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お花畑転生娘かく語りき

お花畑転生娘と乙女ゲーム

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 ミラの要領を得ない、あまりに非現実的な説明にマリーローズは静かに耳を傾ける。

 拘束されて以来、誰一人として自分の話をまともに取り合おうとしてくれなかったミラは、たどたどしいながらも一生懸命に「ゲーム」の世界の話をした。


「あたし、なんでか知らないけど前の世界で死んじゃったみたいなんだ。それで女神さまが困ってるって言うから『白百合の乙女は鮮紅の夜明けを招くユリコー』の世界に転生してきてあげたの。この世界を救ってあげるために」


「ユリコー?」


「そう。前にあたしが生きてた世界……日本っていうんだけど、そこで流行ってた恋愛ゲーム。物語のヒロインになりきって恋や冒険を楽しむ遊びなんだよ」


「物語のヒロインになりきる……芝居のようなものでしょうか」


「そんな感じだね。『白百合の乙女は鮮紅の夜明けを招く』って名前でね、略して『百合紅ユリコー』。ここはそのゲームの中の世界なんだ。ていうか、この世界を救う人を招くためにあっちの世界でこの世界を元にしたゲームを作らせたんだっけ? ま、どっちでもいいけど」


「この世界がゲームの中……」


 マリーローズは困惑の表情を浮かべるが、それでもミラが気持ちよく話ができるようにと余計な口を挟まず静かに続きを促した。


「ヒロインは孤児院育ちのミラ、このあたしね。物語はヒロインが十五歳の時に莫大な魔力と貴重な治癒魔法の使い手であることを見込まれて、特待生として王立クリノス学園に入学するところから始まるの」


「私たちが出会った時と同じ状況だったのですね」


「うん。あたしは乙女ゲームなんか興味なかったんだけど、このヒロインが前世のあたしにそっくりでさ。学校のみんなが面白がって勧めるから始めてみて、すっかりはまっちゃったんだよね」


 過去を思い出しているのだろうか。何かを懐かしむように宙に視線をさまよわせているミラの口元には幼子のように無垢で無邪気な笑みが浮かんでいる。


「そうなんですか?」


「うん、髪と目の色だけ変えたらそのまんまあたし。名前もおんなじだし、声までそっくりなんだよ。今から考えると女神さまがあたしをモデルに作らせたんだから当たり前といえば当たり前なんだけど。そこで王太子のエスカルラータに宰相の嫡男アズール、騎士団長の次男ベルデ、公爵家三男で楽士志望のアマリール、魔導士団長の嫡子ニゲロ。毛色の違う攻略対象と冒険しながら絆を深めて恋を楽しむんだ」


 うっとりと歌うような口調で楽し気に語るミラの眼には、もはやマリーローズも狭苦しい護送馬車の室内も映っていないのだろう。


「毛色の違う、ですか」


 あんまりな言い様にマリーローズも思わず苦笑してしまった。

 たしかに彼らの髪色は色とりどりで実に特徴的だった。王太子は燃えるような赤だし宰相の嫡男は青、騎士団長の次男は緑、楽士志望のドラ息子は黄色、魔導士の腹黒息子は黒だった。


「本当に遊び感覚だったんですね。皆さん婚約者もいらっしゃったのに……」


 思わず漏れてしまった声には苦渋がにじんでいる。


 ミラのやったことは「恋を楽しむ」という程度の軽い火遊びとして済ませられるようなものではない。何しろ、婚約者のいる王族や高位貴族の男性を次々と誘惑したのだ。

 しかも、話はそれだけでは終わらない。


「ただ恋を楽しむだけなら、婚約者の方々を冤罪にかけて残酷な方法で処刑しなくても良かったのでは?」


 そう、ミラは攻略対象者の婚約者たちを次々と罪をでっちあげて処刑させたのだ。


「それほどまでに自分だけが男性にチヤホヤされたかったんですか。貴女が男漁りにいそしんだり、他の女性を陥れることが、世界の救済にどんな役に立つというのです?」


 自分の気持ちを押し殺すことに慣れたマリーローズにしては珍しく感情的で、いつもは物静かな声が少しだけ上ずっている。

 冤罪えんざいとわかっていてなお親友の生命を残酷な方法で奪わねばならなかった、その無念は何年経っても薄れることはない。


「やだなぁ、人のことをただのヤリマンみたいに。あたしだって好きで色んな男に手を出してたわけじゃないんだからね。世界を救うために仕方なく、よ。ま、必要悪ってやつ?」


 あっけらかんと笑いながら放たれた言葉は、まるで親しい友人と芝居に出てくる義賊か何かの話をしているかのような気楽さだ。


「どういう事です?」


 全く悪びれないミラを、マリーローズは疑念と嫌悪のこもった目で見返した。

 複数の男性と恋を楽しむためのゲームだと言ったのはミラ自身だ。

 彼女自身の楽しみのために彼らにすり寄って誘惑したのでなければ、彼女の言動はいったい何だったというのだろう。


「言ったでしょ、女神さまから頼まれたって。攻略対象者どもの相手をしてやってたのにも、悪役どもを処刑台に送ってやったのにもちゃんと意味があって、あたしは血のにじむような努力をしてたんだから」


 ただ男に擦り寄って媚びを売りながら他の女性を陥れていただけにしか見えない言動の数々に、いったいどれほどご大層な意味や目的があったというのだろう。

 へらりと勝ち誇ったような笑みを浮かべるミラにはらわたが煮えるような思いが抑えきれず、マリーローズは思わず唇をかみしめる。

 真っ白になるほど強く握りしめた手のひらに爪が食い込む痛みが、怒りで我を忘れそうな心に冷静さを取り戻させた。


 そうだ。真相を知るためにはここで平常心を失ってはいけない。

 マリーローズは軽く呼吸を整えてから、ミラに話の続きを促した。

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