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始まりは唐突に

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 この春から柔道整復師として小さなクリニックのリハビリテーション科で働き傍ら、鍼灸師を目指して専門学校に通う白石美桜は、祖母の姉のハルと二人暮しだ。

 ハルは美桜が産まれた時から何かにつけて世話をしてくれた大恩人。
夫を早くに亡くしたハルは、妹である美桜の祖母といくつかの賃貸住宅を経営しながら生活していた。
一人暮らしになってからは頻繁に妹の子育てを手伝っていたそうで、今でも美桜の母の千鶴も叔母の瑠璃も、ハルには頭が上がらない。
美桜や姉の七緒も赤ちゃんの頃からさんざん世話をしてもらったそうだ。

 それだけではない。
産まれつき片方の耳が不自由な美桜は、幼少期からたびたびイジメにあった。
特に中学2年の時は担任の教師とも相性が悪く、そこにつけこんだクラスメイトに耳の不自由さを利用して徹底的に貶められた。 
その時親身になって美桜を支え、立ち直るきっかけを与えてくれたのが「おばちゃん」ことハルなのだ。
ハルは美桜に転校を勧め、自宅に下宿していじめっ子たちとも元担任とも関わらずにすむ学校に通わせてくれた。

 社会人となった美桜は、表向きは「職場に近いからおばちゃんの家に下宿する」と言っているが、本心はこのところ身体が弱ってきたハルを案じてわざわざ彼女の家に近い職場を見つけてきた事を親族一同理解している。
鍼灸師を目指しているのもハルの介護に役立てたい一心からだ。
ハルは美桜のそんな想いを受け止めて、いつも美桜の好物を作って帰りを待っていてくれた。


 しかし、そんな静かで穏やかな暮らしはある日突然妨げられた。
勤務が終わった美桜が帰宅すると、見慣れぬ壮年の男女がハルに向かって喚き立てていたのだ。

「おばちゃん、ただいま。
その方たちは一体……?」


 戸惑う美桜にハルが答えるよりも早く、招かれざる客が金切り声で喚き立てる。

「アンタこそ一体誰よ!?
あたしはこの人の妹の娘。
たった1人の家族なのよっ!!
なんであたしの伯母さんの家に赤の他人が居座ってるのよ!?」

「あ……赤の他人って一体……?
私はこちらの佐藤ハルの妹の孫で、白石美桜と申します。
どちら様でしょうか?
何か誤解があるようですが」

 相手の女性の無礼な態度には正直ムッとしたが、大伯母に恥をかかせたくはない。
できるだけ丁寧に大人の対応を心がける。

「誤解も何も、勘違いしてるのはアンタでしょっ!?
今すぐこの家を出ていきなさいよ!!」

「こちらは千鶴ちゃんの2番目の娘さん、お嬢様のお孫さんだよ。
決して赤の他人じゃない。
中高生の頃も一緒に住んでいたし、今は生活費も家に入れていて家事も分担してくれている。
何年も一緒に暮らしている家族なんだから、出ていけなんて言わないでおくれ」

「ちょっと待って、おばちゃん。
お嬢様って誰?
おばちゃんは私の大伯母、祖母の姉だよね?」

「お黙り!!
ハル伯母さんの妹はあたしの母ただ1人さ。
アンタのバアさんはあたしのたった1人の伯母を70年以上こきつかってる極悪人だよ!!」

「え?
どういうこと?
おばちゃん、私わけがわからない」

 混乱する美桜に口汚く罵る壮年女性。
困り果てたハルは重い口を開いて、何十年にもわたる美桜の祖母との関係について話し始めた。
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