泣き虫姫と変態王子の恋物語

山田 ぽち太郎

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【5話目】紙一重で不審者案件

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「ごめんね、やよいさん。そんなに怒らないで。何でもするから、機嫌直して。お願いだから、こっち向いて」

最寄駅の改札を抜けても、なおも後ろを着いて来る彼は電車内でもずっと謝罪を続けていた。
イルミネーションに照らされた駅前で、行き交う人々の目の前で、キスをされてしまった。
その事態の数分前に、公衆の面前でキスなんてしたくないと明言していた私に、店内よりも多くの人前でキスをしてくるなんて。

やっぱり年増の行き遅れを揶揄うために近付いたんだろうな。
37歳だって、生娘ほどではないにしろ、乙女心は残っている。そう言うやり方でおとしめてくるのはやめて欲しい。むしろ、37歳であるからこそ、深く傷付く事もあるのだ。
歳を重ねる毎に、自分の乙女心をプロテクトしてプロテクトして、何重にもバリアを張って、なけなしの乙女心が少しでも痛まないように細心の注意をはらって守って来た。
若い頃と違って、歳を重ねた乙女心は修復するのが厄介だからだ。少しの傷でも致命傷になる。
乙女心は乙女から遠ざかれば遠ざかる程、脆くなる。

「僕だって、やよいさんとのファーストキスがあんな中途半端なのって落ち込んでるんだから。舌も入れてないし、キスってカウントするのも情けない」

何が情けないの?あれがキスじゃなかったら何なの?
そのキスに傷付いてる私は何なの?

頭が真っ白になって左手に持っていたショルダーバッグで、彼の顔を引っ叩く。
気付いたら涙が溢れていた。

「12歳も歳上の行き遅れを揶揄うのがそんなに楽しい?いくらみっともないおばさんでも、踏み荒らされたくない領域はある。…最低よ、もう話しかけないで」

本当にみっともない。彼が言う様に、あんな中途半端な痴態は犬に噛まれたと思ってやり過ごせば良い。
37歳にもなって、キスの一つや二つで騒ぐなんて本当にみっともない。
涙まで流して。12歳も歳下の彼を鞄で殴るなんて。

駆け出したくはなかった。だって逃げるみたいだから。
けれど、この場を立ち去りたかった。
そうじゃないと大声で泣いてしまいそうだったから。
だから、出来る限り大股で、出来る限り早歩きで街灯の少ない夜道を突き進んだ。

幸い、自宅マンションは駅から徒歩3分の立地だ。もうマンションはすぐそこ。
オートロックを素早く解除するために、歩きながらカードキーを取り出す。
あと30秒我慢すれば2階の我が家に駆け込める。
あと少し涙を我慢すれば良い。

オートロックを解除して、階段室に向かう扉を開く、この時点で大粒の涙が溢れて止まらなかった。

もう良いかな。泣いても良いかな。

「ふぅ……っ」

深呼吸をしようとして吐き出した息が、途中から嗚咽になる。こう言った涙は何年振りだろう。泣き方も忘れてしまって滑稽だ。
いつも流す涙は、こんなに胸が縮れたりしない。
これは恋路特有の涙なのだろう。


もう良いや。泣いても良いや。

階段の始まりが涙で霞んで見えないので、手摺りを掴むために右手を伸ばす。
けれど、その右手は手摺を掴む事なく、背後から覆い被さる様にして現れた人物に絡め取られてしまう。

「ごめん!!!本当にごめんなさい!!!」
「…え?……何でここに?…不法侵入?やっぱりストーカーじゃない!!」
「待って、落ち着いてやよいさん。驚かせてごめん。色々とごめんなさい。説明させて。お願い、この通りです」

後ろから抱きすくめてくる彼の顔をポカポカと叩くと、彼は両手を上げて降参の体勢をとる。そして90度に頭を下げて、何度も「お願いします」と繰り返している。

彼の右手には、私の左手にあるのと同じこのマンションのカードキー。

まさか、まさかだけど…。

「………貴方、ここの住人なの?」

あまりの驚きに涙ら引っ込んで、ずぴっと鼻を鳴らしながら尋ねると、彼は遠慮がちにピースサインを示した。

「2階に住んでます」
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