「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ

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「あなたのために頑張ったんじゃあないです」

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 婚約が無くなったというのにジェイラスは自信満々だった。
「大丈夫か?」
 心配する父親に「大丈夫」と同じ言葉を返した。父親は何度も確認しながら手続きを終えると帰っていった。

「父上は心配症だ……フランター伯爵の真意を理解できないのは、やはり田舎者には王都の貴族のやり取りは難しいからだな」

 解消となったからには――また新たに結めば良い。

 フランター伯爵はきっとそのために解消としたのだ。破棄でもないのは、そういうことだ。

 まだ自分は期待されている。
 何せ自分がリーシャに言った言葉は、彼女の為を思って言った言葉ばかりだ。
 素晴らしいフランター伯爵が、それをご理解なさらないわけがない。

 出来の悪い娘の告げ口――我儘をきいて。一旦は解消という形になされたのだろう。なんとご苦労なされて。

「結婚したら我儘を控えさせねば……」
 フランター伯爵の跡を継いだら、自分も諸外国に出向くこともあろう。その時に妻の役割、そう夫のフォローをやってもらわねば。
 自分が妻の我儘のフォローをするのは間違いだからだ――彼は、まだそう思っていた。
「そう……伯爵夫人のように……」
 最後に会ったときはまだ黒髪に細い目であったが、あれほど自分が教えてたのだから、そろそろ頑張ってもいいはずだ。
 そろそろ――。

「だって、また会ったら挨拶をと言われたのだ」

 それは社交辞令。
 言外にもはや挨拶だけ、それしかしないと言われたのに。
 王都の貴族のやり取りは難しい。まさに彼こそ――鏡を見るべきだ。その言葉のすべてが跳ね返る。
「まずは試験に受からねば……」
 試験には自信があった。帝国語を含めて筆記も聴き取りも。
「そして配属先は良きところをフランター伯爵にお願いしよう。娘の我儘の詫びにそれくらいはしてくださるだろう」
 ほとぼりが冷めたらきっとまたお声がけがあるはずだ。
 自分はなんて期待されているのだろう。

 それは伯爵が自分の見る目の無さの責任を取った上で。元婚約者リーシャの優しさだけだったのに。

 息子が駄目な方向に前向きなことをディーラー伯爵が気がついていたら……――。




 王宮での夜会。それは帝国からのお客様をお出迎えしての。
 もともと国の行事予定ではあったが、そこに将来外交を望む生徒を招いても良いと――王からのお声があった。
 国の将来を担う若者に経験をと、王太子殿下のご提案だという。
 優秀な王太子殿下がいるからこの国は安泰だ。
 年下の彼は確か婚約者と同学年。彼女が上手く立ち廻り王太子殿下と親しくなってくれたら婚約者だった自分にもご挨拶する機会ができたろうに。
「まったく出来の悪い婚約者をもつと苦労する」
 元がつくのに。ジェイラスはそれさえ忘れて苦笑する。
 リーシャが王太子殿下とすでに親しいことも、何故ジェイラスを紹介しなかったかも、理解なく。
「……王太子殿下は、優秀な人材をお求めだとか」
 留学希望だった生徒を、あえて引き留めて側近にしたという。
 留学しない方が王太子殿下のお気に召すのかもしれない。
 彼に目をかけてもらえればと、ジェイラスだけでなく他の生徒も今回の夜会の招きに応じていた。
 視界に派手な髪色の生徒が。
 確か公爵家の三男で、彼は留学希望だとか。
 彼と一緒にいるのが確か、その側近になった生徒……だったはず。

 その隣にいるのが先ごろ話題になった王太子殿下お気に入りのデザイナーでは?

 彼女がリーシャの友人だというのはさすがに知っていた。一度フランター家に行ったときに紹介されたからだ。
 だからジェイラスはスピカの容姿が優れていることを知っていた。麦の穂のような輝く髪に、淡い青い瞳と――その整った美貌。
 だからこその「友人も見倣え」だなんて酷い言葉も。彼自身は酷い言葉ではなく、激励だと思っているのが。

 けれどもまさか彼女がその噂のデザイナーだったとは――何故、リーシャは秘密にしていたのか。

 それは彼がスピカの兄たちと同じく、秘密を打ち明けるに値しないと思われたからだ。

 スピカの家が伯爵家にまで上がったことは明らかにされていたが、セオドアが婚約者であることまでは――行く行くはさらに家格を上げられる予定なのは、まだあまり広まってはいなかった。
 セオドアが婚約者であることは、バーディ家の処遇のことで明らかにはされたが。
 家格関係は王太子殿下の世代になってからの予定でもあるし、まだ何かしらあっては困るからだ。
 だがしかし、聡いものにはセオドアが宰相府に良く顔を出していることに、何かしら関わりあると察しており。
「まったく、やはりリーシャはもっと頑張ってくれないと。まったく、気が利かない……機会がいつもあるとは限らないのに」
 察しは、彼のような者には……――。
「彼らは素晴らしいな。あの華やかさ……スピカ嬢だったか、彼女もリーシャにもっと頑張れと言ってくれたら……そうだ」

 これが機会だ。
 彼らに近づく機会だ。

 王太子殿下の側近に、三男とはいえ公爵家の子息。
 そして王太子殿下のお気に入りのデザイナー――そして婚約者の友人。

 ――リーシャのことで話しかけよう。

「こんばんは。スピカ嬢」
「……あら、お久しぶりです」

 覚えていてくれたかと、ジェイラスも愛想良く微笑んだ。
 けれども彼は直ぐに――。
「今宵はリーシャとは一緒では?」
「……呼び捨ては如何なものかと。婚約を解消されたのはもう・・一週間前でしたわよね?」
「あ、はい。リーシャ嬢……と、は……」
 元は男爵令嬢であったというのに、スピカはすでに高位貴族の所作で。
 もう一週間も経ったと、時は流れたのだと注意さえされた。
 ジェイラスもしまったと、慌てて言い直す。気圧されかけたのもある。
 年下の彼らにそんな風に感じたことに、少しばかり悔しいが、身分差は仕方ないとぐっとこらえる。
 それに彼らにお近づきになりに来たのに、この程度で腹を立ててはならない。
「リーシャ嬢ならば、あちらに」
 そうだ、セオドアはリーシャの親戚でもあった。憧れのフランター夫人との繋がり。
 ならばますますお近づきにと――ジェイラスはセオドアの向けた手のひらの先を、流されるまま見て。


 帝国の客人と談笑する黒い華のような美女に目を――すべてを奪われた。


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