お飾りの私を愛することのなかった貴方と、不器用な貴方を見ることのなかった私

歌川ピロシキ

文字の大きさ
85 / 94
本編

C26 永遠の黄昏時の庭園で

しおりを挟む
 あれから人間の世界では二十年くらい経ったらしい。
 エリィは相変わらず仕事が終わるとほぼ毎日ここに来て、一晩過ごして直接出勤する。ここにいる間、人は年齢を取らないので、僕は未だに24歳のままだし、エリィもどう見ても三十前後のままだ。
 さすがに見た目が若すぎるので違和感を覚える人が出てくるのではないかと気がかりではあるが、それこそ創世神イシュチェルが何とかすべき事だろう。
 僕たちをここに連れてきたのは完全に彼女の都合と気まぐれの問題なのだから。

 彼の政務がたまっている時は、ここに書類を持ち込んで一緒に処理する事にしている。たまに旧友のマリウス殿下やマシューから相談の手紙を寄越すので、気が向いた範囲で返事を書いたりもする。
 自分から常世に関わろうとは思わないが、ちょっと知恵を貸すくらいで役に立てるなら、旧友の頼みくらいは聞いてあげるのもやぶさかではない。何しろ今は時間がたっぷりあるのだから。

 最近、エリィが職場で面白い子を見つけたとご機嫌だった。どうやら僕の兄弟子の教え子が警邏けいらを担当する第二旅団にいるらしい。鮮血の白薔薇、なんて大仰な二つ名を持つその子は、自分の所属する部隊の本来の任務である犯罪捜査と治安維持にあたりつつ、国境付近での小競り合いに派遣されてはそのたびに目覚ましい軍功をあげているそうだ。
 生真面目で一生懸命なところが昔の僕を見ているようで可愛いよ、と笑っていたが、目をつけられた彼はなかなかに苦労しそうだ。

 このシュチパリアは一見平和だが、周辺諸国をめぐる情勢は日に日に緊迫感を増している。今はたまたま旧カロリング王国周辺で紛争が相次いでいて、列強があちらで利権を争ってくれているから見逃されているだけ。
 文明の十字路と言えば聞こえは良いが、諸大国の隙間におさまった、吹けば飛ぶような小国のこの国は、いつ何かのついでに蹂躙じゅうりんされてもおかしくない立場なのだ。

 地理的に考えて、オスロエネの影響下に戻るか、さもなくばオストマルクの軍門に下るか……最悪の場合はヴァリャーギに蹂躙じゅうりんされるか。遠からずしていずれかの大国に飲み込まれ、実質的にこの国は地図の上から消え去るだろう。
 どう転ぶにせよ、白薔薇くんが十年以上生き延びる事はまずないだろう。
 数々の手柄を立てた二つ名持ちで、治癒魔法の名手。しかも若くて見目が良く、将兵に人気がある。そんな将校が戦時に放っておかれる訳がない。

 生真面目なその子は背負わされた期待に応えるために精一杯自らを差し出し続けるだろう。そして前線でそこまで目立った功がある……言い換えれば敵国から恨みを買っている武官が、講和時に人身御供になるのはよくある事だ。
 幸運にも戦死するのでなければ、贖罪しょくざいの山羊となる可能性が高い。

 何もかも差し出させられ、最期に何もなくなって切り捨てられる時に、その子がどんな顔をするだろうね?エリィは人の悪い顔で笑っていた。
 僕には関係のないことだけど、それでも彼の最期があまり悲惨なものにならない事を願いたい。
 しょせんはどこまでも他人事で、「寝覚めが悪いのは嫌だから、気が向いた時に適当に祈っておく」程度の気持ちなんだけど。

 茜色に染まった僕たちだけの秘密の花園で、僕はただエリィと在ることだけを心から望んでいる。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。 ※新作です。アルファポリス様が先行します。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】お世話になりました

⚪︎
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...