泣き虫姫と変態王子の恋物語

山田 ぽち太郎

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【3話目】甘言とホイップと時々コーヒー

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「やよいさん、何にしますか?」

当たり前のように私をリードする彼をちろりと盗み見る。
最近の25歳ってこんなに余裕がある生き物なの?
私の同級生なんて、37歳を迎えてもなお落ち着きがないのに…。

「私は…、ん、そうね、…えっと」

新作のアールグレイハニーホイップラテが飲みたいけれど、37歳の自分が頼むと痛いかしら。
無難にカフェラテかな。いやいや、私のキャラならブラック?
でも困る。私、ブラックコーヒーなんて飲めない…。
それよりも早くオーダーしなくちゃ。プライベートでは優柔不断なこと気付かれたくない。
仕事では常に冷静沈着、最善最短の処理でお客様をスムーズに案内している私が、注文にまごつく所なんて見せたくない。

「カフェラテ、で」

普段より小声になってしまったのは、あれやこれやと考えて何が正解か分からなくなってしまったからかもしれない。

「え?良いの?この新作が飲みたいんじゃないの?」

アールグレイハニーホイップラテを指差しながら、私の顔を覗き込むようにして尋ねてくる彼。

「や、この歳でハニーホイップだなんて」
「何で。やよいさんにぴったりじゃん。ハニーホイップ。それにコーヒーより紅茶派でしょ、やよいさんて」

私の答えを待たずに、ハニーホイップラテとブレンドを注文した彼に慌ててお金を差し出す。

「いや、お願いだから僕を情けない男にしないでよ。それより、あっちのソファー席にこの鞄置いて来てくれる?」

差し出した千円札と共に彼の鞄を持たされてしまう。
まいった。こんなにスムーズにリードしてくれる人は、私の過去には歳上しか居なかった。
よもや12歳も歳下の彼にコーヒー一杯と言えど、ご馳走になるとは思わなかった。

しかも、いつの間にか敬語じゃなくなってるし…。
恐るべし25歳。恐るべし我が社創立以来の天才エンジニア。
彼にかかれば、全ての物事がプログラミングされた行程表の様に流れていくのだろう。
37歳の行き遅れの私なんて、簡単にちょちょいのちょーいで丸裸に出来てしまうのかもしれない。
それは物理的にも、精神的にも。

「お待たせ。鞄、重かったでしょ?ありがとう」

ぐるぐると思考の渦にのまれていた私は、彼が運んできたコーヒーの香りにハッと顔を上げた。
いやいや、私がお礼を言う前にお礼言っちゃうところとか…、天性のモテ男なんだろうなぁ。

「こちらこそ、ご馳走になってしまって…。戴きます、有り難う」

目の前に置かれたカップを持ち上げながら、軽く頭を下げてお礼を述べる。
失敗だ。私が先手を打って話を優位に進めたかったのに、この状態から彼を強く非難するのは難しい。
これじゃプロポーズも今朝の一件も、甘んじて受け入れているみたいじゃない。
息を吐いてからアールグレイハニーホイップラテを口に運ぶ。鼻から抜けるアールグレイの香りと、口一杯に広がるハニーホイップの甘さに思わず口元が綻んだ。

「本当、甘いものが好きだね、やよいさん。可愛い」

口内に広がる甘さに負けないくらいの甘い声をかけられ、その声の主に目を向けると、蕩けるような笑みを浮かべた稀代の天才と目が合う。

「ランチタイムにケーキセット頼んでたり、帰りの電車でチョコ摘んだり。甘いものを食べた時のやよいさん、本当に可愛すぎて困る」
「いや、…え?何で知って…」
「今の真っ赤な顔も可愛い。あ、安心してねストーカーじゃないよ。ランチも電車もたまたま。…けど、見つけたら観察しちゃうのはご愛嬌ってことで」

そう言って、今朝と同じような芸術的なウインクを繰り出して来る男が新種の生き物に見える。
甘い。この男、言う事為す事全て甘い。
甘々のトロトロの蜂蜜みたいな男だ。
やっぱりコーヒーを頼めば良かった。口の中も眼前も、こんなに甘々では見慣れない夢を見てしまいそうだ。
ホイップの様にフワフワで、ベタベタのありえない夢を。
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