お飾りの私を愛することのなかった貴方と、不器用な貴方を見ることのなかった私

歌川ピロシキ

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本編

C25 秘密の花園

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 イリュリア郊外の丘を登って下ってまた昇って。
 雑木林が深くなり、いつの間にか植生が変わってどこともつかぬ山の中。森と森の境目の、ほんの少し開けた急斜面にその館はある。
 常に黄昏時の光に包まれて、色とりどりの花が溢れる小さな庭園と、大きな釣鐘型の白い花が咲き乱れるガラスの温室。こぢんまりとした館は派手ではないが、瀟洒で洗練されていて居心地が良い。

 咲き終わった庭園の花を一つ一つ丁寧に摘んで。丸い林檎に似た果実を収穫する。
 蜂たちのぶんぶんという羽音が眠気を誘うけれど、エリィが帰ってくるまでに手入れを済ませておきたい。
 この館で僕はずっとエリィの訪れを待っている。
 僕はもう、王家とか派閥とか、そういう人間の足の引っ張り合いにすっかり疲れてしまった。エリィだけがいればそれでいい。
 そう言ったらあの女の子(仮)がこの空間を作ってくれた。
 彼女は自らを創世神イシュチェルと名乗っているが、実際は何なのかわからないし、正直言ってどうでも良い。

 ここはエリィだけが自由に出入りできる。
 彼は今まで通り、法務官僚として働きながら、たまにあの女の子(仮)のお願いを聞いてやることになった。
 教会の連中が勝手にやらかした犯罪のせいで、彼女の権威が傷つき力が失われたんだそうだ。だから権威を取り戻し、力を蓄えるために協力しろと言われている。
 もっとも、生贄の魂を喰らったり、人を陥れ弄んで生じた因果の歪みから力を得るそうだから……その本性が知られたら権威を取り戻すどころか信者がいなくなるんじゃないかな?
 ゾンビとかいう奴が力を取り戻す事を異様に恐れていて、今のうちに少しでも力をつけるために生贄が欲しくて必死な女の子(仮)にはとても言えないけどね。

 僕はこの館から出られない代わりに、二度と人間同士の煩わしい争いには関わらないし、関われない。重い病や怪我に苦しむ人も、存在は知っているけれども癒してあげる事は出来ない。
 さらわれて売られる子供達も、卑猥な奉仕を強要される子供達も、残念ながら助けようがない。
 だって僕は彼らと同じ世界にはいないのだもの。

 どうやっても僕には何もできないのだから、何もしてあげられれなくても寝覚めは悪くならない。彼らを救えなかったのはお前のせいだと責められることもないし自分を責める事もない。

 僕はただここにいて、花を育てて、蜜を集める。
 あとはエリィのために彼が好きなものを集めて、いつでも寛いでもらえるようにするだけ。
 なぜかお腹がすいたりはしないのだけど、料理をしたいと思うと、いつの間にか台所に欲しかった材料と道具が揃っている。

 だから彼の好きなものをいっぱい作って、いつ帰ってきても良いように備えている。
 時折求められて、朝まで愛し合ったりすることもある。不思議な事だけど、身体を重ねると、なぜかその後はやたらと心身の調子が良い。
 なんとなく見当はつくのだけど、エリィは笑ってごまかして教えてくれない。

 あの虹色の女の子(仮)のくれた身体は健康そのもので、ちゃんとエリィの愛に応えることができるのが嬉しい。この身体をくれた分だけでも、恩返ししてあげてもかまわないかな、と思えてしまう。

 母屋の方からいい匂いが漂ってきた。
 オーブンで焼いていた羊の肝と香草のグラタンがそろそろ出来上がったようだ。一緒に焼いておいた胡桃入りのパンも良い感じにしあがっている。早く帰ってこないかな……

 テーブルの上にできあがった料理を並べていると、背後から優しく抱きしめられる感触がした。

「ただいまディディ、今日も綺麗だよ」

「おかえりエリィ、何だか上機嫌だね」

 今日もちゃんと帰ってきてくれた愛しい人の身体に軽く魔力を流して状態を診る。
 怪我とかはないけど疲れは溜まってるみたい。乳酸を還元して疲労物質を分解する。この程度なら消費する魔力も生命力も極わずかである。

「こら、むやみに術を使うなよ」

 エリィが軽くたしなめながらキスしてくれた。
最初は軽く啄むように......何度も角度を変えながら少しずつ口付けが深くなるにつれ、絡み合った粘膜の感触からじんわりと温かなものが流れ込んできて、消費したはずの生命力が回復する。
 おそらく情報伝達魔法かくかくしかじかと同じ理屈。あれは同じものを意識することで表層意識を同期させ、情報を共有して譲渡する。
 同様に、共通する触覚を基点に身体感覚を同期させれば、生命力なり体力なり、共有して譲渡できるはず。
 決して一方通行ではない、互いに分かち合いたい気持ちがあって初めて可能になる、ちょっとした奇跡みたいな技。エリィは何も言わないけれど、たぶんそういう事なんだろう。

 僕は世俗と切り離されたこの場所で、彼だけを見つめてただあり続ける。いつか必要とされなくなるその日まで。
 それは、全てを諦め差し出す事しか知らず、何も残らずに死んでしまった僕にとっては、贅沢すぎるほどの幸せなのだ。
 願わくば、この束の間の幸福が一日でも長く続きますように。

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