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本編
P26 残酷な現実
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あの悪夢のような日からいったいどれほどの時間が経ったでしょう。
出血はおさまり、やや貧血気味ながらもようやくベッドの上で身を起こすことができるようになりました。声も普通に出るようになりましたが、使用人たちはわたくしとは極力話したがりません。
うわべは丁寧ですが、以前のように主として立てようとする意図もなく、ただ死なせないために介護をしているだけです。
あの日、旦那様が部屋を立ち去った後に入れ替わりにいらっしゃったのはマッテオ・コンタビリタ。わたくしの実の兄です。
おかしなことに、兄までもがとても実の妹に向けるとは思えないような冷たい憎悪の籠った眼をわたくしに投げかけます。
「エルンはもう二度とお前の顔を見たくないそうだ。俺も同感だが、残念ながら実の兄であるという事実は消えん。実家で手に負えず持て余していたお前を殿下に泣きついて押しつけた責任もある。仕方ないのでお前の処分が決まるまでは面倒を見てやろう。まだ動かすと危険らしいので、数日はこの屋敷で療養させてやるが、落ち着いたら王都を出てもらうぞ」
「な……ひど……」
あまりにひどい言い分に、わたくしは抗議の声を上げようとしましたが、喉がかすれてまともな言葉になりません。
「何が酷い、だ。お前が加担した犯罪を考えれば、その場で叩き斬られなかっただけで、どれほど感謝しても足りんくらいだぞ。クロードの謀殺だけじゃない。貧民街に炊き出しを装い麻薬をばらまき、薬漬けにした生活困窮者に誘拐、傷殺人などの凶悪犯罪を行わせ、孤児院を装った娼館で児童売春や人身売買を行ったり……どれだけ家名を貶めれば気が済むんだ」
「そん……しら……」
「とにかく、今は医師の指示に従って1日も早く身体を治せ。裁きを受けさせるにせよ幽閉するにせよ、まずはそれからだ」
声が枯れてうまく話せないこともあり、誰もわたくしの言葉に耳を傾けるつもりはないようです。
いったいわたくしが何をしたというのでしょう。わたくしは涙を流すこともできず、我が身に起きた悲劇について一人嘆くことしかできませんでした。
その後、お兄様は毎日わたくしの様子を見にいらっしゃいますが、会話はございません。
今日は医師からあらためて病状の説明をいただけるとの事。お兄様は立ち合いのために職場を早退してこの屋敷に立ち寄って下さったそうです。
ちょうど医師が説明を始めようとしたその時、ノックの音と同時にドアが開き、男性が二人入ってきました。お一人は旦那様、そしてもうお一人はなんと第二王子のマリウス殿下。
皆さまわたくしの容態を案じて病状説明を聞きに来てくださったのですね。
「急に押し掛けてすまんな。ちょうどその女の処分も決まったので、病状説明と一緒にしてしまおうと思ってな」
マリウス殿下がお兄様におっしゃいます。わたくしの方を一瞥もしないそのお姿に、嫌な予感がしてまいりました。
わたくしは何一つ悪いことはしていないのに、処分とは一体どういう事でしょう?
「まず病状説明から頼む」
「かしこまりました。パトリツァ様は何らかの理由により左腎臓と子宮、卵巣を失われました。先日発見された際、外傷はないものの腹部の激痛および下血が確認されたため、緊急開腹手術を行ったところ、臓器の喪失およびそれらの臓器と繋がっていたはずの血管からの激しい出血があり、凝固剤などを使用した止血と同時に、腹腔内に溜まった血液を除去しました。現在、臓器喪失による傷口の回復は順調で、出血は止まっております。今後、子宮と卵巣を失ったため妊娠、出産はできませんが、徐々に回復すればその他の日常生活は送れるようになるはずです。また、傷がふさがれば性交は可能ですが、当分の間は感染症の危険があるので控えてください」
「良かったな。傷さえ治れば好きなだけ男も咥えこめるらしいぞ。妊娠の心配がなくなったから遊び放題だが、性病だけは気を付けてくれよ」
「そ……そんな……ひどいですわ。まるでわたくしが遊び女のように……」
絶望的な結果を告げられたにもかかわらず、お兄様はわたくしがとんでもない阿婆擦れのようにおっしゃいます。実の妹をここまで侮辱するとは、お兄様はそれでも人の子なのでしょうか?
「どこが違うのです?私との婚姻中も、三日と空けずに他の男性と連込み宿や個室レストランに入り浸ってましたよね?」
「それだけではない。週に二回は孤児院に偽装した娼館で児童買春。場末の娼婦もここまで男好きではないだろうよ」
「殿下、それは娼婦に失礼というものですよ。彼女たちは親兄弟に売られて仕方なく春をひさいでいるものが大半だ。本音を言えば好きでもない男とそんな行為などしたくもないはずです」
旦那様とマリウス殿下までこのような侮辱を……いったい、わたくしが何をしたというのでしょうか。
「ひどいですわ……わたくし何も悪い事はしてないのに……。ただ侯爵夫人にふさわしく、みなさまの羨望と憧憬を集めるように頑張っていただけなのに」
思わず嘆きますが、かえって呆れられてしまいました。
「お前……侯爵夫人として、と言うが、使用人の統率も金の管理も全くできてないだろう。挙句に男性使用人に肉体関係を迫っては断られてクビにしたり……。クロードが全て把握してて、帳簿をつけたり、クビになった使用人に自分の名前で紹介状を書いて次の職を探したり、夜会や茶会の計画を立てたりと、全部フォローしてくれていたから問題にならなかっただけだ」
「領地の事も全く興味を持たないから結局私が一人でやっていました。あなたが果たした侯爵夫人の務めとは、アナトリオを産んだ事だけですね」
「普通は侯爵夫人がこなす役目はほとんどクロードがこなしていたな」
わたくしは、理想の侯爵夫人としてみなさまに尊敬され憧れられ、羨ましがられていると信じておりましたのに、実際にはただの無能な阿婆擦れだと思われていたとは……
あまりの悔しさ、情けなさに目の前が暗くなって参りました。
みなさまどうしてわたくしをこんなにいじめるのでしょう?
エスピーア様はなぜわたくしを助けに来ないのでしょう?
わたくしにはもう訳が分からず、ただ泣き崩れるほかはありませんでした。
出血はおさまり、やや貧血気味ながらもようやくベッドの上で身を起こすことができるようになりました。声も普通に出るようになりましたが、使用人たちはわたくしとは極力話したがりません。
うわべは丁寧ですが、以前のように主として立てようとする意図もなく、ただ死なせないために介護をしているだけです。
あの日、旦那様が部屋を立ち去った後に入れ替わりにいらっしゃったのはマッテオ・コンタビリタ。わたくしの実の兄です。
おかしなことに、兄までもがとても実の妹に向けるとは思えないような冷たい憎悪の籠った眼をわたくしに投げかけます。
「エルンはもう二度とお前の顔を見たくないそうだ。俺も同感だが、残念ながら実の兄であるという事実は消えん。実家で手に負えず持て余していたお前を殿下に泣きついて押しつけた責任もある。仕方ないのでお前の処分が決まるまでは面倒を見てやろう。まだ動かすと危険らしいので、数日はこの屋敷で療養させてやるが、落ち着いたら王都を出てもらうぞ」
「な……ひど……」
あまりにひどい言い分に、わたくしは抗議の声を上げようとしましたが、喉がかすれてまともな言葉になりません。
「何が酷い、だ。お前が加担した犯罪を考えれば、その場で叩き斬られなかっただけで、どれほど感謝しても足りんくらいだぞ。クロードの謀殺だけじゃない。貧民街に炊き出しを装い麻薬をばらまき、薬漬けにした生活困窮者に誘拐、傷殺人などの凶悪犯罪を行わせ、孤児院を装った娼館で児童売春や人身売買を行ったり……どれだけ家名を貶めれば気が済むんだ」
「そん……しら……」
「とにかく、今は医師の指示に従って1日も早く身体を治せ。裁きを受けさせるにせよ幽閉するにせよ、まずはそれからだ」
声が枯れてうまく話せないこともあり、誰もわたくしの言葉に耳を傾けるつもりはないようです。
いったいわたくしが何をしたというのでしょう。わたくしは涙を流すこともできず、我が身に起きた悲劇について一人嘆くことしかできませんでした。
その後、お兄様は毎日わたくしの様子を見にいらっしゃいますが、会話はございません。
今日は医師からあらためて病状の説明をいただけるとの事。お兄様は立ち合いのために職場を早退してこの屋敷に立ち寄って下さったそうです。
ちょうど医師が説明を始めようとしたその時、ノックの音と同時にドアが開き、男性が二人入ってきました。お一人は旦那様、そしてもうお一人はなんと第二王子のマリウス殿下。
皆さまわたくしの容態を案じて病状説明を聞きに来てくださったのですね。
「急に押し掛けてすまんな。ちょうどその女の処分も決まったので、病状説明と一緒にしてしまおうと思ってな」
マリウス殿下がお兄様におっしゃいます。わたくしの方を一瞥もしないそのお姿に、嫌な予感がしてまいりました。
わたくしは何一つ悪いことはしていないのに、処分とは一体どういう事でしょう?
「まず病状説明から頼む」
「かしこまりました。パトリツァ様は何らかの理由により左腎臓と子宮、卵巣を失われました。先日発見された際、外傷はないものの腹部の激痛および下血が確認されたため、緊急開腹手術を行ったところ、臓器の喪失およびそれらの臓器と繋がっていたはずの血管からの激しい出血があり、凝固剤などを使用した止血と同時に、腹腔内に溜まった血液を除去しました。現在、臓器喪失による傷口の回復は順調で、出血は止まっております。今後、子宮と卵巣を失ったため妊娠、出産はできませんが、徐々に回復すればその他の日常生活は送れるようになるはずです。また、傷がふさがれば性交は可能ですが、当分の間は感染症の危険があるので控えてください」
「良かったな。傷さえ治れば好きなだけ男も咥えこめるらしいぞ。妊娠の心配がなくなったから遊び放題だが、性病だけは気を付けてくれよ」
「そ……そんな……ひどいですわ。まるでわたくしが遊び女のように……」
絶望的な結果を告げられたにもかかわらず、お兄様はわたくしがとんでもない阿婆擦れのようにおっしゃいます。実の妹をここまで侮辱するとは、お兄様はそれでも人の子なのでしょうか?
「どこが違うのです?私との婚姻中も、三日と空けずに他の男性と連込み宿や個室レストランに入り浸ってましたよね?」
「それだけではない。週に二回は孤児院に偽装した娼館で児童買春。場末の娼婦もここまで男好きではないだろうよ」
「殿下、それは娼婦に失礼というものですよ。彼女たちは親兄弟に売られて仕方なく春をひさいでいるものが大半だ。本音を言えば好きでもない男とそんな行為などしたくもないはずです」
旦那様とマリウス殿下までこのような侮辱を……いったい、わたくしが何をしたというのでしょうか。
「ひどいですわ……わたくし何も悪い事はしてないのに……。ただ侯爵夫人にふさわしく、みなさまの羨望と憧憬を集めるように頑張っていただけなのに」
思わず嘆きますが、かえって呆れられてしまいました。
「お前……侯爵夫人として、と言うが、使用人の統率も金の管理も全くできてないだろう。挙句に男性使用人に肉体関係を迫っては断られてクビにしたり……。クロードが全て把握してて、帳簿をつけたり、クビになった使用人に自分の名前で紹介状を書いて次の職を探したり、夜会や茶会の計画を立てたりと、全部フォローしてくれていたから問題にならなかっただけだ」
「領地の事も全く興味を持たないから結局私が一人でやっていました。あなたが果たした侯爵夫人の務めとは、アナトリオを産んだ事だけですね」
「普通は侯爵夫人がこなす役目はほとんどクロードがこなしていたな」
わたくしは、理想の侯爵夫人としてみなさまに尊敬され憧れられ、羨ましがられていると信じておりましたのに、実際にはただの無能な阿婆擦れだと思われていたとは……
あまりの悔しさ、情けなさに目の前が暗くなって参りました。
みなさまどうしてわたくしをこんなにいじめるのでしょう?
エスピーア様はなぜわたくしを助けに来ないのでしょう?
わたくしにはもう訳が分からず、ただ泣き崩れるほかはありませんでした。
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