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本編
P17 秘密のお手紙
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旦那様と言い合いになってしまった朝からもう三日。
わたくしは事前にお約束のあったもの以外の外出を禁じられてしまいました。そして毎日アナトリオと過ごす時間を取るようにと旦那様に申し付けられました。
初めのうちは、旦那様とあの方がお仕事にお出かけになっている昼間のうちにアナトリオの日光浴や散歩を行う事に致しました。
しかし、厳しく躾けを受けた孤児院の子供達と違って、アナトリオはわたくしの命令に全く従いません。孤児院の天使たちはみな美しく、わたくしが何か命令すれば嫌な顔ひとつせずに何でもすぐに従いますのに。
言葉もまともに話せず「あー」だの「だー」だの言うだけで、何が言いたいのかさっぱりわかりません。それどころか、すぐに涎を垂らすし、ちょっとしたことで大泣きしては涙と鼻水だらけになってしまうのです。
なぜこの高貴なわたくしがこんな汚くて臭くてわけのわからないものと一緒に過ごさなければならないのでしょう。孤児院の子供たちはあんなに美しくて従順だったのに。
あまりのアナトリオの聞き分けのなさに、心を鬼にして厳しく躾を行おうとしたら、顔色を変えた乳母が生意気にも割って入りました。
しかたなく、そんな不満を漏らしましたところ、乳母どころか騒ぎを聞きつけて駆けつけた家令までもが顔色を変えてしまったのです。
そして次の日からは、朝早くあの方がアナトリオと過ごすのを見て子供との接し方を学ぶようにと言い渡されてしまいました。
彼らはこの高貴な貴婦人である実の母親よりも、図々しく他人様の屋敷に居候している一介の法衣貴族の方が、保護者としてはるかに正しい振る舞いをしていると、母親と名乗りたければ少しでもあの方を見習えと言うのです。
こんな屈辱が赦されて良いものでしょうか。
今朝も朝早くから叩き起こされ、朝食と鍛錬を終えたあの方とアナトリオの散歩に付き合わされております。
あの方はアナトリオと手をつなぎ、よちよち歩きのアナトリオにあわせて歩いておられますが、その歩みののろいことときたら。亀だってもっとてきぱきと歩くでしょう。
しかも、アナトリオは途中で色々なものに気が散ってしまい、すぐにしゃがみこんでは雑草だの、小さな虫だのに見入っているのです。あの子には集中力というものがないのでしょうか。
呆れた事に、あの方は落ち着きのなさを叱るどころか、いちいちそれに付き合って隣にしゃがみ込んでしまいます。
「これはノチドメの葉ですよ。傷薬の材料になるのです」
「こちらは花蜂ですよ。蜜をもらうかわりに花粉を運んで草や木が実をつける手助けをするのです」
こんな愚にもつかない、何の役にも立たぬ話をするなんて、どこまで頭が悪いのか。
そのくらいなら、キョロキョロと落ち着きなくあちこち見回す態度を厳しく叱り、未来の侯爵に相応しい威風堂々たる立ち居振る舞いやわ教えるべきなのに。
なんという時間の無駄でしょう。こんな事に時間を費やすのであれば、あの孤児院の天使たちのもとへと馳せ参じ、共に夢のような時間を過ごしたいものでございます。
ようやく旦那様とあのお方が出勤されました。
わたくしは朝早くから叩き起こされたせいで既に疲労困憊です。
朝食をいただいたらさっさとお昼寝でもしようと思っていたら、使用人がプルクラ様からのお手紙を持って参りました。
さっそく封をあけますと、美しい若草色の便箋の他に、やや小ぶりの萌黄色の封筒が入っているではありませんか。これはきっと秘密のお手紙に違いありません。
わたくしは私室に入り、仮眠をとるからと言って使用人たちを下がらせてから萌黄色の封筒の封を切りました。
中身はなんと、エスピーア様からのお便りです。
エスピーア様のお名前で手紙が届くと、使用人たちにあらぬ疑いを抱かれてしまいかねないからと、わざわざプルクラ様に手紙を託してくださったのだそうです。
お手紙にはわたくしが夫に不当に閉じ込められ、不自由な暮らしを送っていることを案じていると書かれていました。そして先日ご一緒に見た芝居のヒロインのように、横暴な夫に蔑ろにされているわたくしを、ご自身が必ず助け出すから待っていてほしいと切々と書き綴られているではありませんか。
わたくしは感激のあまり涙ぐんでしまいました。
今は屋敷に押し込められ、不自由な暮らしを送ってはおりますが、必ずやエスピーア様やプルクラ様がわたくしを助けてくださるでしょう。そしてあの方に正義の鉄槌を下して、必ずや公爵家乗っ取りの野望を阻止してくださるに違いありません。
さっそくそのためにわたくしができる事、すべきことを教えてくださいとお返事をしたため、それをポプリの入ったサシェの中に入れてプルクラ様あてのお便りに添えました。これでプルクラ様がエスピーア様にお渡しくださることでしょう。
わたくしも嘆いてばかりではいられません。
どうにかして旦那様とあの方の隙を探り、自由の身を勝ち取るために戦わなければ。
わたくしは事前にお約束のあったもの以外の外出を禁じられてしまいました。そして毎日アナトリオと過ごす時間を取るようにと旦那様に申し付けられました。
初めのうちは、旦那様とあの方がお仕事にお出かけになっている昼間のうちにアナトリオの日光浴や散歩を行う事に致しました。
しかし、厳しく躾けを受けた孤児院の子供達と違って、アナトリオはわたくしの命令に全く従いません。孤児院の天使たちはみな美しく、わたくしが何か命令すれば嫌な顔ひとつせずに何でもすぐに従いますのに。
言葉もまともに話せず「あー」だの「だー」だの言うだけで、何が言いたいのかさっぱりわかりません。それどころか、すぐに涎を垂らすし、ちょっとしたことで大泣きしては涙と鼻水だらけになってしまうのです。
なぜこの高貴なわたくしがこんな汚くて臭くてわけのわからないものと一緒に過ごさなければならないのでしょう。孤児院の子供たちはあんなに美しくて従順だったのに。
あまりのアナトリオの聞き分けのなさに、心を鬼にして厳しく躾を行おうとしたら、顔色を変えた乳母が生意気にも割って入りました。
しかたなく、そんな不満を漏らしましたところ、乳母どころか騒ぎを聞きつけて駆けつけた家令までもが顔色を変えてしまったのです。
そして次の日からは、朝早くあの方がアナトリオと過ごすのを見て子供との接し方を学ぶようにと言い渡されてしまいました。
彼らはこの高貴な貴婦人である実の母親よりも、図々しく他人様の屋敷に居候している一介の法衣貴族の方が、保護者としてはるかに正しい振る舞いをしていると、母親と名乗りたければ少しでもあの方を見習えと言うのです。
こんな屈辱が赦されて良いものでしょうか。
今朝も朝早くから叩き起こされ、朝食と鍛錬を終えたあの方とアナトリオの散歩に付き合わされております。
あの方はアナトリオと手をつなぎ、よちよち歩きのアナトリオにあわせて歩いておられますが、その歩みののろいことときたら。亀だってもっとてきぱきと歩くでしょう。
しかも、アナトリオは途中で色々なものに気が散ってしまい、すぐにしゃがみこんでは雑草だの、小さな虫だのに見入っているのです。あの子には集中力というものがないのでしょうか。
呆れた事に、あの方は落ち着きのなさを叱るどころか、いちいちそれに付き合って隣にしゃがみ込んでしまいます。
「これはノチドメの葉ですよ。傷薬の材料になるのです」
「こちらは花蜂ですよ。蜜をもらうかわりに花粉を運んで草や木が実をつける手助けをするのです」
こんな愚にもつかない、何の役にも立たぬ話をするなんて、どこまで頭が悪いのか。
そのくらいなら、キョロキョロと落ち着きなくあちこち見回す態度を厳しく叱り、未来の侯爵に相応しい威風堂々たる立ち居振る舞いやわ教えるべきなのに。
なんという時間の無駄でしょう。こんな事に時間を費やすのであれば、あの孤児院の天使たちのもとへと馳せ参じ、共に夢のような時間を過ごしたいものでございます。
ようやく旦那様とあのお方が出勤されました。
わたくしは朝早くから叩き起こされたせいで既に疲労困憊です。
朝食をいただいたらさっさとお昼寝でもしようと思っていたら、使用人がプルクラ様からのお手紙を持って参りました。
さっそく封をあけますと、美しい若草色の便箋の他に、やや小ぶりの萌黄色の封筒が入っているではありませんか。これはきっと秘密のお手紙に違いありません。
わたくしは私室に入り、仮眠をとるからと言って使用人たちを下がらせてから萌黄色の封筒の封を切りました。
中身はなんと、エスピーア様からのお便りです。
エスピーア様のお名前で手紙が届くと、使用人たちにあらぬ疑いを抱かれてしまいかねないからと、わざわざプルクラ様に手紙を託してくださったのだそうです。
お手紙にはわたくしが夫に不当に閉じ込められ、不自由な暮らしを送っていることを案じていると書かれていました。そして先日ご一緒に見た芝居のヒロインのように、横暴な夫に蔑ろにされているわたくしを、ご自身が必ず助け出すから待っていてほしいと切々と書き綴られているではありませんか。
わたくしは感激のあまり涙ぐんでしまいました。
今は屋敷に押し込められ、不自由な暮らしを送ってはおりますが、必ずやエスピーア様やプルクラ様がわたくしを助けてくださるでしょう。そしてあの方に正義の鉄槌を下して、必ずや公爵家乗っ取りの野望を阻止してくださるに違いありません。
さっそくそのためにわたくしができる事、すべきことを教えてくださいとお返事をしたため、それをポプリの入ったサシェの中に入れてプルクラ様あてのお便りに添えました。これでプルクラ様がエスピーア様にお渡しくださることでしょう。
わたくしも嘆いてばかりではいられません。
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