お飾りの私を愛することのなかった貴方と、不器用な貴方を見ることのなかった私

歌川ピロシキ

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閑話

輝く峰(1)

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※エリィとディディが在学中(十六歳)のお話です。この国の貴族学校では満十三歳の九月に入学して満十八歳の六月に卒業します。暦は太陽暦と同じで、一年は十二月です。(虹色女神イシュチェルがそんなに凝った世界設定を自分で考えられる訳がないので地球に準じた環境です(笑))
※大晦日に投稿しようとして間に合わなかったお話なのですが、「ピンク頭かく語りき」本編の伏線として書いた番外編だったので公開します。季節外れで申し訳ありません(平謝り)

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「冬休暇、クロードはどうするんだ?実家に帰るのか?」

 年の瀬も迫ったある日、寮の食堂で夕食を食べ終わった僕に級友のマッテオ・コンタビリタが声をかけてきた。隣に座ったエリィが気遣わし気な視線を送ってくるのを感じるが、やんわりと微笑して「う~ん、どうしようかな?」と悩むふりをする。

「父上からは何も言ってこないし、兄上たちも忙しそうだしね」

「何も予定がなければうちの領地に来ないか?妹がぜひ連れて来いってうるさいんだ。もちろんエルンも一緒にな」

 マシューの妹さんかぁ……
 彼の二歳年下のパトリツァ嬢は入学早々色々な意味で学園中で有名人。
 とても美人で一部の男子生徒には人気があるらしいけれども……申し訳ないんだけど、あんまり気が進まない。

「ディディ、夕べ話していたの忘れたか?今年はうちの領地に来て新年の祭りに出るんだろう?」

 隣のエリィが助け船を出してくれた。そういう約束はまだしていなかったけど、新年を彼と迎えられるならそれが一番うれしいな。

「ごめん、寝ぼけてたみたい。そういうことだから、マシューのところはまた今度ね?」

 ごめんね、とマシューの顔を見やると「仕方ないなあ」と笑いながら嘆息して納得してくれた。

「そりゃエルンと先約があるなら仕方ないだろ。お前ら本当に仲いいから」

「まったく、能天気で羨ましいぞ。俺なんか年末から休みの終わりまでぎっしり行事づくめだ」

 向かい側に座ったマリウス殿下が苦笑い。確かに、王族の彼ならば学校の休暇中は授業のある時の分の公務もまとめてこなさなければならないから朝から晩まで休む暇がなさそうだ。

「大変だね、殿下。遠くから応援だけしているね」

「俺も応援だけならしてやる」

「俺も俺も!」

「全く他人事だと思いやがって……王宮に泊まり込んで手伝ってくれても良いんだぞ?」

 冗談交じりに言う僕たちに、やはり冗談めかして睨みつける殿下。こういう気安いやりとりも、学生の今だけ赦されたものなんだろう。
 卒業後はどのような立場になるかまだ分からないけれども、王族と臣下と言うはっきりとした立場の違いが僕たちを隔てずにはいられない。
 今のうちだけの親密なやりとりは幸せだけれど、終わりが見えているだけに少し寂しい。

「何も力になれないけど、あまり無理しないでね?大事な友達だから」

 最後に一言だけ本音を伝えると殿下は嬉しそうに微笑んで僕の頭をぽんぽんと撫でた。

 そして冬期休暇初日。
 僕はエリィと一緒に南部にある彼の家の領地に出発した。
 王都から彼の実家まで馬車で三日半。途中、馬を換えながら宿に泊まったり街を散策したり。
 見知らぬ街をエリィと歩くのはとても楽しい。

 王都イリュリアは海に面していて冬でもあまり寒くならないのだけれども、こちらはだいぶ山がちな地域になる。
 とは言え、この辺りはエルダやモエシアと言った近隣諸国への重要な交通の要衝であり、街道はしっかり整備されているので馬車での移動も快適だ。

「うわ、山が真っ白!僕、こんなに雪が積もっているの初めて見たよ。けっこう寒いね」

「こっちは標高が高いからな。スキーはもちろん、湖でスケートもできるぞ」

「うわ、どっちも初めてだよ。教えてくれる?」

 僕は経験したことのない寒さにもかかわらず、初めて見る一面の雪景色にすっかりはしゃいでしまった。
 後から思い返すと小さな子供みたいで少し恥ずかしいけれども、エリィも一緒にとても嬉しそうにしてくれていて、これから訪れるまだ見ぬ雪国への期待がどんどん高まっていく。

 ついに四日目の夕方、彼の領地の中心都市であるコルチャオに到着。明日はもう大晦日だ。
 小さな城塞都市は間近に迫った山肌と共に雪で真っ白に染まり、間近に見えるミクラ湖は凍り付いて銀色の盆のように光っている。

「うわぁ、見渡す限り雪が積もってる。本当に綺麗だなぁ」

 キラキラと輝く白と銀と黒の世界にすっかり目を奪われてしまって、生まれて初めて経験する寒さも頭から吹き飛んでしまった。なんて綺麗な世界なんだろう。
 エリィは学園に入るまで、社交シーズン以外はこんなに美しい世界に生きていたんだと思うと感慨深い。

「連れてきてくれて本当にありがとう。こんなに綺麗な景色、初めて見たよ」

 子供のようにはしゃぐ僕を出迎えてくれたエリィの家族や使用人たちは微笑ましげに見守ってくれた。
 実家ならはしたないと叱られるか、「だからできそこないは」と冷たい目で見られるのが関の山なんだけど、ここの人たちはとても温かで居心地が良い。
 僕はこの小さな城とそこに住む人々がすっかり好きになってしまった。

 城の広間に入ると、いたるところが林檎やザクロを刺したトウヒの枝で飾られていた。大きなテーブルにはクラビエデス粉砂糖を振ったアーモンドクッキーメロマカロナ堅焼きクッキーの糖蜜がけ、様々なチーズの盛り合わせがたっぷり盛られた大皿がいくつも載っている。

「年末年始の祝祭日は、街の住人なら誰でもここに入ってテーブルの上に用意されたものを食べて良い事になっている。ディディも適当につまんでくれ」

 エリィに教えてもらって、少しだけクラビエデスアーモンドクッキーをご馳走になった。さっくさくのクッキーは口の中でほろほろと溶ける。口いっぱいに広がるアーモンドの香りに旅の疲れがとれて最高の気分だ。

「うわぁ、これ美味しい」

「たくさんあるので遠慮なく召し上がってくださいね。どうぞごゆっくりおくつろぎください」

 よほど嬉しそうに食べていたらしく、にこにことお城の使用人に言われて赤面してしまった。
 結局、遠慮なくいただいたけどね。

 荷物を使用人に預けて客間に通されると、すぐにエリィが来てくれた。

「明日はミクラ湖まで行ってスケートでもするか?」

「明日は大みそかでしょ?出かけて大丈夫?」

「明日は行事そのものはないから。むしろ新年の祝いの準備で使用人が忙しいから、いない方が邪魔にならない」

 そう冗談めかしてエリィはスケートに誘ってくれた。生まれて初めての体験ばかりでワクワクする。
 その日は結局なかなか寝付けそうになくて、夜が更けるまでエリィにこの街の話を聞いていて、気が付いたら一緒に眠っていた。

 翌朝、まばゆい光で目が覚めた。山が銀色に光っている。

「うわぁ、綺麗だなぁ……」

「雪が陽の光を乱反射するから、春や秋より光が強いんだ。あまり見ていると目をやられるぞ」

「すごいね、そんなに強い光なんだ」

 初めて見るものばかりで何もかもが新鮮で美しい。エリィが誘ってくれて本当に良かったな。
 朝ごはんを食べてから、ブレク野菜のパイサムサミートパイを沢山お弁当に持たせていただいて湖に出発した。
 
 湖につくと、湖面は分厚い氷に覆われてキラキラと輝いている。
 大みそかの休日だからだろうか?既に多くの人がスケートを楽しんでいた。

 アイススケートは二百年くらい前から美しい運河と風車で知られる西の古い王国バタヴィアから大陸西部オクシデント全域に広まったスポーツで、刃のついたスケート靴で氷の上を両手を組んで綺麗な姿勢で滑って楽しむ。最近は、ただ優雅に滑るだけでなく、滑走する際のエッジで綺麗な円やハートなどの図形を描くことが流行しているそうだ。

 温暖なイリュリアでは河や池が凍る事はほとんどないものだから、僕は今まで一度もやったことがないんだけど……
 思ったよりも難しそう。まずは氷の上で立つのが難しい。うまくバランスを取らなければならないんだけど、これがツルツル滑るんだよね。
 何度も転んで尻もちをついて、そのたびにエリィに引っ張り起こしてもらって、ふと庶民の子供立ちは腕を組まずに真っすぐ滑っている事に気が付いた。
 大きく腕を振ってバランスを取りながら、飛ぶような勢いで滑っていく。
 僕も真似して腕を振ってバランスを取りながら滑ると、すぐに素早く滑れるようになった。慣れてしまえば腕を組んで滑るのも問題なくできる。

「これ早いね。気持ち良いや」

 やっぱり僕は優雅に滑るよりもスピードを出す方が楽しいみたい。ちょっとお行儀は悪いけど、思い切り滑ると風を切るようで気持ち良い。

「お前ってやつは……何やっても本当に飲み込みが早いな」

 エリィはちょっと呆れ気味に感心してる。
 いっぱい滑ると、普段は使わない筋肉を使ったせいかすぐにお腹が空いてしまって早めにお昼ご飯をいただいた。

「少し街の方も見て行かないか?」

「それはいいね。市が出てるかな?」

 シュチパリアでは冬至を祝う復活祭から大みそかにかけてマーケットが行われる。
 そこではリンゴやザクロなどの果物やクラビエデスアーモンドクッキーなどの季節のお菓子が売られていることが通例だ。

 僕たちは午後はマーケットを見て回ることにした。
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