泣き虫姫と変態王子の恋物語

山田 ぽち太郎

文字の大きさ
7 / 15

【7話目】命短し仕事せよ乙女

しおりを挟む
一夜明け、順調に職務をこなし終業10分前。
人知れず、冷静に、私はのたうち回っていた。
もちろん脳内で。

(…っ、あ゛ーーーーーー!!!!小っ恥ずかしい!!)

昨夜の自分の行いを振り返ると、居ても立っても居られない。
いや、冷静に仕事しますけどね。
ちゃんと座って笑顔で対応してますけどね。

(まるで高校生、いや、下手したら中学生でももっと上手く立ち回るかも…)

深く重い溜息が出そうになるが、対応中のお客様に気取られない様に、笑顔を更に厚くする。

「あの、平野さんって、いつも素敵な笑顔で対応してくれますよね。俺、ここへの営業、すごく楽しみなんですよ」

彼は確か老舗百貨店・池田屋の営業マン、山梨さんだ。今度の催事に我が社の下着をメインに出展したいと提案してくれているらしい。

うんうん。我が社の下着はデザインも品質も一流だからね。どこの百貨店に出しても遜色ないわ。
この子、なかなか見る目あるじゃない。

「恐れ入ります。弊社に格別な評価を頂いている池田屋・・・様に、その様なお言葉を頂けるなんて業務の励みになります。ありがとうございます」
「いや、これは業務関係なく個人の感想なんですが…。…ハハハ、いや、また今度」

出しかけた名刺を胸ポケットにしまい、そそくさと退散する山梨さんを見送りながら、エリカちゃんがボソリと耳打ちする。

「出た、やよい先輩の【個人感想拒否】攻撃」
「…エリカちゃん、何それ」
「だってー、今のもですけど、明らかに個人的にお付き合いしたそうな人の感想を、会社名での感想に置き換えるだけで『お前の感想は御社の感想。己の社名に泥塗りたいのか?』って日々牽制してますもん、先輩」
「それが受付嬢の務めだもの」
「やよい先輩は美し過ぎるから、毎日の様にナンパされちゃいますもんね。私は受付嬢になって3回くらいですよ、個人的に名刺を頂いたのって」
「エリカちゃんは高嶺の花だから、声を掛けやすそうな私に取り敢えず渡してるんじゃないかな」
「もー、先輩は自分の魅力に疎過ぎますって!」

唇を尖らせて「本当に先輩は美しくて綺麗なんですからね!」と言ってくれるエリカちゃんが可愛くて、終業ベルが鳴ったことに気付かなかった。

「やよいさん、僕、外で待ってますね?」

急に耳元で囁かれて、跳び上がるくらいにビックリしてしまった。制服を着ていないプライベートなら、大きな声を出していたと思う。終業後と言えど、まだ受付嬢のスイッチを切っていない。お陰で、声の響くエントランスホールに私の雄叫びがこだますことはなかった。

「…平野さん、急に声をかけられたらビックリします」
「ん?誰ですか?」
「………」
「………」
「……………智正、くん…。今後は、急に背後から耳元で話しかけてこないで下さい」
「分かりました。会社では控えます」

底意地の悪い笑みをにーーっこりと浮かべて、右手を左胸にあてながら恭しくお辞儀をする彼。

「では、僕は外で待ってますので、急いで帰り支度をして来て下さいね」
「わざわざ、寒いところで待たなくても…。昨日みたいに屋内で待っていたらどうですか?」
「はい。寒いところで待ちますので…」

だから・・・、僕が凍える前に急いで出てきて下さいね」と、至高の職人が作り上げたかのような最高級の笑顔を、惜しげもなく披露しながら、左手の時計を人差し指でトントンと指し示す。最後にダメ押しの笑顔をこぼし「後で」と言い残して、その場を去って行った。


着いて行くと言い張るエリカちゃんを何とか宥めて、ロッカールームで軽くお化粧直しをした私の顔は、数年振りに乙女に戻っていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

【完結】一番腹黒いのはだあれ?

やまぐちこはる
恋愛
■□■ 貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。 三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。 しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。 ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。

今宵、薔薇の園で

天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。 しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。 彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。 キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。 そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。 彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。

Short stories

美希みなみ
恋愛
「咲き誇る花のように恋したい」幼馴染の光輝の事がずっと好きな麻衣だったが、光輝は麻衣の妹の結衣と付き合っている。その事実に、麻衣はいつも笑顔で自分の思いを封じ込めてきたけど……? 切なくて、泣ける短編です。

迷子の会社員、異世界で契約取ったら騎士さまに溺愛されました!?

翠月 瑠々奈
恋愛
気づいたら見知らぬ土地にいた。 衣食住を得るため偽の婚約者として契約獲得! だけど……? ※過去作の改稿・完全版です。 内容が一部大幅に変更されたため、新規投稿しています。保管用。

【完結】あなたに恋愛指南します

夏目若葉
恋愛
大手商社の受付で働く舞花(まいか)は、訪問客として週に一度必ず現れる和久井(わくい)という男性に恋心を寄せるようになった。 お近づきになりたいが、どうすればいいかわからない。 少しずつ距離が縮まっていくふたり。しかし和久井には忘れられない女性がいるような気配があって、それも気になり…… 純真女子の片想いストーリー 一途で素直な女 × 本気の恋を知らない男 ムズキュンです♪

【完結】第一王子と侍従令嬢の将来の夢

かずえ
恋愛
第一王子は、常に毒を盛られ、すっかり生きることに疲れていた。子爵令嬢は目が悪く、日常生活にも支障が出るほどであったが、育児放棄され、とにかく日々を送ることに必死だった。 12歳で出会った二人は、大人になることを目標に、協力しあう契約を交わす。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

処理中です...