! 結婚前から愛人ですって?!
愛人の予算もうちが出すのよ?! わかってる?! このままでは更にわたくしの予算は減ってしまうわ。そもそも愛人5人いる男と同居なんて無理!
姉の結婚までにこの家から逃げたい!
相談した親友にセッティングされた辺境伯とのお見合いは、理想の殿方との出会いだった。
良いものは全部ヒトのもの
猫枕
恋愛
会うたびにミリアム容姿のことを貶しまくる婚約者のクロード。
ある日我慢の限界に達したミリアムはクロードを顔面グーパンして婚約破棄となる。
翌日からは学園でブスゴリラと渾名されるようになる。
一人っ子のミリアムは婿養子を探さなければならない。
『またすぐ別の婚約者候補が現れて、私の顔を見た瞬間にがっかりされるんだろうな』
憂鬱な気分のミリアムに両親は無理に結婚しなくても好きに生きていい、と言う。
自分の望む人生のあり方を模索しはじめるミリアムであったが。
ジェリー・ベケットは愛を信じられない
砂臥 環
恋愛
ベケット子爵家の娘ジェリーは、父が再婚してから離れに追いやられた。
母をとても愛し大切にしていた父の裏切りを知り、ジェリーは愛を信じられなくなっていた。
それを察し、まだ子供ながらに『君を守る』と誓い、『信じてほしい』と様々な努力してくれた婚約者モーガンも、学園に入ると段々とジェリーを避けらるようになっていく。
しかも、義妹マドリンが入学すると彼女と仲良くするようになってしまった。
だが、一番辛い時に支え、努力してくれる彼を信じようと決めたジェリーは、なにも言えず、なにも聞けずにいた。
学園でジェリーは優秀だったが『氷の姫君』というふたつ名を付けられる程、他人と一線を引いており、誰にも悩みは吐露できなかった。
そんな時、仕事上のパートナーを探す男子生徒、ウォーレンと親しくなる。
※世界観はゆるゆる
※ざまぁはちょっぴり
※他サイトにも掲載
今更ですか?結構です。
みん
恋愛
完結後に、“置き場”に後日談を投稿しています。
エルダイン辺境伯の長女フェリシティは、自国であるコルネリア王国の第一王子メルヴィルの5人居る婚約者候補の1人である。その婚約者候補5人の中でも幼い頃から仲が良かった為、フェリシティが婚約者になると思われていたが──。
え?今更ですか?誰もがそれを望んでいるとは思わないで下さい──と、フェリシティはニッコリ微笑んだ。
相変わらずのゆるふわ設定なので、優しく見てもらえると助かります。
【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
婚約破棄に全力感謝
あーもんど
恋愛
主人公の公爵家長女のルーナ・マルティネスはあるパーティーで婚約者の王太子殿下に婚約破棄と国外追放を言い渡されてしまう。でも、ルーナ自身は全く気にしてない様子....いや、むしろ大喜び!
婚約破棄?国外追放?喜んでお受けします。だって、もうこれで国のために“力”を使わなくて済むもの。
実はルーナは世界最強の魔導師で!?
ルーナが居なくなったことにより、国は滅びの一途を辿る!
「滅び行く国を遠目から眺めるのは大変面白いですね」
※色々な人達の目線から話は進んでいきます。
※HOT&恋愛&人気ランキング一位ありがとうございます(2019 9/18)
公爵令嬢を虐げた自称ヒロインの末路
八代奏多
恋愛
公爵令嬢のレシアはヒロインを自称する伯爵令嬢のセラフィから毎日のように嫌がらせを受けていた。
王子殿下の婚約者はレシアではなく私が相応しいとセラフィは言うが……
……そんなこと、絶対にさせませんわよ?
居候と婚約者が手を組んでいた!
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!
って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!
父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。
アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。
最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる