「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ

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「あなたのために頑張ったんじゃあないです」

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「お手紙来ました?」
「……来ました」

 親友の問いかけに、リーシャはうなずいた。顔が赤くなっている自覚はある。
 それを見てスピカとグレイスはにんまりと、笑みを。それはからかうでもなく、良かったという……いや、ちょっとはからかう気持ちもある。
 スピカとグレイスには婚約者や嫁ぐ家も決まっていて。
 スピカのように初々しいやり取りはしていないのだ。
「いやいや、グレイスさんはお相手まだ決まってないのでは?」
「う」
 お相手しだいでは彼女もどうなることやら。先の婚約者がアレだったので、今度は良い関係を築けると良いのだが。
 つられて赤くなるグレイスに、スピカはちょっと羨ましくなった。

 自分も「主人公」らしく動いたら恋愛を――いや、やっぱり自分には荷が重い。何せ理性ある奥ゆかしい日本人だったので。

 やはりこれで良かった。

 スピカはうなずきなおし、話を戻すことにした。
 リーシャのお手紙。その相手とは。
「ルイス様は帝国にもう着いたって?」
 そう、リーシャはルイスと文通をすることになったのだ。

 あの夜会から。
 いや、その前に泣いて目が腫れた顔を見られた日から、だろうか。

 ルイスも何かと手助けをしてくれた。
 友人であるセオドアに連れられてだと思っていたのだけれど。
 そんなルイスに提案された。
「帝国のことを知りたくないか?」
 これから彼が留学する帝国から、手紙をくれるという。
「知りたいです!」
 即座にうなずいたのは、リーシャもまた前を向いたからだ。

 彼女はまさに、良い意味で、良い方向に前を向いた。

 彼女は元婚約者が――実は自分に好意があり――明後日の方向過ぎたのを最後まで知らなかったが、それを知っているセオドアは「わざわざ教えることもないな」と、それらをこっそりと胸にしまった。世の中に知らないほうがよいことはたくさんある。

 清濁併せ呑む彼は、良い宰相となるが――それはまだ後の時代。

 今は彼もまだ学生。
 そして彼の友人も。

 手紙のやり取りを提案した時のルイスの顔が、耳が、彼の赤毛と同じように赤くなっていたことに。

「俺より派手な色があるとは思わなかった」

 彼はリーシャの黒を、自分より派手だと――褒めてくれた。
 リーシャが泣いたことを彼は知っている。だから、彼女がそのコンプレックスに打ち勝ったことを、彼は認めてくれたのだ。

「いやその、黒は……そんなに派手なら、俺の色を身に着けても負けないと、思う、んだが……黒は俺にも合うし……っていうか、俺に合わせられるのはもう、黒しかない、て思う」

 その遠回しな言葉の意味。
 そのことにリーシャもじわじわ気がついて、彼女の顔もまた赤くなっていたことを友人たちは知っていて。

 彼は外交官となるために必死に猫を被るようにしているが、いつしかフランター伯爵に認めて貰うためにもなったらしい。それは跡取りであり愛娘であるリーシャに相応しくあると、彼のお眼鏡に適うため。

「私の前では外してもかまいませんよ?」
 
「俺の前ではすっぴんでもいいよ?」

 猫を。鎧を。

 後のフランター伯爵夫妻は、家を継いだ妻もまた、外交官として国を支えたという。


 だが今は手紙のお返事を書かねばと悩むリーシャに、スピカは背中をいつでも押す用意はある。
「リーシャは赤も似合うと思うわぁ」
 またお任せあれとスピカはスケッチブックを抱える。むしろ構える。
「琥珀色も合いそうですわね」
 グレイスも同じくと、スピカに最近勧められて作り始めた「カタログ」と「サンプル」を。その中から見繕う。
 サンプルは極少量ではあるが、むしろ自分に合うか合わないか数回、購入まえに試すことができると好評だ。

「黒は何色にも合うから羨ましいですわ」

 それは彼女たちの話を聞いていた他のクラスメイトたちから。

 かつてその色は暗くて地味だと馬鹿にされた。
 今では皆に羨ましがられる色となった。

 何色より派手で。
 何色よりも尊くて。

 何色よりも――何色にも負けないで、合わせられる。

 そしてリーシャが好きな色となった。

 リーシャはこの色をもって、前を向いた。未来を、考えた。
 ルイスの手紙も、そうだ。

「ルイスさんに、ついでに帝国のコルセットはどんな感じか調べてほしいけど、男の人にはきついかもですわなぁ……」

 親友のお悩みに、先日から考えていることをリーシャは――これは、また彼女に背中を押してもらった形になるのだろうか。
 目指すは次の留学者枠の選抜試験。


「それは……私が留学して調べてくるわ!」





 ―――




 そしてこれはそれから後のお話。

 十年後。
 宰相宅に久しぶりに帰国した外交官夫妻が尋ねてきた。彼らは学生時代からの友人。夫婦ともに。

 外交官夫妻の子は、奥方に似て黒髪に少しばかり目が細めの子であった。

「うー……ん、むむむ……」
「どうしたの、スピカ?」
「いや、薄っすらと……記憶の、なんか引っかかったような……」

 続編で、確か……。
 黒髪で地味な、攻略対象がいたような……目が細めで鋭くて怖いから前髪伸ばして隠している、いわゆるメカクレ枠?

「確か兄弟の中で自分だけ母親似で黒髪で……」
 幼いころから言葉が足りない父親に「頑張りが足りない」「鏡をみろ」だなんて言われて。それがトラウマにすらなっていて。
 同じように父に言われる母親もずいぶんと気を病んでいたはず。自分が黒髪なのが悪いのだとしきりに謝り、涙する。
 それもまた彼の悩みになっていて……――。

 ところがどっこい、主人公の励ましによって自信をつけて、前髪切ったり整えたりしたら、流し目お色気フェロモン系美青年の出来上がり――て、いうのがあったような?

 自分たちの子どもたちが庭で仲良く駆け回る姿をみて、スピカは「あれぇ」と、首を傾げた。

 既視感を感じた坊やは黒髪だが明るくころころと表情を変えて笑っている。前髪も短い。

「……まぁ、いいか。気にせんとこ。忘れとこ」

 スピカは、未来が変わったならそれもまた良しとすることにした。
 既視感の母親も――目の前の親友も謝っていない。泣いていない。それの方が良いから。

 先日、王太子殿下ご夫婦にも同じようなことを言われたし。

「エステルが良い夢みてぐっすり眠れるのが、僕が護りたいところなんだよね」

 眠れるの大事。
 スピカも愛する我が子や夫。友人たち。皆が幸せなのが一番だ。


「平穏無事が現実のところ、一番ですわ」










 こうして、自分に自信がなかった少女は顔を上げ前を向いたのでした、とさ。

 前作を書いたときから次はリーシャの話をと、続きをちまちま書いていましたが…某国が糸目を馬鹿にするようなアレコレで「時期ぃっ」と焦りました。でも「ええい面倒!」ともなり。何で私が遠いお国を気にして控えなあかんのやろか、と。むしろ個性大事、です。
 これを読んで気晴らしになってくださる方がいたらいいなぁ、と願いつつ。
 日本人の黒髪はきれいですよね!

 前作から仕込んでおりました同じくグレイス嬢や、新キャラも出せたことだし。まだまだ彼女たちを楽しんで頂けたら嬉しいです。

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