上 下
33 / 43

33話

しおりを挟む
いつが最後だったのだろうか。
ふと、気付くと俺は花を吐いていない。
ラーサティアと結ばれた訳でもない。
何故ならラーサティアはまだ目を覚ましていないのだ。
最初の一月は、ラーサティアの傍で執務をとりながら何とか騎士団長の職務をこなしたがそれ以上は無理だと軍医に止められ、ならばと職を辞した。
理由を知らない騎士たちには不誠実だと陰口を言うものもいた。
だが、ラーサティアが第一なのだから仕方がない。
王もそれを認め、俺は郊外の一軒家を買ってそこでラーサティアを診ながら暮らしている。
時折王宮から派遣された医師が診察をしにくるくらいで、誰も他に訪れる者はいなかった。

「ラーサティア、今日は庭の花が咲いたから摘んできた……白い綺麗な花だが、俺には学がないから名前はわからないが……いい香りだ」

小さな花瓶に挿した花。

「今日は暖かいから髪を洗おうか」

水を汲んでラーサティアの髪を洗う。
そんな行為も慣れてきた。
自らの身体もラーサティアが目を覚ましたときにむさ苦しい自分を見せられないから。
髭を剃り髪を整え、服も簡易ではあるがシャツとトラウザーズは欠かさない。
そんな事を続けて半年以上経ったある日。

「ラーサティア、今日の食事は果物のジュースだ」

甘く実った果物を潰したジュース。
ラーサティアが好んで飲んだと聞いたもの。
甘いものを市場で購入してジュースにした。

「少し飲んでくれ」

細くなってしまったラーサティアの身体。
上半身を起こしてから口へとジュースを運ぶ。
意識は戻らないが、多少の嚥下能力はあるらしく、医者の点滴と水分補給でこうして命を繋ぎとめている。

「どうだ?甘いだろう?ラーサティアが好きだと聞いた果実だ。俺はまだおまえが好きな物を何一つ知らないんだ……起きたらゆっくり話をしよう?」

もう1口飲ませてやる。

「好きなもの、嫌いなもの……たくさん知りたい……なぁ、ナーサティア……他に何が好きだ?何を食べたい?」

半年の月日でナーサティアが目覚めない焦りも無くなった。
ナーサティアの心臓が拍動しているのがわかっているから、いつかは目覚めてくれると信じることが大切なのだろう。

「………………ニクス……さまが」

小さな声にハッとした。

「……ニクス、さまを…………お慕い……っ」

掠れた声、あの甘やかな軟らかい声音ではなかったが。

「ナーサティアっ!」

閉じていた瞳が開いた。

「……サティと」

呼んで下さいとその美しい形の唇が弧を描く。
細い指が動き触れた俺の指先を軽く掴んだ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【BL-R18】敗北勇者への快楽調教

BL / 完結 24h.ポイント:305pt お気に入り:178

下心は恋心なんだ。

BL / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:26

不完全防水

BL / 完結 24h.ポイント:319pt お気に入り:1

スパイだけが謎解きを知っている

ミステリー / 完結 24h.ポイント:170pt お気に入り:3

妻に不倫された俺がなぜか義兄に甘々なお世話されちゃってます

BL / 完結 24h.ポイント:3,692pt お気に入り:1,464

【R18】囚われの姫巫女ですが、なぜか国王に寵愛されています

恋愛 / 完結 24h.ポイント:662pt お気に入り:1,217

車いすの少女が異世界に行ったら大変な事になりました

AYU
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:383pt お気に入り:53

愛しているフリはもうおしまい。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:376pt お気に入り:1,597

処理中です...