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【6話目】隣人との遭遇
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濡れタオルで目元を冷やしながら、突然の来訪者にハーブティーを差し出す。
驚くべき事に、彼は私のお隣さんだった。
近所付き合いなんてしない都会人。
同じマンションの住人と顔を合わせる機会なんて、そうそうない。
いや、でも、だからと言って…。こんな話、信じられない。
数日前にプロポーズされて、つい先程公衆の面前でキスをされて、その相手が何と隣人でした!なんて。
事実は小説よりも奇なり、とは言うけれど、彼はストーカーで私を今にも殺そうとしているのかもしれない。
哀れ37歳行き遅れ女の末路。一回り下の天才変質者に弄ばれ、殺される…!
ワイドショーで面白おかしく取り沙汰される光景を想像して、ぶるるっと身震いをした。
殺されるなら、せめて、今日みたいに目元が腫れていない時にして欲しいものだ。こんなへちゃむくれの顔面で棺におさまりたくはない。
「やよいさん、本当にごめんなさい!」
土下座しながら何度目か分からない謝罪をしてくれる暫定ストーカーこと我が社の天才エンジニア。
謝って済むなら、警察はいりませーん!
なんて、子供じみたセリフが頭でリフレインする。
事実、訴えようと思えば訴えられる案件ではあると思う。
ただし、私が37歳でなければ、の話。
私はため息を吐いて、顔を上げさせた。
「良いよもう。そんなに拘る歳じゃないし。私の方こそ泣いてごめんね。泣くほどのことじゃないのにね」
言いながら、自分のセリフに胸が痛む。
そう、泣くほどのことじゃない。
けれど、私には泣くほどのことだった。
「それより冷めない内に、カモミールティーをどうぞ」
「…頂きます」
先程までの彼と打って変わって、借りて来た猫の様にチョコンと正座してお茶を啜る彼は、ようやく年相応の青年に見えた。
思わず声を出して笑ってしまう。
「ふふっ。さっきまでのキャラと随分違うね。どっちが本当の平野くん?」
「…名前。苗字じゃなくて名前で呼んで」
「ええ?まだ言うの?もう、そう言うの良いんじゃない?こんなおばさん相手に、何がしたいの?」
「…僕は、やよいさんと結婚したい。いや、結婚する」
真っ直ぐな瞳に射抜かれて、私はハッと息を飲む。
背筋を伸ばした彼は、何の迷いもなく「結婚する」と宣言した。スタバでも姿勢正しく、迷いの無い瞳で「結婚する」と言い切っていた。
「したい」じゃなくて「する」と。
「おばさんを揶揄わないで。ただでさえ色恋から疎遠になっているのに、貴方みたいな美少年に言われたら舞い上がっちゃうよ」
「やよいさんにとって、僕は美少年なの?」
急にぐいっと間を詰められる。
「私じゃなくても、みんなにとって美少年でしょ?」
「その他大勢はどうでも良い、やよいさんが僕をどう思ってるか知りたい。僕はやよいさんの恋人には相応しく無い?」
「いやいや、相応しく無いのは私でしょ。12歳も歳上だし」
「またそれだ。あのね、スタバでもさっきも、いちいち言わなくても良いかなって思ったけど、やよいさんは『おばさん』でも『行き遅れ』でもないからね。僕より12歳上ってだけの、僕にとって可愛い人なんだよ」
「可愛いひと…って、そ…な……」
「あーもー、そう言う無防備な顔しないで。またさっきみたいに暴走しちゃうから。もう泣かせたく無い。大切にしたい。キスだって本当はもっと大切に大切に時間をかけてしたかった。あんな性急なキスは、やよいさんに相応しく無いよ」
いつの間にか熱っぽい目をした彼が、指の腹で唇の縁をなぞって来る。その感触にゾクリと背中に官能の愉悦が走る。
「ごめんね。やよいさんと恋人同士になれたからって、舞い上がってたのは僕の方。それで暴走しちゃって、傷付けちゃったね。年齢とか関係ないよ。やよいさんが傷付いたのは事実でしょう?本当にごめんなさい」
「……や、私、もう、いい歳だし。40歳手前の年増だし、今更キス位で泣く方がおかしい…し…」
「はー。…分かった。やよいさんが強力な年齢の呪縛に雁字搦めなのは良く分かった。もう良いよ?僕の腕の中でお姫様になりなよ」
意外と逞しい彼の胸元に招き入れられて、あやすように背中を撫でられる。
「今まで頑張ったね。偉いね、やよいさん。けど、これからは僕に守らせてね」
チュッ、チュッ、と頭にキスの雨を降らせる彼に、全身を預けてしまいそうになる。
人の腕の中が、こんなに気持ち良いなんて、目眩がしそうになる。
「それにね、行き遅れ、なんて誰に掛けられた呪いなの?そんな言葉、やよいさんを形容するのに相応しく無い。そもそも、やよいさんは近い内に僕と結婚するでしょ?」
そう言われて、優しく頭を撫でられると、本当に全てを預けたくなってしまう。
彼の腕の中で、こっそり涙を流したら、彼は何も言わずに抱き締める力を更に込めてくれた。
それが嬉しくて、また泣いた。
驚くべき事に、彼は私のお隣さんだった。
近所付き合いなんてしない都会人。
同じマンションの住人と顔を合わせる機会なんて、そうそうない。
いや、でも、だからと言って…。こんな話、信じられない。
数日前にプロポーズされて、つい先程公衆の面前でキスをされて、その相手が何と隣人でした!なんて。
事実は小説よりも奇なり、とは言うけれど、彼はストーカーで私を今にも殺そうとしているのかもしれない。
哀れ37歳行き遅れ女の末路。一回り下の天才変質者に弄ばれ、殺される…!
ワイドショーで面白おかしく取り沙汰される光景を想像して、ぶるるっと身震いをした。
殺されるなら、せめて、今日みたいに目元が腫れていない時にして欲しいものだ。こんなへちゃむくれの顔面で棺におさまりたくはない。
「やよいさん、本当にごめんなさい!」
土下座しながら何度目か分からない謝罪をしてくれる暫定ストーカーこと我が社の天才エンジニア。
謝って済むなら、警察はいりませーん!
なんて、子供じみたセリフが頭でリフレインする。
事実、訴えようと思えば訴えられる案件ではあると思う。
ただし、私が37歳でなければ、の話。
私はため息を吐いて、顔を上げさせた。
「良いよもう。そんなに拘る歳じゃないし。私の方こそ泣いてごめんね。泣くほどのことじゃないのにね」
言いながら、自分のセリフに胸が痛む。
そう、泣くほどのことじゃない。
けれど、私には泣くほどのことだった。
「それより冷めない内に、カモミールティーをどうぞ」
「…頂きます」
先程までの彼と打って変わって、借りて来た猫の様にチョコンと正座してお茶を啜る彼は、ようやく年相応の青年に見えた。
思わず声を出して笑ってしまう。
「ふふっ。さっきまでのキャラと随分違うね。どっちが本当の平野くん?」
「…名前。苗字じゃなくて名前で呼んで」
「ええ?まだ言うの?もう、そう言うの良いんじゃない?こんなおばさん相手に、何がしたいの?」
「…僕は、やよいさんと結婚したい。いや、結婚する」
真っ直ぐな瞳に射抜かれて、私はハッと息を飲む。
背筋を伸ばした彼は、何の迷いもなく「結婚する」と宣言した。スタバでも姿勢正しく、迷いの無い瞳で「結婚する」と言い切っていた。
「したい」じゃなくて「する」と。
「おばさんを揶揄わないで。ただでさえ色恋から疎遠になっているのに、貴方みたいな美少年に言われたら舞い上がっちゃうよ」
「やよいさんにとって、僕は美少年なの?」
急にぐいっと間を詰められる。
「私じゃなくても、みんなにとって美少年でしょ?」
「その他大勢はどうでも良い、やよいさんが僕をどう思ってるか知りたい。僕はやよいさんの恋人には相応しく無い?」
「いやいや、相応しく無いのは私でしょ。12歳も歳上だし」
「またそれだ。あのね、スタバでもさっきも、いちいち言わなくても良いかなって思ったけど、やよいさんは『おばさん』でも『行き遅れ』でもないからね。僕より12歳上ってだけの、僕にとって可愛い人なんだよ」
「可愛いひと…って、そ…な……」
「あーもー、そう言う無防備な顔しないで。またさっきみたいに暴走しちゃうから。もう泣かせたく無い。大切にしたい。キスだって本当はもっと大切に大切に時間をかけてしたかった。あんな性急なキスは、やよいさんに相応しく無いよ」
いつの間にか熱っぽい目をした彼が、指の腹で唇の縁をなぞって来る。その感触にゾクリと背中に官能の愉悦が走る。
「ごめんね。やよいさんと恋人同士になれたからって、舞い上がってたのは僕の方。それで暴走しちゃって、傷付けちゃったね。年齢とか関係ないよ。やよいさんが傷付いたのは事実でしょう?本当にごめんなさい」
「……や、私、もう、いい歳だし。40歳手前の年増だし、今更キス位で泣く方がおかしい…し…」
「はー。…分かった。やよいさんが強力な年齢の呪縛に雁字搦めなのは良く分かった。もう良いよ?僕の腕の中でお姫様になりなよ」
意外と逞しい彼の胸元に招き入れられて、あやすように背中を撫でられる。
「今まで頑張ったね。偉いね、やよいさん。けど、これからは僕に守らせてね」
チュッ、チュッ、と頭にキスの雨を降らせる彼に、全身を預けてしまいそうになる。
人の腕の中が、こんなに気持ち良いなんて、目眩がしそうになる。
「それにね、行き遅れ、なんて誰に掛けられた呪いなの?そんな言葉、やよいさんを形容するのに相応しく無い。そもそも、やよいさんは近い内に僕と結婚するでしょ?」
そう言われて、優しく頭を撫でられると、本当に全てを預けたくなってしまう。
彼の腕の中で、こっそり涙を流したら、彼は何も言わずに抱き締める力を更に込めてくれた。
それが嬉しくて、また泣いた。
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