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お花畑転生娘かく語りき
お花畑転生娘と女神の願い
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促されるままに護送馬車に乗り込んだミラは、悔し紛れにかつて生命を落としたマリーローズの大切な人々の名を挙げて挑発した。
処刑人への偏見に惑わされず、友人として接してくれた公爵令嬢。そして同じ処刑人として知識と技を共に磨き、支えあって生きてきた愛する妹。
しかし返ってきたのは困ったような微笑みだけ。あっさり挑発をかわされ自らの卑しさを指摘されたミラはムッとして頬をふくらませ、囚人服の裾を握りしめた。
元が何色だったか分からないほど色あせた灰色の繊維はゴワゴワと毛羽立ち、荒れてささくれた指先にザラザラと嫌な感触を与えるだけで、かえって神経がいらだつばかり。
ミラは八つ当たり気味に吐き捨てた。
「……どうせ、あたしがこんな目に遭っててざまぁって思ってるんでしょ?」
「ざまぁ、ですか。いかにも貴女らしい」
ふてくされた様子でぼそりと呟くミラとは対照的に、マリーローズは底知れぬ湖のように静かで透き通った眼差しを送っている。
どこかおろかな幼子を相手にするような、哀れみすら感じさせる態度は二人が出会った六年前からずっと変わらない。
「薄汚い底辺処刑人風情がこのあたしにウエメセ……くっそムカつく。どうせ腹の中ではあたしのこと笑ってるくせに」
「私はやせても枯れても王都処刑人長です。私が従うのは正当な法のもとに下された判決のみ。そのような個人的な仕返しには全く興味ありません」
よほど悔しかったのだろう。ミラはパサついて色褪せたストロベリーブロンドをかきむしり、およそ「癒しの聖女」とは思えないような悪態をついたが、マリーローズは柔らかな笑みを浮かべたまま全く取り合わない。
さらに何か言い募ろうとしたが、どうせろくに相手にされないと思い至ったらしい。結局は何も言い返せずに悔しそうに押し黙るしかなかった。
気まずい沈黙が馬車の中を満たす。
「……なんでこうなったんだろう。あたしはただ、女神さまに頼まれた通りにしただけなのに……」
やはり先に沈黙に耐えられなくなったのはミラだった。
力なくぽつりと呟いた言葉にマリーローズは穏やかに問いかける。
「女神さまですか。審理中もしきりに口にしていましたね。いったい何をどう頼まれたのです?」
まさか答えがあるとは思っていなかったミラは不意打ちのような問いかけに一瞬口ごもる。
しかし、誰かに聞いて欲しい気持ちが勝ったようだ。
「……世界を救って、って言われたのよ」
ごく短い沈黙のあと、黒っぽい板張りの馬車の床を見つめながらぎこちなくこぼされた言葉は、力なく空中に浮かんではむなしく漂い消えていった。
「なんかさ、気が付いたら真っ白なふわふわした空間にいてさ。目の前に人間離れした超可愛い女の子がいたんだ。髪が虹みたいにいろんな色に光っててさ、肌もなんていうかムーンストーンみたいな? 白いんだけど透明でツヤツヤで。目もプリズムみたいにキラキラしてて色が変わって。明らかに人間じゃない!!って感じ」
「なるほど。その方が女神さまだったのですね?」
たどたどしくつづられる言葉は要領を得ないものの、真剣に話していることは伝わったようで、マリーローズは穏やかに相槌を打つ。
「そう、その子がさ。『あたしの世界を救って』って言うんだ。で、ここに転生してきてあげたの」
「『転生』ですか? 世界を救うとは、いったいどういうことでしょう?」
この世界では耳慣れない言葉にマリーローズは口をはさむ。
「そっか。こっちの世界の人って他の世界とか死んだら転生するとか知らないんだっけ。無知な現地人と話すのってほんっと面倒」
「面倒ならば話さなくて結構ですよ」
「ご、ごめん。そういうんじゃなくて」
思わず口をついた悪態をぴしゃりと突き放され、ミラは柄にもなく慌てて謝った。へらりと笑って場をとりつくろうと、マリーローズは軽く息をついて話の続きを促す。
「……仕方ありませんね。どうせ大監獄に着くまでは暇ですし、どうしても話したいならどうぞ」
「それじゃ話してあげるけど。女神さまが言ってたのよ。この世界の住人が無気力で、古い秩序を壊して歴史を自力で動かすだけのエネルギーがないって。だからこのままでは社会が崩壊して原始的な時代に逆戻りしちゃうんだって」
「それで?」
「だからさ、この世界の外の知識のある人に人々を導かせて世界を救おうって思ったんだって。で、あたしの世界でこの世界をもとにした『乙女ゲーム』を作って、救ってくれそうな人を探したんだ。伝統とか身分とか、そういうカビが生えた固定観念に縛られずに、古臭い世界をぶっ壊してみんなが夢と希望でキラキラできる、新しい世界を作れる真のヒロインを」
「それでどうやって世界を救うのです?」
「だって、『ゲーム』の中でちゃんと世界を救ってるんだよ。同じことすればとーぜんこの世界だって救えるでしょ?」
とても正気とは思えない話ではあるが、そもそもミラがこの数年間に引き起こしてきた事件の数々がとても正気の沙汰とは思えないようなものばかりだ。
そこにミラなりの正義があるというのなら、真実を知るためには耳を傾けてみるべきなのかもしれない。
マリーローズは頭痛をこらえてしばし話に聞き入るのであった。
処刑人への偏見に惑わされず、友人として接してくれた公爵令嬢。そして同じ処刑人として知識と技を共に磨き、支えあって生きてきた愛する妹。
しかし返ってきたのは困ったような微笑みだけ。あっさり挑発をかわされ自らの卑しさを指摘されたミラはムッとして頬をふくらませ、囚人服の裾を握りしめた。
元が何色だったか分からないほど色あせた灰色の繊維はゴワゴワと毛羽立ち、荒れてささくれた指先にザラザラと嫌な感触を与えるだけで、かえって神経がいらだつばかり。
ミラは八つ当たり気味に吐き捨てた。
「……どうせ、あたしがこんな目に遭っててざまぁって思ってるんでしょ?」
「ざまぁ、ですか。いかにも貴女らしい」
ふてくされた様子でぼそりと呟くミラとは対照的に、マリーローズは底知れぬ湖のように静かで透き通った眼差しを送っている。
どこかおろかな幼子を相手にするような、哀れみすら感じさせる態度は二人が出会った六年前からずっと変わらない。
「薄汚い底辺処刑人風情がこのあたしにウエメセ……くっそムカつく。どうせ腹の中ではあたしのこと笑ってるくせに」
「私はやせても枯れても王都処刑人長です。私が従うのは正当な法のもとに下された判決のみ。そのような個人的な仕返しには全く興味ありません」
よほど悔しかったのだろう。ミラはパサついて色褪せたストロベリーブロンドをかきむしり、およそ「癒しの聖女」とは思えないような悪態をついたが、マリーローズは柔らかな笑みを浮かべたまま全く取り合わない。
さらに何か言い募ろうとしたが、どうせろくに相手にされないと思い至ったらしい。結局は何も言い返せずに悔しそうに押し黙るしかなかった。
気まずい沈黙が馬車の中を満たす。
「……なんでこうなったんだろう。あたしはただ、女神さまに頼まれた通りにしただけなのに……」
やはり先に沈黙に耐えられなくなったのはミラだった。
力なくぽつりと呟いた言葉にマリーローズは穏やかに問いかける。
「女神さまですか。審理中もしきりに口にしていましたね。いったい何をどう頼まれたのです?」
まさか答えがあるとは思っていなかったミラは不意打ちのような問いかけに一瞬口ごもる。
しかし、誰かに聞いて欲しい気持ちが勝ったようだ。
「……世界を救って、って言われたのよ」
ごく短い沈黙のあと、黒っぽい板張りの馬車の床を見つめながらぎこちなくこぼされた言葉は、力なく空中に浮かんではむなしく漂い消えていった。
「なんかさ、気が付いたら真っ白なふわふわした空間にいてさ。目の前に人間離れした超可愛い女の子がいたんだ。髪が虹みたいにいろんな色に光っててさ、肌もなんていうかムーンストーンみたいな? 白いんだけど透明でツヤツヤで。目もプリズムみたいにキラキラしてて色が変わって。明らかに人間じゃない!!って感じ」
「なるほど。その方が女神さまだったのですね?」
たどたどしくつづられる言葉は要領を得ないものの、真剣に話していることは伝わったようで、マリーローズは穏やかに相槌を打つ。
「そう、その子がさ。『あたしの世界を救って』って言うんだ。で、ここに転生してきてあげたの」
「『転生』ですか? 世界を救うとは、いったいどういうことでしょう?」
この世界では耳慣れない言葉にマリーローズは口をはさむ。
「そっか。こっちの世界の人って他の世界とか死んだら転生するとか知らないんだっけ。無知な現地人と話すのってほんっと面倒」
「面倒ならば話さなくて結構ですよ」
「ご、ごめん。そういうんじゃなくて」
思わず口をついた悪態をぴしゃりと突き放され、ミラは柄にもなく慌てて謝った。へらりと笑って場をとりつくろうと、マリーローズは軽く息をついて話の続きを促す。
「……仕方ありませんね。どうせ大監獄に着くまでは暇ですし、どうしても話したいならどうぞ」
「それじゃ話してあげるけど。女神さまが言ってたのよ。この世界の住人が無気力で、古い秩序を壊して歴史を自力で動かすだけのエネルギーがないって。だからこのままでは社会が崩壊して原始的な時代に逆戻りしちゃうんだって」
「それで?」
「だからさ、この世界の外の知識のある人に人々を導かせて世界を救おうって思ったんだって。で、あたしの世界でこの世界をもとにした『乙女ゲーム』を作って、救ってくれそうな人を探したんだ。伝統とか身分とか、そういうカビが生えた固定観念に縛られずに、古臭い世界をぶっ壊してみんなが夢と希望でキラキラできる、新しい世界を作れる真のヒロインを」
「それでどうやって世界を救うのです?」
「だって、『ゲーム』の中でちゃんと世界を救ってるんだよ。同じことすればとーぜんこの世界だって救えるでしょ?」
とても正気とは思えない話ではあるが、そもそもミラがこの数年間に引き起こしてきた事件の数々がとても正気の沙汰とは思えないようなものばかりだ。
そこにミラなりの正義があるというのなら、真実を知るためには耳を傾けてみるべきなのかもしれない。
マリーローズは頭痛をこらえてしばし話に聞き入るのであった。
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